2020年7月の球磨川水害以降、国土交通省は球磨川支流の川辺川に流水型(穴あき)ダムの新たな計画を推進していますが、最初にダムありきの治水対策に流域住民が賛同しているとは到底言えない状況です。熊本県では蒲島郁夫県知事が住民参加をなおざりにしていることが反発を招いており、再び川辺川ダムの反対運動が始まっています。
地元紙の熊本日日新聞が社説で、流水型川辺川ダムをめぐる県の姿勢の危うさを指摘しています。
◆2021年11月22日 熊本日日新聞
ーダム容認表明1年 住民参加で合意の形成をー
昨年7月の豪雨で氾濫した球磨川の治水対策として昨年11月、蒲島郁夫知事が支流の川辺川での流水型ダム建設を国に求める考えを表明してから1年が経過した。
自身のダム計画白紙撤回から12年を経ての方針転換。この1年間には、「ダムによらない治水」が一向に前進しなかったこれまでとは対照的に、ダムを前提にした治水策の策定が、県、国のリードによって急速に進んだ。一方で、そうした行政側のスピードに当事者である流域住民の理解と納得は追いついているのか、民意が十分に施策に反映されているかについては、疑問を持たざるを得ない。
「命と環境の両立」
ダム反対から容認に転じた理由として知事は、災害後30回にわたって開いた流域住民との懇談会などを通じ、「現在の民意は命と環境の両立を求めている」と判断したと説明。流水型ダムによって、その両立が可能となるとした。
しかし、熊日が知事の表明後に実施した被災者らへの意識調査では、知事の表明を「支持する」との回答は41・8%、「支持しない」は36・3%、「分からない・無回答」も21・9%と分かれた。明確な民意が示されたとは言えない状況の中で、ダムを前提とした治水策はその後、矢継ぎ早に進む。
今年3月には、国土交通省や県、流域市町村などでつくる協議会が、流水型ダム建設を柱とする「流域治水プロジェクト」を策定。7月には国交省の小委員会が球磨川
水系の河川整備基本方針の見直しに着手。9月には新たな基本方針案が示された。
これらの政策の策定作業は行政や専門家の手に委ねられた。住民の意見を聴取する手順は踏まず、事後説明に終始している。
基本方針案に反発
こうした経緯をたどっていくと、「これからは県民の合意を求めていくプロセスになっていく」(今年1月1日付の本紙インタビュー)との知事の言葉は、十分に実行に至っているとは言えまい。
特に河川整備の基本方針案については、昨年と同規模の豪雨が降った場合、流水型ダムや遊水地などの洪水調節施設が整備されても、多くの区画で安全に水を流せる水位を超えるとの内容が示され、住民からは反発の声も上がっている。
にもかかわらず、知事は基本方針案を受け入れる考えを表明。その理由の一つとして住民が早期の計画策定を求めていることを挙げた。しかし、ダムに加え、遊水地、引堤[ひきてい]、住宅の集団移転など、多くの住民が直接的な影響を受ける今後の流域治水の具体化において、そのようなスピード優先の姿勢が通用するとは思えない。
とりわけ、水没予定地を抱えダム計画に翻弄[ほんろう]され続けてきた五木村に対しては、新たな地域振興策を含めた治水計画の全体像を示した上で、改めて丁寧な手続きを経て、住民の了解を得ることが求められよう。
知事の責任で構築
知事は今年7月1日付の本紙インタビューで、ダムも含めた流域治水策について「私の全責任で新たな方向性を見いだし、実現に向けて動いていく。それが私の運命だと思う」と述べた。
県政トップとしての決断の重さを強調した発言とは理解しているが、治水策の結果を引き受けるのは、あくまで次世代も含めた流域住民である。知事といえども、個人で全責任を背負えるような性質のものであるはずもない。だからこそ、流域住民の理解と納得のプロセスが大切だ。
政治参加の拡大は、知事自身が学者時代から重視してきた民主政治の要であろう。それを流域治水策においても取り入れ、広く合意を形成する仕組みをこそ、知事の責任で構築してもらいたい。