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「ダムより優先すべきは」(熊本日日新聞コラム)

 熊本県の地元紙のコラムに、昨年7月の球磨川水害後、短期間に川辺川ダム計画を復活させた国土交通省の政策を正面から批判する記事が掲載されました。
 行政がダム計画を策定する際にベースとなる「基本高水」の考え方は、一般にはあまり知られていませんが、本質的な河川行政の問題を突いた内容となっています。

 熊本県の市民団体がホームページに掲載した紙面記事より転載します。
 http://kawabegawa.jp/news/20210105KUMANICHI2.pdf

◆2021年1月5日 熊本日日新聞 コラム核心評論
ー「ダムより優先すべきは 球磨川治水の「基本」変更ー

 蒲島郁夫知事が球磨川の支流・川辺川に流水型(穴あきダム)の建設を求める考えを表明したのを受け、国土交通省が昨年12月、流水型のモデルを提示した。従来の貯留型多目的ダムの計画に、構造が全く違う治水専用の流水型を当てはめる乱暴な手法にも驚いたが、もう一つ気になったことがある。

 今回の豪雨の推定最大流量「毎秒7900㌧(人吉地点)」を治水計画の目標とした点だ。球磨川の治水対策を講じる上で長年、基準としてきた「基本高水ピーク毎秒流量7000㌧」を事実上、変更したことを意味する。

 基本高水ピーク流量は、ダムや遊水池がない場合に想定される、治水計画の基本となる最大流量。これをベースに下流で安全に流れる量や上流で貯留する量などを算出する。河川法が策定を義務付けている「河川整備基本方針」に盛り込まなければならない項目だ。
 
 球磨川の基本方針は2007年に策定。当時の潮谷義子知事は社会資本整備審議会が設けた小委員会に、06年4月から毎月上京して議論に加わった。計11回、3時間を超す回もあり、潮谷氏が基本方針案を了承しないという異例の中で「7千㌧」が決まった。

 国交省は今回、そんな経緯を忘れたかのように、何の前触れもなく「7900㌧」と表明した。従来の想定を超える流量を記録した以上、そこに目標を引き上げるのは一見、理解しやすい。ただ、「経験のない豪雨」が頻発する昨今、今回を超える雨が降る可能性も十分にある。一方で、この数値自体が正しいのか、と異議を唱える研究者もいる。

 被災者の生活再建のためにも、一刻も早くダム建設にこぎ着けたいという思いかもしれないが、方針変更の場合、河川法は改めて審議会に諮るよう定めている。この過程を踏まずに、流水型ダムの洪水調節能力は決められない。基本高水ピーク流量によって、ダムの位置や規模、貯水量、水没面積などが変わるからだ。

 議論にはまだまだ時間がかかる。ダム建設ともなれば年単位の時間が必要だ。半年後には次の梅雨がくるというのに、その備えは十分とは言い切れない。

 今回、多くの人が逃げ遅れて犠牲となった。警報が遅かったのかもしれない。周囲に避難をサポートする人がいなかったことも考えられる。新型コロナウイルスの影響などで避難所に事前に避難するのをためらったのかもしれない。

 治水議論は必要だが、梅雨までに最優先すべきは、こうした犠牲者や九死に一生を得た人たちの体験を教訓に、安全に避難する手段や施策を考え、実践できるようにすることではないか。これは何も球磨川流域に限ったことではない。

 1966年に川辺川計画が発表されたのは、65年まで三年連続で水害が起きたのがきっかけだ。ことしの梅雨、県内のどこかに「線状降水帯」が発生しないという保証はない。(亀井宏二)