苫田ダム反対運動の資料、贈呈され郷土博物館が保存へ

 岡山県の苫田ダム建設地、奥津町では、国の苫田ダム建設に対して住民の反対運動が長年続けられました。その活動資料が鏡野町に贈呈されたとのことです。
 奥津町ではダムの反対運動が激しく、町長選では常にダム反対の候補者が当選しました。そのたびに国と岡山県は奥津町に圧力をかけ続け、反対派の町長が三人続いた末のダム受け入れでした。やむをえずダムを受け入れた住民は水没地に「苫田ダム反対銭次第」という看板を立て、ダム本体工事が始まった2000年以降も、一部住民と支援者が事業認定取り消し訴訟などを起こして抵抗しました。奥津町は2005年に廃止され、合併により鏡野町の一部となっています。
 残念ながら苫田ダムはできてしまいましたが、利水面で明白な水余りとなり、苫田ダムが不要であったことが明らかになっています。治水面でも意味のないダムです。

 八ッ場ダムの場合は、地元の反対期成同盟が1960~70年代に激しい反対闘争を行いましたが、国と群馬県の切り崩しによって1980年に入ると水没地域での反対運動は潰され、裁判闘争などが行われることもありませんでした。かつて反対期成同盟に加わっていた住民の中には、当時の資料を保存している方もおられましたが、今も反対運動は負の歴史として、地元では表立って語られることはありません。
 利根川上流の群馬県には巨大ダムが数多く建設されましたが、群馬県立図書館で見た水没住民の記録は草木ダムだけでした。保存されなければ散逸し、記憶は風化します。

◆2021年6月30日 岡山放送
https://www.fnn.jp/articles/-/203158
ー建設を巡り37年間続いた苫田ダム反対運動 活動の資料を町に贈呈 歴史を後世に【岡山・鏡野町】ー

 建設を巡り37年間に渡り反対運動が続いた岡山県鏡野町の苫田ダムについて、反対運動に携わった人たちが活動の資料を町に贈呈しました。

 ダム建設で水没した家の数は470軒、建設の是非に揺れた苫田ダムは、2005年に完成しました。

 資料の贈呈は、ダム建設の反対運動の歴史を後世に伝えようと行われました。

 式には反対運動に参加した住民や活動家らが出席しました。

 贈呈されたのはダム事業に関連する裁判資料の他、反対運動を記録した写真など約600点で鏡野町の山崎親男町長に目録が渡されました。

(ストップ・ザ・苫田ダムの会 南條節夫代表)
「資料を町に預かってもらい本当にうれしく思っている。水問題や環境問題を含めて考えてもらいたい。」

 贈呈された資料は鏡野郷土博物館で保存することにしています。