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川辺川ダム揺れる民意…白紙撤回から12年 (西日本新聞)

 熊本県では、7月の球磨川水害の後、川辺川ダム計画の復活をめぐり、民意が揺れているとのことです。
 球磨川支流の川辺川に巨大ダムが計画されたのは半世紀以上前のことです。時代状況の変化によって、建設目的から「水力発電」と「農業利水」がなくなり、「治水」のみが残りましたが、流域住民の反対により12年前に計画は白紙撤回しました。
 民意は体験と情報によって変化します。未曽有の洪水とダム計画の復活をめざす行政の発する情報の中で、流域住民の民意はどこへ向かっていくのでしょうか?

 西日本新聞が詳しい記事を掲載しています。NHKは7月の豪雨による死者84人の被災した場所や状況を調べた結果を伝えています。

◆2020年10月5日 西日本新聞
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/651233/
ー川辺川ダム揺れる民意…白紙撤回から12年ー

 熊本知事「11月に治水策」

 7月の豪雨災害を契機に、かつて熊本県の蒲島郁夫知事が「白紙撤回」した川辺川ダム建設を巡る議論が再燃している。発端は、国が8月の検証委員会で提示した「ダムがあれば被害は軽減できた」とする推計結果。蒲島氏は治水対策として「ダムも選択肢の一つ」との構えで、年内に新たな判断を表明する。

 「11月末までに治水計画を示すことで、住民の皆さんも将来の計画ができるのではないか」。蒲島氏は9月下旬、甚大な被害を受けた人吉市を視察した際にこう述べた。

 県南部の球磨川流域は1963年から3年連続で水害が発生。特に65年の家屋の損壊と流失は1281棟に及び、人吉市街地の3分の2が浸水した。そこで国は66年、最大の支流川辺川へのダム建設を発表。「5~10年に1度」の洪水にしか耐えられない治水安全度を一気に「80年に1度」に向上させる計画だ。

 ダムの用地取得は98%完了し、水没予定地の五木村では移転対象549世帯のうち、1世帯を除いてすべてが移転。水没する道路の付け替え道路は9割が完成。かかった費用は概算事業費約3300億円の6割に当たる約2100億円に達していた。

 だが、大型公共事業への反発なども相まって「脱ダム」の機運が高まり、蒲島氏は初当選した2008年、「球磨川そのものが守るべき宝」として白紙撤回。翌09年に前原誠司国土交通相(当時)が中止を表明した。

 代わりに国や県、流域市町村は「ダムによらない治水」を検討。国は19年、堤防かさ上げや放水路設置などを組み合わせた10の治水案を提案した。しかし、治水安全度の目標は「20~30年に1度」とダムに及ばず、費用1兆円、工期100~200年をつぎ込む案はまとまらなかった。

 この間、行われた対策は宅地のかさ上げなど一部に限られる。「5~10年に1度」の洪水にしか耐えられないままだった流域は今年7月、「戦後最大規模」の豪雨で壊滅的な被害を受けた。死者65人のうち浸水による犠牲は50人に上る。流域市町村は9月、国と県に「ダムを含めた抜本的な治水」の早期実施を要請した。一方、ダム反対派の動きも活発化している。

 蒲島氏は白紙撤回を表明した県議会での演説で、「未来の民意」にも言及していた。「再びダム治水を望んだ場合、すでに確保されているダム予定地が活用されることになる」。被災地の惨状を目にした蒲島氏が、12年後の民意とどう向き合うのか注目される。 (古川努)

「反対だったが」「またもめるのか」
 熊本県南部の球磨川流域の住民たちは半世紀前、度重なる水害の解決策として支流、川辺川でのダム建設を認めた。だが、その後の反対運動で流域は分断。対立の歴史は2008年、蒲島郁夫知事の「白紙撤回」でいったん決着した。そして12年後の今年7月、死の恐怖にさらされた流域住民の「民意」は、再び大きく揺れている。

 「今はダムが必要だと考えている」。7月豪雨で自宅が全壊した人吉市紺屋町の男性(71)は「かつてはダム反対が民意だった。でも今回の災害で変わった」と打ち明ける。自宅2階に避難した八代市坂本町の50代女性は「(上流にある市房)ダムがなければ助からなかったと思う。昔は反対派も多かったけど、今回の雨で考えを変えた人も多いはず」と推測する。

 壊滅的な被害を受け、住民の心には変化の兆しも見える。だがダムを巡る対立と分断の記憶は深く刻まれ、「おおっぴらに賛成とは言えない」とのムードも漂う。

 「ダムを造らなくても、他に手段があると(白紙撤回を)決断したはずではなかったか」。球磨村一勝地地区で、全壊した自宅を片付けていた70代男性はうんざりした顔を見せた。渡地区の女性(49)は「またダムでもめるのか。何年後に実現するのか…」。復興という深刻な現実に直面する住民たちに、繰り返される議論はむなしく映る。
    ◇    ◇
 球磨川の上流には既にダムがある。1960年に建設された水上村の市房ダム。治水面で一定の役割を果たしているが、流域住民の見方は違う。

 球磨村で生まれ育った80代男性は「球磨川はコントロールできない。よそ者には分からない」。渡地区の男性も「机の上で計算しても分からないことはある」と同調する。清流とともに生きてきた住民の心底には、そもそも人工構造物への疑念があるようだ。

 神瀬地区の男性(70)は今回、川の水位が一気に上がって下がった、と感じた。その原因は「市房ダムの緊急放流」だと考え、さらにダムができれば「被害が広がる」と不安がる。

 だが市房ダムはこれまで一度も緊急放流をしていない。国も県も流域市町村も、いまだ今回の豪雨による被害の検証内容を正式に住民に説明する場を設けていないことが、疑念や不安を増幅させる。行政への不信は募る。

 各機関のトップだけで方針を決めるやり方に反対する人吉市の会社員の男性(49)は「国、県、首長だけの会議ではダムのメリットしか説明されないだろう。デメリットも明らかにし、住民の意見を反映させるべきだ」と注文。川辺川ダムができれば水没する五木村で、建設方針だった当時、苦渋の決断で高台に移転した男性(71)は願う。「下流域の甚大な被害を思えば反対はできない。せめて村民にしっかり説明し、意見を聞いてほしい」 (中村太郎、長田健吾、綾部庸介、松本紗菜子)

◆2020年10月5日 NHK
https://www3.nhk.or.jp/lnews/kumamoto/20201005/5000010185.html
ー球磨川住宅「水没」で死者18人ー

 ことし7月の豪雨で、大きな被害が出た熊本県の球磨川沿いでは住宅が水没して18人が死亡していたことがNHKの分析でわかりました。
 球磨川周辺では水没するリスクのある住宅がおよそ4000棟に上ることもNHKの分析で明らかになり、専門家は、「深い浸水が想定される場所では離れた高い場所への早めの避難が重要だ」と指摘しています。

 ことし7月の豪雨で死亡した全国の84人について、NHKは被災した場所や状況を詳しく調べました。

 全体の80%にあたる67人が川の氾濫などによる「水害」で死亡していて、このうち18人は、熊本県の球磨川沿いなどで、住宅が水没して死亡していたことがわかりました。

 住宅が何階建てだったのかを見ると、「平屋建て」で死亡したのが、熊本県の人吉市で7人、球磨村と八代市でそれぞれ3人、芦北町で2人、福岡県大牟田市で1人の合わせて16人で、「2階建ての2階」で死亡したのが球磨村の2人でした。

 国土交通省によりますと、浸水の深さが5メートルを超えると、2階建ての建物も水没するとされていて、今回、死者が出た場所でも、これに匹敵する浸水の深さがあったと考えられます。

 球磨川沿いではどれくらいの住宅に水没のリスクがあるか。

 NHKは球磨川周辺の浸水想定と、地図会社・ゼンリンの9万棟余りの「建物データ」を使って独自に分析し、深さ5メートル以上の浸水が想定されている範囲にある「平屋建て」か「2階建て」の住宅の数を調べました。

 その結果、水没のリスクがあるのは川沿いの10の市町村の合わせて4002棟で、市町村別に見ると、人吉市が2461棟で最も多く、八代市が631棟、球磨村が561棟などとなっています。

 こうした浸水の深さが5メートル以上と水没のリスクを抱える住宅は、首都圏を流れる荒川や多摩川周辺などを含む全国各地にあります。

 避難行動に詳しい静岡大学の牛山素行教授は、「浸水が5メートルを超えると『垂直避難』では助からないため、『立ち退き避難』が原則だ。ハザードマップでどのくらいの浸水が予想されるのかを確認して、どのような行動が必要か日頃から考えておくことが重要だ」と指摘しています。

 一方で、中小河川ではハザードマップが整備されていない場所が少なくないとしていて、「ハザードマップが無かったり、浸水を示す色がついていなかったりしても、『安全だ』とは思わないで欲しい。氾濫しない安全な川は存在しないと考えて、川に近い場所では洪水を念頭に行動して欲しい」としています。

◆2020年10月5日 朝日新聞熊本版
https://digital.asahi.com/articles/ASNB46SFGNB4TLVB002.html
ー「ダムのない地域社会を」 八代で豪雨被災者らシンポー

 記録的な豪雨の影響で議論が再燃している川辺川ダムの建設に反対する市民団体のシンポジウムが3日、八代市であった。豪雨被災者ら約150人が参加し、「ダムのない地域社会づくりに歩み出す」などの集会宣言を発表した。

 川辺川ダムがあった場合の効果について、国土交通省九州地方整備局と県は、被災地の人吉市街への流量を最大4割削減できたとの試算を示している。

 参加者からは「被災者がダムなど望んでいないのに、国交省は川辺川ダムを進めようとしている」などの批判が相次いだ。来賓の1人、今本博健・京都大名誉教授(河川工学)は「国交省は都合の悪いデータもすべて住民に示して、(建設の是非の)判断を求めるべきだ」と訴えた。

 被災者たちは「国や県は、ダムの緊急放流や決壊した場合の被害想定なども示すべきだ」と主張した。(村上伸一)

—転載終わり—

 朝日新聞が取り上げた集会の宣言文は、こちらのページに公開されています。
 http://kawabegawa.jp/2020/20201003SHUKAISENGEN.pdf