今夏の豪雨災害を踏まえて、毎日新聞が流域治水とダムの事前放流を新たな治水対策の課題として取り上げています。
堤防などだけではなく、流域全体で洪水に対応する流域治水の考えが必要であることはいうまでもありません。
国交省の社会資本整備審議会の答申「気候変動を踏まえた水災害対策のあり方~あらゆる関係者が流域全体で行う持続可能な「流域治水」への転換~」にも、その趣旨のことが書かれていまます。問題はそれをどう具体化していくかです。
★「気候変動を踏まえた水災害対策のあり方」をとりまとめ(7月9日公表)
https://www.mlit.go.jp/report/press/mizukokudo03_hh_001030.html
流域治水の先進例である滋賀県は、流域治水推進条例を2014年につくりましたが、その滋賀県でさえ、具体的に浸水警戒区域の立地規制、建築規制を行っているのは現段階では2地区にとどまっています。
流域治水を具体的にどう進めていくかが重要です。流域治水という理念は大切だけれども、理念だけではだめです。
また、球磨川には6基のダム(多目的の市房ダムと発電用ダム5基)がありますが(首相官邸HPより全国の一級水系ダムリスト、球磨川水系のダムは11ページの911~916)、7月4日の球磨川水害の際には、政府の方針として今年度から実施することになったダムの事前放流はどのダムも実施できませんでした。市房ダムは熊本日日新聞7月8日の記事によれば、薄氷を踏む思いで緊急放流が避けられたということです。
(参考ページ➡「球磨川水害、市房ダムの事前放流はあったのか?」)
政府の方針であるダムの事前放流は机上のプランという面があります。
◆2020年7月28日 毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20200728/k00/00m/040/187000c
ーカギは「流域治水」と「事前放流」 豪雨時代の新たな治水政策の課題はー
7月の豪雨で相次いだような川の氾濫が、毎年のように日本列島を襲う。降水量が増え、堤防やダムだけでは対応しきれていないからだ。このため国は、従来の治水政策を見直す。浸水エリアからの住宅移転や、ビル地下での貯水施設整備といった民間の協力を求める「流域治水」にかじを切り、利水ダムの「事前放流」をはじめとした新たな対策を進める。だが課題は多く、実効性は未知数だ。
予測しにくい降水量、予算の壁も
九州で猛烈な雨が降っていた7月6日。東京・霞が関の庁舎会議室に、赤羽一嘉国土交通相ら国交省幹部が集まり、新たな防災・減災施策を取りまとめた。その主要項目の最初に「あらゆる関係者により流域全体で行う『流域治水』へ転換する」との方針が明記された。
急勾配の川が多い日本は、大雨になると川の流れが一気に強まり、洪水になるリスクが高い。その防止に中心的な役割を担ってきたのがダムや堤防だ。だが、ダムの貯水容量や堤防の高さは過去の降水量を基にしており、近年の豪雨への対応が難しくなっている。例えば川で洪水が起きる一歩手前の「氾濫危険水位」。これを超えた川の数は2014年は83だったが、19年は403と5倍近くになっている。今世紀半ばには洪水発生の頻度が2倍になるとの試算もある。
予算不足の問題もある。00年代前半に1兆6000億円程度あった治水関連予算は、10年代前半に6000億円台へ減少。19年度は1兆円超に回復したものの、洪水を防ぐための川の掘削や堤防整備は徐々にしか進まず、洪水を招く一因になっている。
国が新たに打ち出した流域治水は、企業や住民にも洪水防止や被害軽減に協力を求めるものだ。ビル地下に貯水施設を整備してもらい、水をためる場所を増やす。田んぼや農業用ため池も非常時には水の出口を塞ぎ、臨時の貯水池として活用する。
川の流域で水害リスクが高い場所では、改正都市計画法に基づき22年から開発を抑制する。洪水や崖崩れの災害危険区域などでは現在、老人ホームや病院を知事らの許可があれば建てられるが、原則禁止する。市街化調整区域にある浸水想定区域のうち命に危険を及ぼす可能性が高いエリアでは、盛り土を施しているか、避難施設が近くにあるかなど安全対策を考慮し、住宅開発の可否を決める。既存の住宅は移転を促す。
だが、民間を巻き込む取り組みは自発的なものに委ねざるを得ない。地下に貯水施設を整備したビルは容積率が緩和される方向であるものの、インセンティブ(刺激策)としては十分ではない。住宅移転も強制はできず、ハードルは高い。市町村の移転事業の費用を助成する国の防災集団移転促進事業があるが、事業ができた1972年以降の移転戸数は約3万8700戸にとどまる。ほとんどが東日本大震災の被災地だ。
関西大の河田恵昭(よしあき)特別任命教授(危機管理)は「もはやダムや堤防で命を守るのは難しく、流域治水はよい考えだ。だが、記録破りの豪雨が毎年水害を繰り返す現実を直視し、予算をどうするかにまで踏み込まないと、絵に描いた餅になる。自分たちだけでは治水を担えない状況にあることも国はきちんと説明し、住民や企業には自助と共助に取り組んでもらうしかない」と話す。【山本佳孝】
早くも限界を露呈した事前放流
7月4日に熊本県を襲った豪雨では、ダムの洪水調節機能を強化するため今年度から国が進める利水ダムの「事前放流」の限界もいきなり露呈した。事前放流は水道や農業用水、発電といった利水目的でためたダムの水位をあらかじめ下げて大雨に備えることで、下流域の洪水被害を軽減するのが狙い。だが今回は、事前放流が必要になるほどの雨が降るとの予測ができず、事前放流自体が実現しなかった。
政府が4月に示したガイドラインは、事前放流するかどうかは降雨の3日前から判断することになっている。洪水調整が目的の治水ダムに比べ利水ダムの放流能力には限界があり、水位を下げるには十分な時間が必要なためだ。一方、4日に相次ぎ氾濫した熊本県の球磨川流域には六つのダムがあるが、事前放流の基準となる雨が降ることが分かったのは3日午後10時ごろ。それまでの雨で各ダムへの流入量は既に増え始めており、事前放流できるタイミングを逸していた。
今回のような線状降水帯による雨は、台風と違って事前予測が難しく、国土交通省九州地方整備局の担当者は「雨量予測さえできれば、神様のような運転ができるのだが」と悔やむ。政府は事前放流を促すため、貯水量が回復しなかった場合の利水事業者への損失を国費で補塡(ほてん)する制度も作ったが、この担当者は「補償も税金だ。予測も出ていないのに『念のため』というだけで放流するわけにはいかない」と語った。
もっとも、六つのダムのうち球磨川流域最大で、治水と利水機能を併せ持つ多目的ダムの市房ダムだけは熊本県が試験導入している「予備放流」という枠組みで、半日ほどだが事前に放流し、一定の被害抑制効果があった。県によると、県独自の雨量予測基準によって3日午後3時ごろから4日午前2時ごろまで放流。これによって貯水余力が生まれ、ピーク時には毎秒1200立方メートル超の流入に対し、放流量を半分以下の585立方メートルに抑え、約10キロ下流の水位を91センチ下げる効果があったとしている。
事前放流は2019年10月の台風19号で洪水被害が相次いだことを受け、官邸主導で導入が決まった。国管理の全国99の1級水系で国が利水事業者と協定を結び、水害対策に使える貯水容量は計算上約46億立方メートルから約91億立方メートルになったとされる。京都大防災研究所の角哲也教授は「やみくもに対象とするダムを広げるのではなく、洪水調節効果が高いダムに絞ったうえで、最新の降雨予測技術を集中させて対応すべきだ」と指摘する。【平川昌範】
「線状降水帯」が予測の混乱に拍車
7月の豪雨で気象庁は大雨特別警報を3回出したが、事前に記者会見を開くなどして発令の可能性を警告することはできなかった。実際の降雨量を正確に予測できていれば、事前放流をすることができた。
一連の豪雨が始まったのは3日。気象庁はこの日夕、九州南部で24時間に予想される雨量を特別警報レベルには満たない250ミリと発表した。ところが、雨量は4日未明に急上昇する。局所的に次々と積乱雲が生じる「線状降水帯」によるものだ。4日午前4時50分、熊本、鹿児島両県に大雨特別警報が出された。2019年の台風19号では、気象庁は上陸3日前から緊急記者会見を開催。特別警報を出す可能性に触れ、警戒を促していた。気象庁の関田康雄長官は15日の記者会見で「実力不足。線状降水帯のような小さな現象は予測が難しい」と語った。
気象庁には積極的な情報発信が求められる一方、不確かな予測の公表は「オオカミ少年」(担当者)になりかねないとのジレンマがある。「正解」が見つからない中、大雨特別警報の精度を高めるため、発令基準を改善する。土壌にたまった雨量から土砂災害の危険度を測る新たな基準を設け、「空振り」を減らす。さらに、5キロ四方で調べている土壌の危険度を1キロ四方にして細かく把握し、「見逃し」を防ぐ。ただし、事前予測が難しい状況は当面変わらないという。
東京大大学院の田中淳特任教授(災害情報論)は「大雨特別警報の発表時点では、雨が強くて安全な避難ができないなど危険な状態になっている。防災情報の中心は河川の水位情報と土砂災害警戒情報だ。住民はこれらを指針に早めに避難してほしい」としている。【黒川晋史】