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球磨川水害、市房ダムの事前放流はあったのか?

 ダムは満杯になると、豪雨の最中に緊急放流をせざるをえなくなります。洪水によってただでさえ河川の水位が上がっているところで緊急放流を行うと、住民が逃げ遅れ、水害を拡大させる恐れがあります。一昨年の西日本豪雨では、愛媛県を流れる肱川上流の2つのダムが緊急放流を行い、犠牲者が出たことから、被災者がダムを管理する国などを提訴しています。

 昨年10月の東日本豪雨でも「緊急放流」が問題となったことから、その後、官邸主導でダムの「事前放流」を促す政策が進められてきました。
 今回の熊本豪雨では、球磨川上流の県営・市房ダムが4日の午前8時半ごろ、一旦は緊急放流を実施するとテレビでも告知されながら、運よく豪雨が峠を過ぎ、ぎりぎりの所で緊急放流が見送られました。
 日本経済新聞によれば、菅官房長官は7月6日の記者会見で、4日の熊本豪雨の際、球磨川上流の市房ダムで事前放流を実施したと語ったということです。

 ところが、4日付の読売新聞は、球磨川水系の5基の利水ダムでは事前放流が実施されなかったと報道しています。また、7月6日付の朝日新聞も、「今回、(球磨川水系の)いずれのダムでも事前放流は実施されなかった。」と伝えています。

 報道によって情報が異なり、混乱しそうですが、本日、地元の熊本日日新聞がこの問題を詳しく取り上げました。
 以下の記事の情報にもとづくと、菅官房長官は市房ダムの「予備放流」を「事前放流」と取り違えたことになります。また、7月10日付の西日本新聞も、球磨川の5基の利水ダムでは事前放流が行われず、市房ダムのみ予備放流が行われたと伝えています。
 河川や洪水の専門用語は一般の人々にはわかりにくく、洪水のたびに誤解が広がりがちです。

 「予備放流」と「事前放流」については、官邸ホームページの以下の資料に説明が載っています。

 官邸はダムの事前放流による治水容量が全国で2倍に増える試算をアピールし、マスコミもこれを盛んに伝えてきましたが、熊日新聞によれば、ダムによる洪水対策を担当する国土交通省水管理・国土保全局は、緊急放流の可能性を高める「線状降水帯の予想を(ダムの)運用に反映させるのは容易ではない」と、運用面の課題を指摘しているということです。

 なお、「事前放流」の協定を結んだ球磨川水系の6ダムの一つとして熊本日日新聞の記事にも書かれている瀬戸石ダムは(株)電源開発による発電目的のダムです。長年の間にダム湖に土砂が堆積するなど多くの問題を抱えていますが、流域の方からの情報によれば、今回の豪雨で堤体ごと川の中に水没しているとのことです。

 右の写真は2年前の7月に撮影した瀬戸石ダムです。

◆2020年7月8日 熊本日日新聞
https://this.kiji.is/653475963595605089
ー市房ダム 緊急放流、寸前で回避 予備放流も”薄氷”の運用ー

 球磨川水系最大の熊本県営市房ダム(水上村、多目的ダム)は4日の豪雨による緊急放流を寸前で回避することができた。雨量の弱まりに加え、県は2年前に試験導入した「予備放流」の実施も効果があったと説明する。一方、昨年10月の台風19号被害を踏まえて国が積極的な運用を目指す「利水ダム」の事前放流は、同水系の6基全てで実施されなかった。(内田裕之、嶋田昇平)

 「4日午前8時半ごろから放流量を増加させる」-。同日午前6時、現地の市房ダム管理所から県庁に通知が届いた。

■わずか10センチ
 県の速報値によると、午前6時の市房ダムの貯水位は276・47メートルで、1時間前から約1・4メートル上昇していた。このペースが続けば午前8時半には緊急放流基準の280・7メートルに達する恐れがあった。

 同ダムは流入した水のうち一定量を放流して洪水調整する。ピークの放流量は午前6時の毎秒601・76トンで流入量(同1104・87トン)の半分近くをせき止めていた計算だ。しかし、緊急放流となれば、流入量と同量を放流する。

 県は緊急放流を1時間先延ばしするぎりぎりの調整を続けた。同ダムの緊急放流は過去3回あるものの、県は「できるだけ下流に流す水の量は減らしたい」として、午前10時半に中止を決定。想定より雨量が弱まったためだが、午前11時の貯水位は280・6メートルで、基準まで残り10センチという“薄氷”の運用だった。

■効果は限定
 県は今回、現地の雨量予測システムに基づき市房ダムで予備放流を実施し、3日午後3時から4日午前2時まで段階的に貯水位を約1・5メートル引き下げた。国と県、流域12市町村による川辺川ダムに代わる治水を「検討する場」(2009~15年)で示された既存ダム活用策として、18年から試行する取り組みだ。

 県河川課は予備放流の効果について「緊急放流は防げたが、球磨川中流や下流への影響は限定的だ」と説明する。

 一方、利水ダムの事前放流は、気象庁の降水予測を判断基準に大雨の3日前から貯水位を引き下げておく備え。球磨川水系では、利水目的もある市房に加え、幸野(水上村)、瀬戸石(球磨村、芦北町)、内谷(五木村)、油谷(八代市)、清願寺(あさぎり町)の全6基が対象。6基が事前放流すれば、被害が軽減した可能性はあったが、今回は「想定外の雨」(同庁予報課)で実現しなかった。

 いずれも5月末にダム管理者と国、利水関係者の間で、事前放流に関する協定を締結したばかり。国土交通省水管理・国土保全局は「線状降水帯の予想を運用に反映させるのは容易ではない」としており、運用面の課題を指摘している。

◆2020年7月10日 西日本新聞
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/624818/
ー利水ダム事前放流「不発」 梅雨の豪雨、予測困難ー

  洪水被害の軽減のため、国は今年から農業や発電用の「利水ダム」でも事前放流を行うとしていたが、4日から九州を襲った一連の豪雨では実施されず、河川の堤防決壊、氾濫が相次いだ。そもそも利水ダムは洪水調整機能を持つ多目的ダムと違い、放流に時間がかかるため「3日前ごろからの事前放流」が必要とされる。梅雨時期の豪雨の発生時期や場所の予測は難しく、課題を突き付けられた形だ。

 「経路や勢力が事前に分かる台風には通用しても、梅雨期のゲリラ豪雨では対応が難しいように感じた」。国土交通省九州地方整備局の広松洋一河川管理課長は、力なく語った。

 甚大な被害に見舞われた熊本県の球磨川水系。大雨に備え、洪水を防ぐ役割を一手に担っていた多目的ダム「市房ダム」に加え、五つの利水ダムも事前放流し、水位を下げておくように決めていた。最大で2912万トンの水をためることができる計算だった。実際には市房ダムの予備放流(190万トン)のみが行われ、4日朝には緊急放流寸前まで追い込まれた。

 ダムの決壊を防ぐ緊急放流は、川の水位も上昇させる「最後の手段」だ。2018年の西日本豪雨では愛媛県の二つのダムの緊急放流で川が氾濫、8人が死亡した。昨年の台風19号では、国交省所管の6ダムで緊急放流する事態に陥った。

 これを受けて国交省は今年6月までに、ダムがある全国99の1級水系で関係者と協定を締結。従来の多目的ダムなど335基だけでなく、利水ダム620基も活用することで、事前放流できる水量を増やした。九州の19水系は事前放流できるダムが40から107に増え、貯水量も1・5倍の7億3685万トンに増えた。

農業補償も壁
 なぜ今回は機能しなかったのか。国交省はガイドラインで、事前放流の判断について「3日前から行うことを基本とする」と明記。気象庁の84時間先までの予測降雨量が各ダムで定めた基準雨量を超えれば、事前放流することにしていた。

 九地整によると、球磨川水系のダムで基準雨量を超えたのは3日午後10時から4日午前4時。「3日前からの事前放流」には到底間に合わなかった。6日以降の大雨でも、3日前から事前放流した利水ダムは「把握していない」という。

 事前判断の時期を「3日前」とするのには理由がある。毎秒数百トンの水量を放流できる「洪水吐(ばき)」を備えた多目的ダムに比べて、利水ダムには利水放流管という毎秒1、2トン程度の放流設備しかなく、水位を下げるのに時間がかかる。

 その上、利水ダムの水は工業や発電、農業に使われる。「補償の問題もあり、事前に定められた運用しかできない。特に農業用水が必要な6~8月は難しい」と広松管理課長は明かす。

 一方、ダムの水位調整で被害を防げたケースもある。小松利光・九州大名誉教授(防災工学)によると、17年の九州豪雨では、福岡県朝倉市の多目的ダム「寺内ダム」で直前に大量の農業用水が使われていたため、ダムとつながる佐田川流域はほとんど被害がなかったという。

 小松氏は「利水ダムを活用する考え方自体は間違っていない。農業や発電に影響しない放出水量を事前に定めておけば、空振りを恐れずに早め早めに水位を下げることもできるのではないか。柔軟に運用するべきだ」と指摘した。 (御厨尚陽)

【ワードBOX】ダムの種類
 ダムは利用目的によって主に3種類に分けられる。(1)山側から流れてくる水をためて下流の水量を減らし、洪水による被害を抑える「治水ダム」(2)ためた水を工業や農業、発電などに利用する「利水ダム」(3)治水と利水両方の機能を兼ね備えた「多目的ダム」-がある。

◆2020年7月4日 読売新聞
https://www.yomiuri.co.jp/national/20200704-OYT1T50211/
ー球磨川水系の利水ダム5基、事前放流実施されず…突発的な豪雨は対象外ー

 昨年10月の台風19号による洪水被害などを受け、国は新たに、発電などを目的とした「利水ダム」でも事前放流を行うとしていたが、球磨川水系にある5基の利水ダムでは実施されなかった。突発的な豪雨などが想定外だったためで、国土交通省は「今後の課題として検証する」としている。

 国は梅雨入りを前に、全国の利水ダム620基で、電力会社などの管理者と協定を締結。これまで実施していなかった事前放流を台風などの3日前頃から行い、雨水をためる洪水対策に活用する方針だった。

 国交省によると、今回の豪雨の恐れが高まったのは、大雨特別警報が出る前日の3日夜。「3日前頃」とした事前放流の想定と異なっていたため、実施されなかったとしている。

 利水ダムの運用見直しで、球磨川水系は5基が使えるようになり、雨水などの貯水能力(洪水調節容量)は2・6倍の4700万立方メートルに増えていた。

◆2020年7月6日 日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO61191680W0A700C2PP8000/
ー九州豪雨対応でダムの事前放流 官房長官ー

 菅義偉官房長官は6日の記者会見で九州豪雨への対応に関し、熊本県の球磨川上流の市房ダムで大雨の前に水位を下げる事前放流を実施したと明らかにした。大雨時に備えて活用できるダムの容量を増やし、決壊や緊急放流を防ぎやすくする。

 3日以降の九州南部の記録的な大雨を受け「再び大雨の予報が出ているので昨晩から事前放流している」と説明した。

 政府は6月に昨年の台風19号の被害を受け、ダムを活用した洪水調整機能の強化策をまとめた。菅氏は「全国的に大雨が続いている。すでに全国の15のダムで事前放流を実施している」と述べた。

◆2020年7月6日 朝日新聞(一部転載)
https://digital.asahi.com/articles/ASN756WVBN75TIPE00W.html?iref=pc_ss_date
ー何度も氾濫した熊本の「暴れ川」 模索していた治水対策ー

(一部転載)
大水害後、ダム建設の計画はあったが…

 国土交通省によると、球磨川は熊本県水上村の銚子笠(標高1489メートル)を源流とし、人吉盆地や八代平野を抜け、八代海に注ぐ。九州でも3番目の長さの1級河川だ。最上川、富士川と並び日本三急流の一つとして知られる。これまで何度も氾濫(はんらん)を繰り返し、「暴れ川」の異名も持つ。

 流域は台風や前線の影響を受けやすく、年間平均雨量は全国平均の約1・6倍の2800ミリ。加えて、人吉盆地の上流部で川辺川など支流の水が本流に注ぎ込み、さらに盆地の下流部で川幅が狭くなるため、洪水が起きやすいという。

 戦後最大の洪水が発生したのは1965年。流域の同県人吉市や八代市で堤防が決壊し、家屋1281戸が損壊、流失。約1万2800戸が浸水した。この洪水を含め、63年から3年続けて大水害が発生し、国は66年、球磨川の治水を目的とした九州最大級の「川辺川ダム」(同県五木村)の建設計画を発表した。

 ただ、地元の反対などで事業は進まず、約40年間の議論を経て2008年、蒲島郁夫知事は建設反対を表明した。それから10年以上、川辺川ダムに代わる球磨川水系の治水対策の協議は続いている。代替案は策定されていないが、知事は5日、記者団に「ダムによらない治水が極限までいっているとは思っていない」と改めてダム不要との認識を示した。

 国と県は昨年11月、流域の12市町村長と治水対策を話しあう会合で、川幅を広げる「引堤(ひきてい)」や川底を深くする「河道掘削」、「堤防かさ上げ」など複数の治水対策を組み合わせる案を示した。しかし見積もられた工期は50年で、首長たちからは「スピード感が感じられない」と不満が出ていた。

 国は近年、ダムや河川整備などの「ハード対策」だけでは相次ぐ豪雨災害への対応が難しいとして、流域全体で洪水対策に取り組む姿勢を打ち出している。

 全国の1級水系すべてのダムで、これまで洪水対策に利用してこなかった農業や発電用の「利水容量」を活用する運用を6月から始めた。計955のダムと国が協定を結び、大雨が予想される3日前からダムの水を事前放流する。

 これにより、国は全国でこれまでの2倍の91億立方メートルの洪水対策容量を確保。球磨川水系でも四つの利水ダムが新たに洪水対策に活用できるようになり、従来の約1800万立方メートルから約2・6倍の約4750万立方メートルまで増えた。

 とはいえ今回、いずれのダムでも事前放流は実施されなかった。大雨が予測できたのが前日夜で、間に合わなかったという。流域最大の市房ダムでは、下流域に甚大な被害が出るおそれのある緊急放流の実施が一時発表された。(山本孝興、竹野内崇宏、横川結香)

気象庁「想定できなかった」
 気象庁は熊本・鹿児島両県への大雨特別警報を4日午前4時50分に発表した。これを受けた熊本県人吉市の避難指示の発表は午前5時15分になった。市幹部は「天気予報が刻一刻と変わり、避難指示を出す判断が難しかった」と明かす。

 大雨特別警報はすでに災害が発生している可能性が高い状態で出すため、家屋の2階に上がることなど命を守る最善の行動を取ることを求める情報だ。

 気象庁自らが「特別警報の発表を待ってから避難するのでは手遅れとなる」と呼びかけており、避難所など屋外への避難は特別警報前にするよう求めている。

 近年は、特別警報級が予想される台風や梅雨期には、安全な時間帯に住民が避難できるよう事前の記者会見を強化している。

 18年7月6日に雨が強まった西日本豪雨でも、前日時点で注意を呼びかける会見を開催。昨年10月の東日本台風の際は、上陸3日前と前日の2回にわたる異例の会見を開いた。

 ただ今回は特別警報以前の会見はなかった。

 5日の会見で福岡管区気象台の田口雄二・主任気象予報官は「記者会見を検討する機会はあったが、ここまでの大雨を想定できなかった」と話した。

 気象庁は3日夕、熊本県内の4日午後6時までの24時間雨量の予想を「多いところで200ミリ」と発表。ただ、実際には球磨川上流の熊本県湯前町で少なくとも489・5ミリと大幅に上回る豪雨となった。

 5日に会見した熊本地方気象台の板東恭子・台長は「2日の時点で大雨警報を発表する可能性を自治体に通知していたが特別警報が出るほどの雨は十分に予測できなかった。線状降水帯の予測精度を高めることが今後の課題だ」と話した。

 一方、会見は可能だったと指摘する声もある。

 元下関地方気象台台長で防災NPO「CeMI気象防災支援・研究センター」の田代誠司・上席研究員によると、3日夕方時点で気象庁と同じ方式を用いて、4日夕までに300~400ミリが予想できたという。線状降水帯が4日未明ごろに停滞し、避難が難しいことも想定された。

 田代研究員は「3日夕の気象庁の200ミリの予報には驚いた。正確な予報は難しいが、気象庁は住民が避難できることを想定した発表をすべきで、災害を起こす400ミリの可能性がある以上は、空振りになっても会見を開いて注意喚起してほしかった」と話す。

—転載終わり—

 球磨川上流の市房ダムは、豪雨最中の7月4日午後8時半ごろに緊急放流の予告が報道されましたが、その後、豪雨が山場を越え、緊急放流はぎりぎりのところで回避されました。不幸中の幸いでした。
 以下の表は、国土交通省「川の防災情報」HPに掲載されている過去1週間の市房ダムのデータです。
 https://www.river.go.jp/kawabou/ipDamPast.do?init=init&obsrvId=1100900700001&gamenId=01-1103&fldCtlParty=no