球磨川水害に関する意見書(水源連)

 今年7月の球磨川水害を機に、中止されていた国の川辺川ダム計画が復活しようとしています。
 熊本県の蒲島郁夫知事は、2008年には民意を背景に「川辺川ダムの白紙撤回」を表明しましたが、「川辺川ダム容認」へと180度方針を転換しようとしています。

球磨川水害に関する意見書 水源連のサムネイル これに対して、熊本県内の市民団体や球磨川流域の被災者から反対や抗議の声明が次々と出されていますが、11月16日、全国のダム問題に取り組む水源開発問題全国連絡会(略称:水源連)が蒲島熊本県知事に以下の意見書を提出しました。意見書を執筆した水源連共同代表の嶋津暉之さんは当会の運営委員でもあります。
 右の画像をクリックすると意見書が表示されます。

 水源連サイトより
 「川辺川ダムの問題は今夏の球磨川水害について科学的な解析をしたうえで、判断されなければなりません。
 そこで、私たち水源連は今夏の球磨川水害について情報公開請求等でできるだけの情報を入手し、解析したうえて、今回の意見書を作成しました。
 蒲島郁夫知事がこの意見書の内容を踏まえてこれからのことを判断することを期待しております。」

 意見書の全文を以下に転載します。

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球磨川大氾濫を受けて球磨川の治水対策をどう進めるべきか

 2020年7月の球磨川大氾濫で、川辺川ダム計画が再浮上してきているが、大氾濫の主因は国土交通省が本来実施すべき治水対策を怠ってきたことにある。その治水対策をすみやかに実施することが必要なのであって、球磨川の自然に大きなダメージを与える川辺川ダム計画を再浮上させてはならない。
 実施すべき治水対策はいくつかあるが、ここで最も重要な次の2点に絞って述べる。

 1 もともと計画されていた計画河床高までの河床掘削をすみやかに進めることが肝要である。
 2 7月の球磨川水害は、小川等の支川の氾濫による影響が大きく、川辺川ダムがあっても対応できないものであったから、球磨川本川だけでなく、支川の治水対策(河床掘削等)が急務である。 
 【補足】2020年7月豪雨の球磨川の最大流量への疑問

1 もともと計画されていた計画河床高までの河床掘削をすみやかに進めることが肝要である。

 2020年7月豪雨による球磨川大氾濫の要因は、国土交通省が川辺川ダムに代わる治水代替策を実施してこなかったことにある。とりわけ、球磨川とその支川の河床掘削をほとんど実施してこなかったことが氾濫拡大の大きな要因となった。

(1)本来の計画河道断面を前提にすること

 球磨川には計画河床高等の計画河道断面がある。この計画河道断面は球磨川の「直轄河川改修計画書」に定められていた。省庁再編成に伴い、地方処務規定が2001年1月に廃止されて、直轄河川改修計画書はその根拠規定がなくなり、その後は参考資料の一つという位置づけになったが、もともとは国交省自身が長年その計画河床高までの掘削を予定していた。
 2007年5月に球磨川水系河川整備基本方針が策定されるまでは、旧河川法によって策定された球磨川水系工事実施基本計画が、球磨川の河川整備に関する唯一の計画であった。〔注〕
 この工事実施基本計画には多良木、錦、人吉、麦島、河口部の5地点について計画河道断面図が示され、そこに計画河床高の線が引かれている。例として人吉の河道断面図を図1に示す。その河床高の高さは次の図2に示す計画河床高と一致している。
 図2は国交省の開示資料で得た球磨川の計画河床高と2016年度測量の平均河床高を球磨川中流部(距離標50~70km)について比較したものである。なお、球磨川の計画河床高は最下流部(距離標0.0~8.8㎞)と、渡より上流の区間(52.6㎞以上)について定められている。
 2016年度平均河床高と計画河床高の差を示した図3を見ると、2016年度の平均河床高は計画河床高より1.5~2m程度高くなっているところが多い。
 このことは計画河床高までの河床掘削が行われていれば、本年7月洪水の最高水位が1.5~2m程度低くなっていた可能性が高かったことを示している。

〔注〕国交省は河川法改正の経過措置を無視して、河床掘削を怠ってきた
 1997年の河川法の改正により、河川整備に関する計画の策定の仕組みが大きく変わった。各水系に関する計画は、改正前は工事実施基本計画だけであったが、改正後は工事実施基本計画で定めている内容を、河川整備の基本となるべき方針に関する事項(河川整備基本方針)と具体的な河川整備に関する事項(河川整備計画)に分けて策定し、後者は計画の内容を詳しく記述するようになった。
 基本方針は長期的な目標を定めるもので、主要地点の基本高水流量(ダム等の洪水調節施設がない場合の目標流量)と計画高水流量(洪水調節施設がある場合の河道の目標流量)を定めるが、新たに設置する洪水調節施設は記述しない。
 一方、河川整備計画は今後20~30年に実施する河川整備の内容を具体的に記述するもので、洪水調節施設がない場合の目標流量と、河道で対応する河道目標流量を定め、ダム等の洪水調節施設を必要とする場合はその設置計画を盛り込むことになっている。
 球磨川については河川整備基本方針が2007年5月に策定されたが、河川整備計画はいまだに策定されていない。
 1997年の改正河川法附則(河川整備基本方針及び河川整備計画に関する経過措置)により、河川整備計画が未策定の場合は従前の工事実施基本計画を河川整備計画とみなすことになっているので、球磨川水系では国交省は工事実施基本計画の計画河道断面を確保すべく、河床掘削を実施してこなければならなかったはずである。しかし、国交省はその経過措置を無視して、河床掘削を怠ってきた。そのことが2020年7月洪水の氾濫を拡大した重要な要因であったと考えられる。

(2)国交省が計画河床高までの河床掘削に難色を示した理由の虚構

➀ 河床掘削による軟岩の露出が問題なのか?
 球磨川水系河川整備基本方針の策定に関して国土交通省で2006年4月から2007年3月まで延べ11回の河川整備基本方針小委員会が開かれた。この委員会では国交省は人吉地点の流下能力の上限は4000㎥/秒であるとして、それを大きくすることを拒絶し、計画高水流量(河道で対応する上限流量)を4000㎥/秒(人吉地点)に据え置いた。基本高水流量(人吉地点の1/80の洪水流量7000㎥/秒)との差はダムによる洪水調節で対応しなければならないとし、既設の市房ダムに加えて川辺川ダムが必要であるとした。基本高水流量と計画高水流量の差、3000㎥/秒の大半は川辺川ダムで対応するもので、川辺川ダムに大きく依存する治水計画である。
 しかし、河床を掘削して河床面を下げれば、流下能力を4000㎥/秒より大幅に増やすことが可能である。それを拒絶した国交省が理由にしたことは、掘削により、河床の軟岩が露出して環境上の問題が生じるということであった。すなわち、球磨川は砂礫層が薄いため、大規模な掘削を行うと軟岩層がほぼ全川にわたり露出し、瀬や淵がなくなって単調な岩河床となり、生物の生息・生育環境に大きな影響を与える恐れがあるというものであった。
 しかし、他の水系でも、軟岩の上に砂礫層が載った河床は少なからずあるから、国交省が球磨川のみ、河床掘削による軟岩露出を問題視したのは明らかに川辺川ダム推進のための意図的な理由であった。軟岩露出で環境上の問題が生じるというならば、軟岩の上の砂礫を一時保管しておいて、河床の掘削深度を大きめにし、掘削終了後に砂礫を元に戻す工法を取れば解決することができる。また、軟岩が露出すると、堤防の基礎部が崩れる危険があるという意見がダム推進側の委員からあったが、多摩川等ではその対策として床固めで基礎部の補強を行ってきており、問題にすべきことではない。
 国交省は実際には対応可能な軟岩露出の問題をわざわざ取り出して、計画河床高までの河床掘削に難色を示したのである。

② 川辺川ダムこそが軟岩の露出を引き起こす
 河床の軟岩露出の問題を取り上げるならば、川辺川ダムの影響の方がはるかに深刻である。川辺川ダムは土砂堆積量が非常に大きいダムである。川辺川ダム計画では、総貯水容量13300万㎥のうち、2700万㎥は堆砂容量である。これは100年間分の土砂堆積量を見込んだものであるから、毎年、平均で27万㎥の土砂が川辺川ダムに堆積することになる。東京ドームの容積が124万㎥であるから、川辺川ダムには東京ドームの1/5強という膨大な量の土砂が毎年たまることになる。
 逆に言えば、今までこれだけ膨大な量の土砂が川辺川から球磨川に供給され、それによって球磨川の河床が維持されている。その土砂の供給が川辺川ダムによって遮断されれば、下流の人吉地区等の河床でも土砂の供給と流出のバランスが崩れて、軟岩の上の砂礫層が流出し、軟岩が露出するようになることは必至である。

 河床掘削による軟岩露出の問題は上述の通り、対策が可能であるが、川辺川ダムの堆砂進行による河床の軟岩露出は防ぎようがない。このように、軟岩露出のことを問題視するならば、川辺川ダムこそが軟岩露出という環境問題を引き起こす元凶になるが、国交省はその問題には全く触れず、河床掘削をほどほどにするために軟岩露出の問題を持ち出したのである。
 右の写真は15年以上前の写真であるが、球磨川上流にある市房ダムの下流の球磨川の河床を撮影したものである。市房ダムによって土砂の供給が遮られたため、市房ダム下流の河床は侵食が進んで、軟岩が露出している。ダムによる軟岩露出は、河床掘削による軟岩露出とは異なり、土砂の供給そのものを永続的に大幅にカットしてしまうから、何年経っても軟岩の上に砂礫が堆積していくことはない。実際にこの写真のように市房ダムができてから、何十年も経過しているが、軟岩が露出したままの状態が続いている。なお、市房ダムは1970年3月完成で、総貯水容量4020万㎥、計画堆砂量510万㎥に対して2017年度末の実績堆砂量が488万㎥になっている(国交省の開示資料による)。
 市房ダムの集水面積158㎢に対して、川辺川ダムのそれは470㎢で、約3倍もあるから、球磨川の河床に対して市房ダムよりはるかに深刻な影響を与えるのが川辺川ダムである。

(3)ダム依存度が異常に高い治水計画の危険性

 上述のように現在の球磨川水系河川整備基本方針は人吉地点の基本高水流量7000㎥/秒、計画高水流量4000㎥/秒で、その差3000㎥/秒をダム等の洪水調節施設で対応することになっている。基本方針には川辺川ダムの名が書かれていないが、その元資料には既設の市房ダムで400㎥/秒、残りの2600㎥/秒を川辺川ダムで対応することになっていた。そして、国交省はその範囲で球磨川水系河川整備計画をつくることを予定していたが、川辺川ダム反対の世論の高まりを受けて、2008年8月に蒲島郁夫・熊本県知事が川辺川ダムの中止を求めたことにより、国の思惑通りの河川整備計画の策定は立ち消えになった。
 その後、国、県、関係市町村による球磨川水系河川整備計画策定のための会議が続けられてきたものの、川辺川ダム無しの現実的な河川整備計画が策定されないまま経過してきた。本来は川辺川ダムを暗黙の前提としている球磨川水系河川整備基本方針を根本から見直したうえで、河川整備計画の策定作業を進めなければならないはずであったが、その基本的なことがされないまま、川辺川ダム無しの非現実的な河川整備計画案について十数年も会議を重ねてきた。そして、何の成果のないまま、今回の熊本豪雨に見舞われたのである。
 球磨川水系河川整備基本方針は基本高水流量7000㎥/秒のうち、3000㎥/秒、すなわち、43%をダムに依存する治水計画である。そのうち、川辺川ダムで対応するのは2600㎥/秒であるから、川辺川ダムだけに基本高水流量の37%を依存することになる。このようにダムに大きく依存し、しかも一つのダムに4割近くも依存する治水計画は歪であり、きわめて危険である。なぜなら、想定以上の雨が降って、ダムが満杯になり、調節機能を失えば、ダム下流域は直ちに氾濫の危険にさらされてしまうからである。
 2006年7月、鹿児島県の川内川(せんだいがわ)流域を未曾有の豪雨が襲った。川内川の鶴田ダムは洪水調節ができなくなり、さつま町宮之城地区で洪水災害が発生した。鶴田ダム地点の基本高水流量は4600㎥/秒、計画最大放流量は2400㎥/秒であったが、鶴田ダムは「ただし書き操作」を行い、計画最大放流量をはるかに上回る3600㎥/秒(最大)を放流した。鶴田ダム下流で氾濫被害の最も大きかったさつま町宮之城の計画高水位はT.P.27.74mであるが、本洪水ではこれを2.92mも上回る最高水位T.P.30.66mを記録し、大きな災害が発生した。ダム上流域の総雨量は962mmにも達した。
 球磨川に置き換えてみれば、2006年の川内川流域のように計画規模をはるかに超える雨が降って、川辺川ダムが機能不全に陥った場合、4000㎥/秒を大きく上回る洪水が人吉地点を襲うことになる。現在の球磨川水系河川整備基本方針はそのような治水計画である。このように、川辺川ダムへの依存度が極端に大きい治水計画はダムが調節機能を失った場合はきわめて危険である。
 その点で、計画高水流量を4000㎥/秒より大幅に引き上げて、その流下が可能となるように、河床掘削等により、河道の整備を図ることが肝要であり、球磨川水系河川整備基本方針をつくり直す必要がある。
 球磨川水系河川整備基本方針は全国の水系でもあまり例がない、ダム依存度が異常に高い治水計画がつくられていた。川辺川ダムがこけたら、すべてがダメになるような歪な治水計画であってはならない。

2 7月の球磨川水害は、小川等の支川の氾濫による影響が大きく、川辺川ダムがあっても対応できないものであったから、球磨川本川だけでなく、支川の治水対策(河床掘削等)が急務である。

 2020年7月豪雨で球磨川が大氾濫したが、小川や山田川等の支川の氾濫が凄まじく、多くの人命が失われた。これらの支川の氾濫は川辺川ダムでは対応できないものであるから、支川の治水対策に力を注がなければならないのであって、必要とされていることは川辺川ダムではない。

(1)球磨村の小川の氾濫

 球磨村渡地区では特別養護老人ホーム「千寿園」で14人の方が亡くなった。もっと安全なところになぜ立地しなかったのかという話もあるかもしれないが、老人ホームは図5の位置図の黄色枠のところである。渡小学校の隣で、JR線の渡駅に近く、人家が少なからずあるところであるから、立地場所が特によくなかったとは思われない。この大字渡乙では老人ホーム以外の民家でも2人が亡くなっている。西日本新聞2020年8月5日の記事「千寿園の教訓を備えに 入所者14人犠牲、避難情報共有が鍵」によれば、当時の千寿園を巡る経過は下記の通りである。

 球磨川の渡観測所と小川の危機管理型水位計の観測水位は図4の通りである。観測計の位置は、前者は図5の位置図の青色枠、後者は赤色枠にある。
 球磨川の渡観測所と小川の危機管理型水位計の観測水位は図4の通りである。観測計の位置は、前者は図5の位置図の青色枠、後者は赤色枠にある。
 渡観測所は7時30分で観測が停止し、小川の観測所は8時過ぎで観測が停止しているが、ここで注目すべきは小川の水位が球磨川の水位よりも約2mも高いことである〔注〕。球磨川よりも小川の氾濫がかなり早く始まったことを示している。そして、球磨川と小川の水位差の大きさから見て、球磨川の水位上昇によって小川の球磨川への流入が遮られて小川の水位が上昇したのではなく、小川そのものがその流域の降雨によって水位が異常上昇したものと考えられる。
 
〔注〕球磨川の渡観測所は球磨川の距離標52.64km、小川の合流点は53.4㎞付近にあり、前者が後者より約800m下流側にあるが、それぞれの計画高水位はT.P.94.54m、95.14mで、0.6mの差である。図4では後者が前者より約2.5m高いので、小川の観測水位が球磨川の観測水位を2m近く上回っていたと考えられる。

 小川に最も近い神瀬雨量観測所(球磨町)の観測雨量(図6)を見ると(雨量観測所の位置は図7を参照)、7月4日2~8時は時間51~78㎜雨量が延べ7時間も続いており、凄まじい雨量になっている。この雨量は後述する川辺川ダム予定地の雨量(図11)と比べてもかなり大きく、小川が大氾濫した主因はその流域の雨量が極めて大きかったことによるのであって、当時、川辺川ダムが仮にあっても、小川の氾濫抑止には寄与しなかったと考えられる。

(2)人吉市の支川の氾濫

 球磨川・人吉の7月4日朝の状況については矢上雅義衆議院議員(熊本4区)がツィートで水の手橋を撮った録画を流している。8時40分の映像を見ると、下記の通り、球磨川の水位は水の手橋の路面を少し下回るレベルになっている。
 なお、水の手橋は人吉観測所の約200m下流にある。人吉付近の位置図を前ページの図8に示す。

 水の手橋の路面は下記の写真の通り、堤防高とほぼ同じ高さである。

 【水の手橋(人吉市の資料)】

 人吉の危機管理型水位計の異常に高い観測水位

 人吉については国交省の常時水位観測計があるが、7時30分で観測を停止したので、代わりに危機管理型水位計の観測水位を見ると、図9の通りである。
 この水位計は人吉大橋に設置されていて、上記の水の手橋より約300m下流にある。この水位計の観測水位は異常に高い。水の手橋の映像では8時40分の水位は堤防高を少し下回るレベルであったが、この水位計による同時刻の水位は堤防高より1.6mも高くなっている。
 人吉の危機管理型水位計の観測値が過大になっていることについて、7月10日に九州地方整備局に電話したところ(河川部河川計画課)、担当官は、これは疑問のある数字であって見直す必要があり、1m以上下がる可能性があることを認めた。この危機管理型水位計の観測値の精度に問題があったようなので、今後検討するということであったが、その後、観測値の修正はされていない。
 ピーク水位の発生時刻を同図の通り、9時50分とすれば、同図において上述の8時40分と9時50分の水位差は0.58mである。この数字を使って矢上衆議院議員撮影の映像を元にして、水の手橋のピーク水位を推測すると、堤防高より約0.5m高かったことになる。

 一方、国交省の報告(第1回令和2年7月球磨川豪雨検証委員会説明資料46~51ページ)によれば、人吉では本洪水の痕跡水位は1.5~2m となっており、上述の水の手橋の映像から推測される球磨川水位より約1~1.5m高い。
 このことは何を意味するのか。
 これは(1)の「球磨村の小川の氾濫」と同様、人吉付近で合流する山田川等の支川の氾濫が先行して進んだことを示している。

 新聞でもそのことが次のように報じられている。

西日本新聞2020年10月13日
「支流越水後に球磨川も氾濫 人吉浸水の経過熊本県調査で判明」
「7月4日の豪雨で氾濫した球磨川流域のうち、人吉市中心部が刻一刻と浸水していく経過が熊本県の調査で判明した。始まりは支流山田川からの越水。その後、球磨川本流からも濁流が市街地へと流れ込み、氾濫水位は深い所で約4メートルまで急上昇したという。浸水解消時には、たまった水が川に流れ込む「引き戻し」で激しい流れが発生。新たな水害リスクも浮かび上がった。
 県の調査は8、9月に実施。河川カメラや地元住民が撮影した動画や証言を分析した。動画には日時が記録され、水が流れる方向も確認できたという。
 調査結果によると、7月4日午前6時10分ごろ、球磨川との合流部に近い「出町橋」付近で山田川からの越水が始まり、同31分には500メートルほど上流の「五十鈴橋」付近でも越水が確認された。」

熊本日日新聞2020年10月21日
「球磨川治水「ダム不要」 熊本県の意見聴取会、反対4団体が主張」
「清流球磨川・川辺川を未来に手渡す流域郡市民の会(人吉市)の木本雅己事務局長(69)=人吉市=は、人吉市の犠牲者20人の多くは「球磨川の越流よりも早い時間に、山田川や万江川など支流沿いの豪雨が市街地へ押し寄せたことで犠牲になった」とする独自の調査結果を提示した。」

 人吉付近の雨量も非常に大きかった。人吉にある砂防人吉雨量観測所の観測雨量(図10)を見ると、7月4日8時は時間最大で100㎜雨量が記録されている。一方、川辺川ダム予定地(五木村)の雨量観測所4カ所の平均雨量を見ると、図11の通り、時間最大70mmであり、人吉付近の雨量の影響が大きかったことを示唆している。

(3)支川の氾濫は川辺川ダムでは対応が困難

 以上の通り、球磨川の氾濫より先行して、小川や山田川等の支川が氾濫して支川流域の住民に凄まじいダメージを与えた。川辺川ダムをつくって、それが仮にそれなりの洪水調節効果を果たしたとしても、球磨川においてそれで対応できるのは川辺川合流点より下流の球磨川本川であり、小川等の支川の氾濫を抑止することにはさほど寄与しない。
 小川等の支川が氾濫しないように各支川について河床掘削等の治水対策を具体化していくことが求められている。

【補足】2020年7月豪雨の球磨川の最大流量への疑問

 国土交通省は2020年7月豪雨の球磨川の最大流量を次のように推定している(国交省の開示資料)。

 本洪水では一武、人吉、渡の観測所はピーク水位が欠測となったため、ピーク流量は流出解析モデルで求めた計算流量が使われている。
 2007年5月策定の球磨川水系河川整備基本方針による基本高水流量(1/80の洪水を想定)は人吉7000㎥/秒、横石9900㎥/秒である。これは市房ダム・氾濫戻しに対応する流量である。本洪水のピーク流量は国交省によれば、上表の通り、人吉7900㎥/秒、横石12600㎥/秒であるから、1/80で想定したピーク流量を大幅に上回ったことになる。
 しかし、本洪水の流量はあくまで流出解析モデルで求めた机上の計算値であって、実際のピーク流量をどこまで再現しているかは不明である。
 川辺川・柳瀬はピーク水位の観測が行われた。観測ピーク水位は7.51m(7月4日7時30分)であった。川辺川・柳瀬について国交省の水文水質データベースから2010~2018年の最高水位と最大流量のデータを取り出して、両者の関係をプロットすると、図12が得られる。なお、流量は水位の二次関数(Q=A(H+B)2 (Q:流量、H:水位、AとB:係数))で示されるので、流量はその平方根で示した。
 両者の相関係数の二乗は0.987であるから、相関はかなり高い。
 この関係式を使って、7月豪雨の柳瀬のピーク水位観測値7.51mから柳瀬の最大流量を推測すると、2970㎥/秒となる。
 国交省の柳瀬の計算値3400㎥/秒はこれより1.14倍大きい。
 このように本洪水について各地点の計算ピーク流量は実際の数字よりかなり高めになっている可能性が高い。
 本洪水では人吉、渡、一武では本洪水のピーク水位が観測されていないのであって、それらのピーク流量は流出モデルで計算したものにすぎない。流出モデルによる計算流量はモデルの係数の設定によって少なからず変わるものであるから、その計算値を前提として治水対策を進めることは大いに問題がある。
 それよりも、球磨川および支川の氾濫を確実に軽減できる河床掘削等の治水対策を具体化していくことの方がはるかに重要である。