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ダム計画盛り込む球磨川河川整備計画の公聴会、住民の不安不満噴出、市民団体は抗議声明

 2020年の球磨川水害を機に、国交省は熊本県の協力を得て、球磨川水系の河川整備計画に新たに川辺川ダム計画を盛り込む手順を進めています。
 この河川整備計画をめぐり、国と熊本県は一般の人々の意見を聴く場として公聴会を開きました。公聴会ではダム計画に対して、具体的な問題を指摘して反対する意見が多く出されましたが、どれだけ反対意見が多くともダム行政ではお決まりの「聞き置くだけ」が罷り通っています。公聴会と並行して行われたパブリックコメントも同様です。

 熊本県の市民団体は、こうした意見募集のあり方について、6団体連名で抗議声明を出したとのことです。
 旧・川辺川ダム計画が2000年代に見直され、休止に至った過程では、熊本県の潮谷義子前知事がダム建設についての情報を公開し、県民と共に問題を理解し、国と政治生命をかけて対峙したことが大きく影響しました。2008年に現職の蒲島郁夫氏が初めて県知事選に立候補した際には、ダム建設に反対しなければ知事にはなれない状況でした。このため、蒲島氏は知事就任後間もなく、「川辺川ダムの白紙撤回」を表明しましたが、このたびの抗議声明への対応を見ると、現知事が国の意向に忖度し、県民の悲痛な叫びを抑え込もうとしていることがよくわかります。

 

◆2022年5月19日 朝日新聞
ー球磨川水系治水策の公聴会に市民団体が抗議ー

 国と熊本県による球磨川水系の治水対策について、計画策定の進め方に市民らから異議が上がっている。

 13日、市民団体が県庁を訪れ、国と県が定めた「河川整備計画原案」に対する意見を住民に聞いた公聴会で、流域住民しか参加を認めなかったのは不適切だとして、国と県に広く意見を聞くよう要望した。これに対し、県はパブリックコメントに延べ455人が意見したとして「広く意見を募り、公聴会で流域住民から意見を聞いた」と主張した。

 市民団体は「清流球磨川・川辺川を未来に手渡す流域郡市民の会」など6団体。4月23~27日に流域10市町村で開かれた公聴会の参加者が流域住民のみで、意見を述べる公述人の募集が十分に周知されない上にわずか12日間で応募が締め切られたことを問題視。

 2007年の球磨川水系の治水方針を示した住民説明会は熊本市など流域外でも開かれたとして、「流水型ダムは県民全体に関わる問題なのになぜ今回は流域のみなのか。なるべく意見を少なくしようという姑息(こそく)な手段」と批判した。

 また、原案はネットや役場などで公表されたが住民説明会が行われなかったとして、「誰が100ページを超える原案を1人で読んで、理解できるのか。住民説明会がなければ、公聴会で意見を述べることもできない」と苦言も呈した。

 公聴会で発言した33人の意見を整備計画に反映することや河川整備計画案を定める際には説明会を開くことなどを要望した。

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 蒲島郁夫知事は18日の定例会見で、流水型ダムの建設を中心とした球磨川水系の治水計画について、「今は様々な意見が出ている段階。ただ、早く生活再建したいという方々は治水が完成しないと決断できない。時間をかけることには不安があると思う」と迅速に進める意向を示した。

 河川整備計画原案についての説明不足や公述人の募集期間が短いなど公聴会のあり方を指摘する意見があがっていることについては「常にみなさんの意見を聞く気でいる。同時にスケジューリングをやっていかないといけないので、そこのバランスが大事。それについての反対はしかるべきだ」と述べるにとどめた。(長妻昭明)

◆2022年5月23日 朝日新聞
ーダム計画再浮上、遊水池整備… 公聴会で噴き出した住民の不信と困惑ー

 国と熊本県は、2020年7月の記録的豪雨で氾濫(はんらん)した球磨(くま)川水系の治水対策「河川整備計画」の原案をまとめた。一度中止したダム計画を流水型ダムに衣替えし、遊水地を整備することが柱。ただ、豪雨への不安や行政への不信も重なり、流域で開かれた公聴会では住民の複雑な思いがにじんだ。

 公聴会は4月23~27日に各地で行われ、公述人33人が意見を述べた。

 相良村での流水型ダムの建設に伴い、村域の一部が水没する五木村。公述人として参加した60代の男性は、「親の代から苦しめられ、引っかき回された我々の苦労はいつまで続くのか」と、ダム計画に振り回されてきた村民の思いを代弁した。

 球磨川最大の支流、川辺川への貯留型ダムの整備計画が発表されたのは1966年。以降、村は翻弄(ほんろう)され続けてきた。

住民に不信感、割れる賛否
 村民を二分する議論を経て計画を受け入れ、水没予定地の住民の多くが代替地や村外へ引っ越した。

 ところが、ダム計画は2008年に蒲島郁夫知事の「白紙撤回」で中止に。しかし、20年7月の豪雨が球磨川流域を直撃すると、再びダム計画が浮上した。

 行政と災害に振り回されてきた男性は「仮に流水型ダムをつくって何かあっても、また誰も責任を取らないのではないか」と、国や県への不信をぶつけた。

 20年豪雨で20人が犠牲となった中流域の人吉市では、賛否が分かれた。

100世帯以上が床上浸水した集落に住む城本雄二さん(73)は「自然を優先しすぎ、人の命が運で決められるようではいけない。事前に最大の対策を打つべきだ」と訴え、計画を前倒しで進めるよう求めた。

 一方、球磨川の保全をめざす市民団体メンバーの黒田弘行さん(87)は、被害が大きくなったのはダムがなかったためではなく、流木が橋桁にひっかかって川をせき止め、それが一気に決壊したためだと指摘。流域の山林が伐採で荒れ、保水力がなくなっているとして「コンクリートを持ち込んで、川を守ると言えるだろうか」と計画見直しを求めた。

 下流域の球磨村では20年豪雨で最多の25人が犠牲となったが、計画見直しを求める声が相次いだ。

 14人が犠牲になった特別養護老人ホームの近くで自宅が浸水した市花保さん(51)は「球磨川本流の水位が上がる前に支流があふれた」と述べ、ダム中心の治水計画は「被災の実態に合っていない」と批判した。

 球磨川河口の八代市から参加した元県職員で、土木技術コンサルタントの南由穂美(ゆほみ)さん(70)は、中流にある発電専用の瀬戸石ダムの撤去を訴え、「ダムを撤去することで水位を下げる効果が期待できる。流水ダムがなくても治水対策はできる」と主張した。

遊水池計画にも戸惑い 「今さら言われても」
 新たな整備計画では、今後30年かけて球磨川水系の治水対策を進める。中核は氾濫(はんらん)した球磨川最大の支流である川辺川に整備する流水型ダムと、洪水時にあふれた水を一時的にためる遊水地だ。

 流水型ダムは、従来の川辺川ダム計画と同じ場所に造り、総貯水容量は約1億3千万立方メートルを見込む。かつて五木村の中心部だった地域を含む最大約3・9平方キロが水没する予定だが、すでに多くの住民が従来の計画段階で村外や代替地に移転している。

 遊水地は、20年豪雨で被害が大きかった球磨村渡地区から球磨川上流の市房ダムの間にかけて整備する。人吉市や相良村の一部が候補地に挙がっている。

 川からあふれた水が流入し、下流への流量を調節する役割を果たす。河川に隣接する土地を掘り下げて造るため、住民は代替地に移転する必要がある。

 候補地の一つ、人吉市大柿地区で「涼水戸(すずみど)温泉」を経営する大柿章治さん(76)は「国はここに住む人のことを何も考えていない」と不満を漏らす。

 豪雨で全58世帯が全壊し、被災直後に高台への集団移転が一時持ち上がったが、進んでいない。

 大柿さんは全壊した自宅を再建し、土砂が流れ込んで湧き出なくなった温泉についても、6千万円を投じて再び掘り始めた。

 そこへ、国から昨年11月、遊水地の候補地と説明され、市長からその後、集団移転を提案された。

 「温泉の復旧に向けて大金をつぎ込んでしまっている。今さら言われても遅い」。後手に回る計画に大柿さんは憤りを隠さない。「集団移転したら収入がなくなる。国には住民の命を守ることだけでなく、そこで暮らす住民の生活も考えて欲しい」

 蒲島知事は球磨川水系の治水対策をめぐり、「命と環境の両立」を繰り返し、流水型ダムについて「なるべく早く完成してほしい」と訴えてきた。国と県は今後、流域市町村の意見を踏まえて河川整備計画を完成させる予定だ。(今村建二、杉浦奈実、長妻昭明、大貫聡子)