球磨川水害の被災地、球磨村、復興めざし村民にアンケート調査

 7月の九州豪雨では、球磨流域で50人の住民が亡くなりました。このうち最も犠牲者が大きかったのは25人の死者が出た球磨村です。球磨村は人吉盆地から下ってきた球磨川が川幅をグッと狭める区間で、川の両岸に崖が聳え、人が住める土地は限られています。7月の豪雨の際は、球磨川の氾濫だけでなく、山からの土砂災害にも襲われました。
 水害から3カ月たった現在、球磨村でも復興が大きな課題ですが、被災者の中には、元の土地に住むことにためらいを感じている人も少なくないということです。
 このほど球磨村が実施した村民へのアンケート調査結果が報道されています。

◆2020年10月16日 毎日新聞熊本版
https://news.yahoo.co.jp/articles/5e5c4b0283f9779ad14f99327db61ba6b4ecd923
ー球磨村に「戻りたい」55% 「条件付きで」34% 年度内に村復興計画 九州豪雨ー

 7月の九州豪雨で甚大な被害を受けた熊本県球磨村は16日、村の復興について今年度15歳以上の全村民3095人に聞いたアンケートの結果を公表した。「村に戻りたいか」の設問には、現在も村に居住する人を含めて1155人が回答し、55・2%が「同じ居住地に戻りたい」(「残りたい」を含む)と答えた。宅地かさ上げや高台移転、堤防整備などの条件付きで「戻りたい」が34・2%、村には「戻らない」が10・6%だった。

 アンケートは、村民らでつくる復興計画策定委員会の初会合で示された。8、9月に郵送などで実施し、56・4%の1747人が回答。そのうち、現在の居住地が村外は687人、村内の災害前とは異なる場所が115人だった。

 「元の居住地に戻るまでに待てる期間」(回答988人)は▽「1年以内」34・7%▽「1~2年以内」28・9%▽「2~3年以内」16・2%。一方、戻るのが難しい理由(回答数414、複数回答)は▽「生活基盤の復旧が困難」28・9%▽「自宅の崩壊・流失」23・9%▽「就労や仕事の場の確保が困難」13・2%――などだった。

 球磨村では25人が死亡し、家屋402棟が全半壊した。16日現在で165人が村内外の避難所に身を寄せている他、村内の仮設住宅約180戸に約530人が入居している。

 村はアンケート結果や策定委の意見を踏まえ、年度内に復興計画を策定する方針。松谷浩一(まつたにこういち)村長は「戻りたいという人が安心して暮らせる場が提供できるかが、今後のポイントになる。村民の意見を聞いて進めたい」と語った。

◇「住み慣れたところに」「ダムあっても水没」揺れる胸の内
 「災害前と同じ居住地に戻りたい」。村のアンケートにそう答えた球磨村渡地区の無職、山口孝一さん(66)は胸の内を吐き出した。「お金がないし、ここは住み慣れたところ。この年になって見知らぬ土地で生活するのも大変だ」

 自宅は14人が亡くなった特別養護老人ホーム「千寿園」に近く、氾濫した球磨川から100メートルほど。豪雨当日はあふれ出した濁流で2階の屋根近くまで水につかった。しかし「高台に移転するといっても時間がかかるし、それまで待てない。(山林が約9割を占める村では)移転する土地もないだろう。土砂崩れも怖い」。自宅は全壊判定を受けたが大きな傾きなどはなかったため、修理して住むことを決めた。

 現在は隣接する人吉市のみなし仮設住宅のアパートで避難生活を続けながら、自宅の柱の隙間(すきま)などに入り込んだ泥のかき出しを続けている。「何とか年末までには、住める部屋を一つでも確保したい」。そう語り、床板や壁板をはがしたままの我が家を見つめた。

 一方、同じ渡地区の元村職員、尾崎徹雄さん(72)は村外移転を考えている。自宅は2階まで水没した。豪雨後は2009年に中止が決まった川辺川ダム建設を巡る議論が再燃しているが、国の推計ではダムを造ったとしても浸水リスクは払拭(ふっしょく)されない。「住み続けたい気持ちはやまやまだが、ダムがあっても2階まで水没することに変わりはない」。解体を決めた自宅前でため息をつく。

 浸水被害の心配がない高台に代替地ができれば村に残りたいとも思うが、現時点で具体的に何も示されていない。「県と国が急ぐべきはダムより代替地の確保だ。早く道筋を示さなければ村外移転が止まらなくなる」。村はこの先どうなるのか。尾崎さんは行く末を案じている。【城島勇人】