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熊本県知事による川辺川ダム容認表明に関する各紙社説

 熊本県の蒲島郁夫知事は、2008年に国の川辺川ダム計画の白紙撤回を国に求め、これを受けて翌2009年に発足した民主党政権が川辺川ダム中止を打ち出しました。しかし、今年7月の球磨川の大水害を機に蒲島知事の考えが変わったとのことで、さる11月19日、川辺川ダムを容認すると、方針を180度転換する表明を行いました。

 各紙の社説をまとめました。
 日本経済新聞の社説に書かれている「流水型ダムを検討するという。2008年に国土交通省が提案したもので、当時でも10年近い工期と1200億円の追加費用を必要とし、」は、以下の「球磨川水系の河川整備について」(国土交通省 九州地方整備局 平成20年8月25日)の17ページを引用した記述であると思われます。 
 http://www.qsr.mlit.go.jp/kawabe/kasenseibi/setsumei03.pdf

◆2020年11月13日 熊本日日新聞
https://kumanichi.com/column/syasetsu/1674416/
ー社説 川辺川ダム容認 民意は見極められたのかー

 7月豪雨で氾濫した球磨川の治水対策の方向性について、蒲島郁夫知事が川辺川ダムの建設容認を含めた「流域治水」を最有力候補として調整していることが明らかになった。環境への負荷を低減できるとの判断から、ダムの構造は穴あきダムを含む流水型を想定しているという。

 川辺川ダムを巡っては、知事が2008年、計画の白紙撤回を表明。翌年、国土交通省が建設中止を決めた。知事が容認へかじを切れば、ダムに対する考え方の抜本的な転換となる。

 知事は白紙撤回時、「現在の民意はダムによらない治水を追求し、球磨川を守っていくことを選択している」と述べた。判断の根拠として強調したのは「民意」だった。

 7月豪雨後も、知事は「民意を測る」として流域住民や関係団体への意見聴取を重ねてきた。しかし、ダム建設に対する住民の賛否は分かれている。環境面だけでなく、治水効果への疑問や安全性への不安も根強い。

 川辺川ダム容認は、民意をどのように見極めた末の判断なのか。結論を表明する際は、知事自身がよりどころとした民意の捉え方について、住民が納得できるよう説明を尽くすべきだ。

 7月豪雨では、球磨川で戦後最大と言われてきた1965年の洪水を上回る大規模氾濫が発生。流域の50人が死亡、2人が行方不明になった。

 県は国交省、流域12市町村と共に検証委員会を設置。国交省は、川辺川ダムが現行計画の貯水型で存在していれば「人吉市で浸水面積を6割減少できた」とした。これを受け、流域市町村でつくる建設促進協議会は、ダム建設を含む治水策を県に要望した。

 知事も、ダムも治水の「選択肢の一つ」と表明。その上で、流域住民らを対象にした意見聴取会を各地で開き、自らも足を運んだ。

 住民らからはダムの賛否だけでなく、堤防強化や川底掘削などダムによらない治水を求める声も多く挙がった。ただ、知事は意見聴取を終える前から「民意は大きく動いていると感じている」と述べた。住民らが「ダム容認の材料を集めているのでは」といぶかしがるのも無理はない。

 知事は11日の河川工学者の意見聴取後、「生命財産を守り、球磨川の恵みも維持できる、受け入れ可能な方針を示すのが知事の責任」と述べた。命と環境の両立のため、ダムを容認しつつも、貯水型ではなく流水型を推す意向なのだろう。だが、流水型に川辺川ダムのような大規模ダムの先例はない。さらに丁寧な検討が不可欠なはずだ。

 知事の判断が示された後は、国交省、県、市町村による球磨川流域治水協議会が本年度中に具体的な対策をまとめることになっている。ただ、協議会は住民参加を想定していない。知事が重視すると言い続けてきた民意を反映させるためにも、住民を交えて議論する場を置くべきだ。

◆2020年11月19日 日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO66428640Z11C20A1SHF000/
ー[社説]川辺川ダムは総合的検証をー

 拙速の印象が拭えない判断である。7月豪雨で大きな被害を出した熊本県の球磨川流域の治水対策について、蒲島郁夫知事が「ダムによらない治水」をあきらめ、かつて中止した川辺川ダムの建設も検討する考えを表明した。

 一日も早い対策を求める地元の気持ちはわかる。だが、被災の記憶が覚めやらぬうちに長期にわたる対策の是非を判断すると、将来に禍根を残すというのが多くの災害で得た教訓だ。人口減少などを十分に考慮できないためだ。川辺川ダムの是非は総合的に検証したうえで結論を出すべきである。

 知事は環境への配慮から下部に穴を開けて川を残す流水型ダムを検討するという。2008年に国土交通省が提案したもので、当時でも10年近い工期と1200億円の追加費用を必要とし、費用対効果は建設が適当とされる1を僅かに上回る1.23とされた。

 八ツ場ダムの例をみても、工期や費用はさらに膨らむ公算が大きい。国は今回、ダムがあれば浸水は6割減ると試算した。推進したい国の試算は過大になりがちだ。

 一方、ダム中止を受けて検討した複数の代替策は、事業費が最大1兆円を超え、工期も50年以上とされたことから具体化できずにいる。これらの試算も妥当なのか、改めて詳細に検証すべきだ。

 未曽有の水害が相次ぐ中、国は流域治水という考え方を打ち出している。住宅の移転や避難の迅速化などハード、ソフトの対策を総動員し、住民や企業にも防災意識の徹底を求める取り組みだ。

 ダムの是非はこれらの効果もみてから判断しても遅くない。逆に今回の方針で「ダムがあれば安心」との空気が広がれば総力戦が必要な流域治水を妨げかねない。

◆2020年11月20日 毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20201120/ddm/005/070/065000c
ー社説 川辺川ダム建設容認 方針転換の根拠は十分かー

 熊本県の川辺川へのダム建設計画について、同県の蒲島郁夫知事が容認を表明した。

 知事は2008年、住民の建設反対の声が高まったことを受け、計画の白紙撤回を表明した。翌年に旧民主党政権が中止を決めた。

 しかし、今年7月の豪雨で川辺川の本流の球磨川が氾濫し、多数の住民が犠牲になったため、方針を転換した。

 知事は球磨川流域の治水について「ダムを選択肢から外すことはできない」と述べた。そのうえで、環境に配慮し、大雨時以外は水をためない「流水型ダム」の建設を国に求める考えを示した。

 ただ、決断の根拠は不十分だ。

 国は今回の災害を検証した委員会で、ダムがあれば被害が大きかった地区の浸水範囲を6割減らせたとの推計を示した。

 だが、これは従来の「貯留型ダム」を前提にしたものだ。流水型で新たなダムの建設を目指すのなら、算定し直す必要がある。

 地元の民意も割れたままだ。県は住民や団体代表らを対象にした意見聴取会を30回開いたが、環境への影響を懸念して反対する声は依然少なくなかった。

 流水型ダムは「環境に優しい」とされるが、従来の計画規模のままなら流水型としては国内最大規模となる。川辺川の清流に与える影響は不透明だ。

 こうした疑問点について、住民の懸念に応えるような説明が欠かせない。

 近年、地球温暖化によって豪雨災害が激しさを増している。このため国は、ダムや堤防だけに頼る治水には限界があるという認識に立ち、「流域治水」という新たな考え方への転換を進めている。

 地域ごとに、遊水地の活用や移転の促進、避難計画策定などハード、ソフト両面の対策を組み合わせ、総合力で災害に対応する。球磨川流域についても、素案を策定中だ。

 本来なら、流域治水をどのように進めるかというビジョンを提示するのが先だ。そのうえで、ダムは必要か、必要なら役割をどう位置づけるかを検討すべきだ。

 ダムの完成には長い年月を要する。豪雨災害が頻発する中、他の治水対策が止まることがあってはならない。

◆2020年11月20日 熊本日日新聞
https://kumanichi.com/column/syasetsu/1681047/
ー球磨川治水新方針 今やるべき対策に全力をー

 蒲島郁夫知事が19日、球磨川の新たな治水方針を表明した。2008年に「白紙撤回」して中止させた川辺川ダムの建設計画を、形を変えて復活させるよう求めた。悩み抜いた末の方針転換だろう。その決断の是非は今後問われることになるが、ダムの存否にかかわらず大切なのは、今すぐ実施可能な対策に全力を傾け、流域住民の不安を和らげることではないか。

 7月豪雨の甚大な被害を踏まえ、知事は新たな治水の方向性として「緑の流域治水」を掲げた。河川整備だけでなく、遊水地の活用や森林整備、避難態勢の強化などに流域全体で取り組み、自然環境との共生を図りながら人命を守るという考えだ。

 治水手段の一つのダムについては、球磨川支流の川辺川に予定されていた貯留型多目的ダムの計画をいったん完全に廃止。代わって新たな流水型のダムを造るよう国に求める。

 ダム反対から容認に転じた理由として、流域住民の民意をよりどころに挙げ、現在の民意は「命と環境の両立を求めている」と判断したという。流水型ダムは「穴あきダム」とも呼ばれ、平常時には水が流れる。知事はこれによって「清流が守られる」と説明する。

依然多いダム反対
 12年前に蒲島知事がダム計画を白紙撤回した際、熊日と熊本放送の電話世論調査で流域住民の82・5%が知事の決断を支持した。不支持は13・9%だった。

 ところが7月豪雨を経た先月、共同通信が実施した流域7市町村の住民アンケート(300人面接)では、29%が川辺川ダムを必要と答えた。単純比較はできないものの、12年前よりダム賛成の意見が増えたとみてよいだろう。

 ただし、不要と答えた人の方が34%と多く、「どちらとも言えない」も37%に上った。賛否を巡って依然として意見が大きく割れている中で、知事はダム建設推進にかじを切った。

 川辺川ダムの建設は現在ストップしているが、事業計画そのものは生き残っている。これを廃止して流水型ダムを造るには、手順を踏んで新しい計画を策定しなければならないはずだ。先例の乏しい大規模な流水型ダムで、本当に清流を維持できるのか。かつて難航した漁業補償の問題も再燃しかねない。法に基づく環境影響評価(アセスメント)を実施するにも、それなりの時間が必要だ。それらの見通しについて、現時点では十分な説明がなされていない。事業費や工期も不透明で、仮に建設するにしても完成までに10年前後の年月がかかるはずだ。

 そう考えればむしろ、早急に実施できる治水対策の方が重要になる。何よりも来年、再来年といった目前の出水期に備えなければならないからだ。

進まないかさ上げ
 知事も「直ちに取り組む対策」として具体例を挙げたように、宅地や堤防のかさ上げ、河床の掘削、砂防や治山事業を急ぐべきだ。相良村などは前々から堤防かさ上げなどを求めてきたが、進んでいない。調整池の整備でも流域の合意形成に本腰を入れたい。

 ハード面だけでなくソフト対策も後回しにできない。豪雨を教訓に、災害弱者の把握、防災マップの更新、避難情報の出し方や避難手順の見直しなどを、各地域や施設で確実に進めるべきだ。被災の恐れのある住宅の移転促進や開発規制なども必要になるだろう。

 県や地元市町村は、治水を主眼とした国交省の守備範囲だけでなく、広く減災・防災の視点に立った地域づくりを目指してほしい。

知事や首長の責任
 ダムの白紙撤回後、蒲島知事・流域首長・国交省は、長期間ダムによらない治水策を協議しながらついに結論を出せなかった。結果的に、死者50人を出す惨事を迎えてしまった責任は極めて重い。

 知事は今回「治水の方向性が決まらなければ住まいや生業の再建ができない」として、豪雨から4カ月余りで一定の判断を示した。

 ただ、とりわけダム建設については賛否の反応を見極めざるを得ないだろう。ダムが治水の万能薬ではないことも明らかだ。知事が示唆するように、今回の治水方針が100年後の地域にとって最良の選択と言えるのか。地球規模の気候変動や大規模災害の頻発に十分対処していけるのかも見通せない。ダムを含む治水対策全般については、なお検討の余地もあるはずだ。

 ダム計画が再び動きだすとすれば、ダムサイト建設や水没が予定されていた相良村や五木村が最も直接的な影響を受けるはずだ。これまでダム計画にほんろうされてきた住民への配慮も、決して忘れてはならない。

◆2020年11月20日 西日本新聞
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/665988/
ー社説 川辺川ダム容認 「人命と環境」両立目指せー

 豪雨災害が繰り返される近年の気象環境や、現在の治水技術を総合的に考えれば、現実的な選択であろう。約半世紀にわたり賛否が割れた流域住民の「亀裂」の修復も重要な課題だ。

 熊本県の蒲島郁夫知事がきのう、7月の豪雨で氾濫した球磨川流域の治水を巡り、最大支流の川辺川へのダム建設を容認する方針を県議会に表明した。

 「ダムによらない治水」は知事の看板政策だった。川辺川ダム計画も12年前に反対し、その後、民主党政権が凍結した。苦渋の政策転換だろう。なぜ、こうなったのか。十分な検証と県民への説明が求められよう。

 知事は国に対し、従来型でなく環境への負荷が比較的小さいとされる流水型ダム(穴あきダム)の建設を求めるという。

 むろんダムの能力には限界がある。今後は「人命と環境」の両立を目指し、総合的な洪水対策を国や流域自治体と協力して進めるべきだ。

 流水型ダムは治水専用で、通常は放流し、大雨時には貯留して下流の洪水被害を抑制する。全国数カ所で稼働しており、魚の往来を妨げない一方、流木で詰まるといった難点もある。一層の技術改善が必要だ。

 その他の課題も山積である。現存する川辺川ダム計画は利水を含む多目的ダムを前提にしており、治水専用としての新たな計画策定が急務となる。治水か環境保護かで揺れた過去の経緯を省みれば、一段と厳格な環境影響評価は不可欠だ。

 国は完成までに約10年を要するとみている。その間、豪雨被害をどう低減するのか-。

 私たちは社説で、上流から下流までの地域が一体となった「流域治水」の必要性を訴えてきた。蒲島知事も今回、推進を表明した。河川の流路変更、川底の掘削、地下貯水施設の建設などを具体化せねばならない。

 とりわけ重要なのは、市町村による防災計画強化のほか、4年前の熊本地震を契機に進む住民による自主防災計画づくりだろう。同じ市町村でも地形により危険の度合いが異なることを最もよく知るのは住民だ。

 河川は人々に恩恵とともに災害をもたらすことは歴史が示すところだ。球磨川は流域住民にとって観光資源に限らず、暮らしを支える大きな財産だ。生態系への影響を最小限にとどめつつ、対策を進めたい。

 川辺川ダムの賛否を巡り、球磨川流域12市町村の住民の間にはあつれきも生まれた。建設で一部が水没する五木村では今夏に論争が再燃し徒労感も漂っている。まずは蒲島知事がダム建設容認に至った経緯を丁寧に説明してほしい。時間はかかっても、今後の大切な礎となる。

◆2020年11月21日 朝日新聞
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14703297.html
ー(社説)川辺川にダム 多様な対策を怠るなー

 熊本県の蒲島郁夫知事が、県南部を流れる球磨川支流の川辺川に治水専用のダムを造るよう、国に要請した。

 国が1960年代に発表した川辺川ダム計画に対し、知事が自ら「白紙撤回」を表明し待ったをかけたのが08年。全国有数の清流で知られる球磨川の環境保護を重視し、「ダムによらない治水」を掲げて対策を検討してきたが、まとまらなかった。今年7月の豪雨に伴う球磨川の氾濫(はんらん)で多数の犠牲者を出し、それを受けての方針転換である。

 知事は30回にわたって流域の住民らの声を聞いた。「08年当時に比べ、民意は相当動いた」「命も、清流も守る」。こうした知事の発言からは、苦しい決断だったことがうかがえる。

 とはいえ、12年の歳月がありながら対案を示せなかった責任は免れない。国と関係自治体の協議会では、川の流量を増やす河道掘削や堤防かさ上げなどを検討したものの、工期の長さや事業費の巨額さから行き詰まっていた。数年単位で実施できる事業を重ねるという現実的な思考を欠いていなかったか、行政全体が問われる問題である。

 知事は建設を目指すダムについて、普段は水を流しながら洪水時にだけためる「流水型」にするよう訴え、発電や農業での利用など多目的の貯留型として打ち出された川辺川ダム計画の廃止を求めた。環境への負荷を抑えるのが狙いだ。

 ただ、流水型のダムは国土交通省所管分で全国に5基と全体の1%ほどしかなく、効果は不透明だ。規模や工期、事業費などは白紙の状態で、環境影響評価なども含め完成までに10年以上かかるとの見方もある。

 「ダムありき」に陥っては失敗の繰り返しになりかねない。今夏の豪雨災害の検証で国は、ダムが完成していれば浸水面積を6割減らせた地域があると推計しつつ、被害を完全には防げなかったと認めた。ダムも万能ではないと肝に銘ずべきだ。

 県は国や流域市町村とともに、ダム以外の土木工事を組み合わせた治水対策を今年度中にまとめる方針だが、避難態勢の強化や河川周辺の土地利用の見直しなど、ソフト面の手立てが不可欠なのは言うまでもない。まずは豪雨災害の検証である。避難情報の発信をはじめとする行政の対応や、避難訓練を重ねていた高齢者施設で大勢の犠牲者を防げなかった原因など、解明すべき点は少なくない。

 住民の間では、ダム反対の声は今も根強い。知事は、ダム事業の方向性や進み具合を確認するため、県や流域市町村に住民も加えた仕組みを作る意向だ。丁寧な説明と、多様な声に応じた柔軟な対応が重要だ。

◆2020年11月21日 東京新聞
https://www.tokyo-np.co.jp/article/69723
ー熊本の豪雨対策 ダム依存に回帰するなー

 七月の熊本豪雨を受け、熊本県の蒲島郁夫知事は二十日、国土交通省に川辺川ダムの建設を要請した。看板政策だった「ダムによらない治水」からの転換だが、「コンクリートへの回帰」ではない。

 熊本豪雨では、球磨川が氾濫して流域の五十人が犠牲となり、六千戸超が浸水した。日本三大急流に数えられる球磨川はアユ漁が盛んな清流としても知られる。一九六〇年代から支流の川辺川に多目的ダムを建設する計画がある一方、水質悪化を懸念する地元住民らの反対は根強い。

 二〇〇八年に初当選した蒲島知事は計画の反対を表明。翌年に誕生した民主党政権は「コンクリートから人へ」のスローガンの下、建設中止を決めた。知事は「ダムによらない治水」を掲げ、河川管理者の国と県は河道の掘削や遊水地の整備、堤防のかさ上げなどを模索したが、抜本的な対策がとられないまま、今年七月、大水害に襲われた。県内各地で観測史上最大の雨量を記録したとはいえ、遅きに失した感は否めない。

 国は十月、もし川辺川ダムが完成していれば、浸水範囲は「六割減らせた」とする検証委の推計を公表し、地元でもダム建設を見直す機運は高まった。蒲島知事は、多目的ダムは否定し、平時は水を流し、洪水時のみ水をためる「流水型」ダムを提案している。環境悪化を心配する声を踏まえた折衷案というが、水質やアユなどへの影響が回避されるのかは不透明。流水型ダムは益田川(島根県)や足羽(あすわ)川(福井県)などに先行例があるが、豪雨時の実績データは少なく、実際の効果に未知数の部分もある。

 地元では賛成派と反対派に意見が分かれ、再びダム計画に翻弄(ほんろう)されるのかと嘆く声も少なくないと聞く。強調しておきたいのは多目的ダムにせよ、流水型ダムにせよ、人工建造物による「グレーインフラ」だけではもはや人の命は守れないということだ。

 検証委の推計にしても、被害減は六割にすぎず、ゼロにできるという話ではない。従来の枠に収まらない水害の多発を受け、国や地方はダムや堤防に加え、危険地域の開発規制や住宅移転の促進、早期避難体制の構築、さらに水田やため池など「グリーンインフラ」の活用など、流域全体であらゆる策を講じる「流域治水」の考えにかじを切っている。尊い犠牲を無駄にせぬよう、コンクリートだけに頼らぬ対策を可及的速やかに進めてほしい。

◆2020年11月25日 読売新聞
https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20201124-OYT1T50269/
ー川辺川ダム容認 治水効果を十分検証すべきだー

 地域の治水にダムが必要だと判断した以上、実効性のある計画策定に取り組まねばならない。

 熊本県の蒲島郁夫知事が、7月の九州豪雨で氾濫した球磨川の治水対策として、支流の川辺川にダムを建設するよう国に求めた。

 九州豪雨では、熊本県内で65人が犠牲になった。被害の大きさに、従来の「ダム反対」から転換を余儀なくされたと言えよう。

 川辺川ダムは、相次ぐ水害を受け、1966年に建設計画が発表された。環境への悪影響を理由に反対が強く、2008年に蒲島知事が計画の撤回を表明し、翌年に民主党政権が建設を中止した。

 国や県、流域の市町村が、その後10年以上協議してきたのが、ダムによらない治水対策だった。川底を削って流量を増やす工事や堤防のかさ上げが検討されたが、いずれも費用が巨額で、工期も長いため、実現に至らなかった。

 大きな豪雨被害に見舞われた地元で、ダムの建設を求める声が上がったのは、当然だろう。蒲島知事も「現在の民意は命と環境の両立だ」と述べている。国や県などは今年度中にも、ダムを含めた治水対策を策定する方針だ。

 蒲島知事は、大雨の時だけ水をためる「流水型ダム」を求めている。ダムの下部に穴を開けておき、平時は水を流すことで、環境への負荷を抑えるという。赤羽国土交通相も検討する考えを示した。

 国交省は、九州豪雨の際、川辺川ダムがあれば、球磨川流域の人吉市周辺で、浸水面積を6割減らせたと試算している。ただ、これは平時から水をためる貯留型ダムが前提になっている。

 流水型は、大雨時に土砂や流木が穴を塞ぎ、流量を調整できない恐れがあるとも指摘されている。完成までは、10年以上かかる見通しだ。川辺川に建設した場合、十分な効果が見込めるのか、しっかりと検証する必要がある。

 ダムが建設されても、それだけでは被害を防ぎきれない。

 国交省は、流域全体で複合的な対策に取り組む「流域治水」を推進している。ダムや堤防のほか、農地に水を引き込む遊水地などの整備を進め、早期避難を促すソフト面も強化する考えだ。

 流域治水には住民の参加が不可欠である。地域の総合力が命や暮らしを守る鍵になるだろう。

 ダム建設に反対している住民は、現在も少なくない。国や自治体は、地域の理解が得られるように、情報公開の徹底と、丁寧な説明を心がけることが大切だ。