愛媛県を流れる肱川の大水害から4年がたとうとしています。
2018年7月の西日本豪雨の際、肱川水系では国が管理する野村ダムと鹿野川ダムが豪雨の最中に満水となり、ダムの決壊を防ぐために緊急放流を行わざるを得ない事態となりました。二つの巨大ダムの緊急放流直後、肱川は氾濫し、流域住民8人が亡くなりました。そのうち、野村ダム直下の西予市野村町では犠牲者が5人にのぼりました。
野村ダムの問題に取り組んできた野村町の住民団体より、野村ダムの新たな情報を送っていただきましたので紹介します。
国は肱川水系の治水計画を見直すために、今年1月に河川整備計画の変更原案を提示しました。このたびの計画変更は、肱川水系に国が建設する三つ目の巨大ダム、山鳥坂ダム(2032年度完成予定)の計画変更(事業費増額と工期延長)にともない、上位計画である河川整備計画の変更が必要になって行われるものですが、この計画変更には野村ダムの改良事業が盛り込まれていました。
国交省が住民説明会の配布資料として公開した以下のスライド42~47ページに、野村ダムの改良事業の説明があります。
★第6回 肱川流域学識者会議・住民説明会 説明会資料 「肱川水系河川整備計画【中下流圏域】(変更原案)について 令和4年2月」 国土交通省四国地方整備局 愛媛県
野村ダム改良事業とは、野村ダムの堤体に新たな放流ゲートを設けるもので、6月には工事着工とのことです。
国交省は新たな放流ゲートを堤体の下の方に設けることで、2018年の大雨規模の豪雨の際でも対応できると説明しているのですが、住民団体はこの野村ダムの改良事業に疑問を投げかけています。
下図=国土交通省による上記の住民への配布資料より
このほど住民団体は、肱川流域学識者会議のメンバーに以下の要望書を提出しました。肱川流域学識者会議とは、国土交通省四国地方整備局が肱川水系の治水計画について専門的な意見を求めるために設置しているものです。
上の国交省の野村ダム改良事業のイメージ図では、事前放流水位(160.2メートル)は堤体の高さの中ほどにあり、既設の放流ゲートは事前放流水位と同じくらいの高さに位置していますが、住民団体によれば、実際の野村ダムの図面で確認すると、既設のクレストゲートの敷高は事前放流水位より下に位置しており、既存のクレストゲートとさらにその下に位置するコンジットゲートで対応できるとのことです。
下図=野村ダムの越流部断面図。図に書き込まれている”EL”は標高。
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再調査依頼
令和4年5月16日
肱川流域学識者会議の皆様へ、
西予市野村町野村6-23-1
野村の未来を守る会代表 和氣数男
野村ダム改良事業について
私達は、2018年の西日本豪雨で野村ダムの緊急放流により、甚大な被害を受けた野村町の住民です。先生方には、水害後の検証の場から大変お世話になっております。
さて、肱川水系河川整備計画【中下流圏域】(変更原案)で、野村ダムの改良事業が公表されました。説明会、パブリックコメントや公聴会に参加しましたが、公表された内容には、明らかに事実と異なる部分があり、新たな放出能力が不必要であることがわかりますので、再調査を依頼致します。
公表された野村ダムの改良事業のイメージ図を見ると、事前放流水位の160.2mはダム堤体の真ん中あたりであり、ここまで水位を下げてその水位を維持するためには、新しい穴が下に必要であると言っております。
しかし、実際の野村ダムの図面で確認すると、160.2メートルはクレストゲート敷高の上になります。国のイメージ図のようなダム堤体の真ん中ではなく、ずっと上になります。今回の事前放流水位160.2メートルの下にクレストゲート敷高があるのです。
クレストゲートのゲート敷高は157.9メートル(これを越えれば放流ができる。)、満水まで12メートルの余裕があります。
以前の洪水貯留準備水位が166.2メートル、洪水時最高水位が170.2メートルであることを考えると、165メートルの場合に1100トン以上放流できるのだから、満水まで5メートル余裕があるので、既存のクレストゲートとコンジットゲートで対応できることは明らかです。
「新たな放流設備が必要である。」というためには、今の設備では不十分であることを説明する必要があります。当然、ダムの水位が162メートルの場合には毎秒何トン流す必要があるのか、164メートルの場合にはいくらかなのかを当然答えられなければなりません。
この件について、国の4月に行われた野村町での説明会では、野村ダムの改良事業のイメージ図が正確ではないことを指摘しましたが、国はこの水位の位置や、放流量についてきちんと答えられませんでした。
このような住民に正しい説明ができないまま着工することは、住民を誤魔化しているようにしか思えません。
この件について、もう一度正しい内容で検証していただき、住民に説明をしていただきますよう、再調査の依頼を致します。
どうぞよろしくお願い致します。
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国土交通省四国地方整備局が今年2月27日に肱川水系の河川整備計画(変更案)についての公聴会を開催した際には、西日本豪雨の犠牲者のご遺族である入江須美さんが野村ダムの改良事業が不要であると訴えました。入江さんの公述内容と公聴会で映写されたを紹介します。
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〈入江須美さんの公述〉
私は平成30年の野村ダムの緊急放流の被害で家族を失い家も流されました。あの時の放流はとてもひどい津波状態でした。
あれから3年半が過ぎましたが、私はあの日何故野村ダムは満杯になってしまったか、ずっと調べてきました。
先日の学識者会議では、野村ダム改良事業については何も議論することが無い、数十秒で終わりました。しかし私にはこの公表の野村ダムの検証と改良事業にいくつか疑問があります。
まず、野村ダム改良事業についてですが、私は、野村ダムに新たな放流設備は不要だと思います。
野村ダムの断面図をもとに説明します。
今回利水者から411万トンを確保し、洪水調節は761万トンとなり、事前放流水位が160.2mとなりました。
これを断面図で確認すると、クレストゲート敷高が157.9mなので、事前放流水位 160.2mは、その2.3m上になります。逆に言うと、事前放流水位は160.2m、その2.3m下にクレストゲートがあるということです。
157.9mからそれ以上に貯まった水はクレストゲートから放流できることは明らかです。
今回の公表された計画では、新たな放流設備が無ければ、野村ダムの構造上、十分に事前放流ができないかのような説明でありますが、それは誤りです。
クレストゲート敷高は157.9mであり、洪水時高水位まで12メートルあり、水位が162mになればクレストゲート敷高から4メートルあるので毎秒700トン、1,000トンを十分に流すことが出来ます。水位が164mになればなおさらです。
なぜ、不必要なものにお金を使って造ろうとし、逆に必要な河川整備をしようとしないのでしょうか。
野村町ではまだ河川整備はほとんど進んでおりません。堤防のかさ上げ、野村大橋の改修、立ち退きの補償、洪水のたびに土砂が貯まる永久的な河床掘削、川を整備し、安全に流してもらわないと、流れるものも流れず氾濫します。同じことを繰り返さない為に今何が先か考えてください。
もう一つ、今回の河川整備計画は、平成30年の7月洪水と同規模の洪水を安全に流下させると説明していますが、次の図をご覧ください。
この図は説明会の時に画面に出たものです。この容量の図には平成30年7月豪雨の際の野村ダムの状況が書かれていません。野村ダムで準備した利水者からの容量は、左上の赤枠の中のもので350万トンに事前放流で250万トン合わせて追加確保容量が600万トンでした。
今回の図は、現行野村ダム容量350万トンはあります。しかし、平成30年7月豪雨の時は現行350万トンでやっていません。追加確保で600万トンでしたのです。この600万トンのことが書かれていないのは、一体どういうことですか。
操作規則も野村ダムは建設時の①の一定率一定量調節方式から、平成8年に②の一定量後一定開度方式に変更されています。これは流し方が全然違うのです。当時の野村ダムでは、300トンの一定放流をしていたのです。水位が167.9mにならないと、400トンに引き上げることができない規則だったので、この操作の結果、空けた容量は貯まってしまったのです。
このように、平成30年7月は、野村ダムは、350万トンのやり方ではなかった、600万トンでやった、操作規則が一定量後一定開度方式だった、これがその時の状況なのですから、きちんとその検証を出して下さい。
このような説明で本当の安全のための検証と計画と言えるのでしょうか。先ほどの新たな放流施設の計画も含め、3年前の原因を検証できず反省もせず、新たな計画をしようとすることは、私は亡くなった人と被害の大きさで苦しんでいる人に対し、あまりにも酷いことだと思います。
先日の説明会で住民より「新しい放流設備ができると今より沢山流すことにならないか」の質問に「緊急放流で新しい設備の分が下流に悪さをすることは決してない」と言われましたが、本当なのでしょうか。
平成30年の洪水の際に、山鳥坂ダムがあったことを考えると、山鳥坂ダムは、野村ダムや鹿野川ダムと同じように緊急放流をしたはずです。とすれば、あの時よりも肱川町・大洲市では水位が2メートル以上、上がったのではないですか。肱川町や大川では逃げれないで多くの人の生命が奪われた思います。