八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

戸倉ダム復活求める根拠は八ッ場ダムと川辺川ダム?

 旧・水資源開発公団(現・(独)水資源機構)が計画した戸倉ダムは、2003年に国土交通省が正式に事業中止を決定しましたが、ダム予定地周辺の北毛(群馬県北部)4市町村では、先月、首長や国会議員らが参集してダム事業の復活をめざす建設促進期成同盟会が発足しました。
 この問題を取り上げた記事が上毛新聞の一面トップに掲載されました。

■2022年9月4日 上毛新聞
https://www.jomo-news.co.jp/articles/-/169931
ー《深層報道+》戸倉ダム求める声 豪雨頻発 治水理由にー

〈参考ページ〉
 ●国土交通省関東地方整備局ホームページより
  「戸倉ダム建設事業について」 平成15年12月25日
  https://www.mlit.go.jp/kisha/kisha03/05/051225_2_.html

 ●読売新聞 2003年12月18日 
  https://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2003/00961/contents/089.htm
 ー戸倉ダム中止 地方の変化が国動かす 「治水」もはや免罪符にならず(解説)ー
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 尾瀬から流れ出る利根川水系片品川に計画された戸倉ダムは、水没予定地に住民がおらず、反対運動はありませんでしたが、都市用水の供給を主目的としたダム事業は、水需要の減少が進む時代状況に逆行していました。2003年の中止は、事業に参画していた埼玉県、東京都、千葉県が撤退したことで決定しました。もっとも、その直前に国土交通省は八ッ場ダムの事業費を2110億円から4600億円に増額すると公表していましたから、国と利根川流域都県の間では、戸倉ダムの中止と引き換えに八ッ場ダムの事業費増額を受け入れることがあらかじめ決まっていたのでしょう。

 巨額の公金が投入されるダム事業は、ゼネコンが請け負うダム建設だけでなく、道路をはじめ様々な関連事業を伴うため、地域の様々な業種に影響を及ぼします。全国一の事業費であった八ッ場ダム事業が終了した今、それまで関連事業に従事していた業界から新たなダム事業を望む声が上がるのは当然と言えますが、ダム事業の名目は「利水」や「治水」ですから、その必要性が認められなければ事業の復活はありません。

 ダム行政では、水需要の低迷により「都市用水の供給」を目的とした新たな水資源開発の必要性が失われると、「利水」ダムに代わって「治水」ダムの必要性が盛んにアピールされるようになりましたが、読売新聞の以下のくだりにも書かれているように、「脱ダム」が注目された2003年当時は「もはや「治水」が免罪符になり得ない」とみられていました。

(上記の読売新聞記事より)
「かつては「一度始めた事業は見直さない」とかたくなな姿勢を続けてきた国交省も自治体も、財政難で、無駄な公共事業を継続するのはほぼ限界にきている。ダム建設に代表される河川事業は、洪水時や異常渇水時の生命の安全に直結し、単純に経済原則だけで議論できないのは確かだが、もはや「治水」が免罪符になり得ないことも事実だ。」

 近年の気候危機による水害の頻発は、ダム頼みの治水の危うさを露呈しつつありますが、ダムの有効性が過信されている社会では、水害への不安が「治水」をダム事業の免罪符にしつつあります。
 水資源開発が主目的であったはずの戸倉ダムをめぐっても、復活の理由として「治水」が前面に押し出されています。その根拠として取り上げられているのが、東西の国の二大ダム事業ー八ッ場ダムと川辺川ダムです。

 上毛新聞記事の該当箇所を引用します。

 台風19号で利根川氾濫に至らなかった背景には、当時試験湛水中だった八ッ場ダム(長野原町)が水位低下に一定の役割を果たしたとの見方は根強い。
 国土交通省関東地方整備局は台風19号の際、八ッ場を含む七つのダムがなかったと仮定した場合、利根川の八斗島(やったじま)観測所(伊勢崎市、利根川の治水基準点)で水位が1㍍上昇したと分析。同観測所で最高水位4.1㍍を観測したが、ダムがなければ同地点の氾濫危険水位4.80㍍を超える計算となった。
 治水対策の見直しが課題となる中、熊本県ではダム建設の復活が決まった。流域で50人が亡くなった2年前の球磨川氾濫では、川辺川ダムがあれば被害が大きく軽減されたと推計され、「脱ダム」を掲げてきた蒲島郁夫知事は建設容認へと転換。国はダム建設や避難態勢強化などを含む新たな治水方針を公表した。

 台風襲来後、八ッ場ダムの治水効果として国が示したデータは、群馬県伊勢崎市の八斗島地点において、八ッ場ダムを含む利根川上流7ダムの水位低減効果が約1メートルであったということだけでした。

 2019年10月の東日本台風(台風19号)では、利根川水系は支流で水害が発生したものの、本流は河口近くの浸水のみでした。当時、試験湛水中であった八ッ場ダムが一晩で満水になった映像はインパクトがあり、当時の安倍首相による「八ッ場ダムが利根川の被害防止に役立ちました。」などの言説がマスメディアやネットを通じて広まり、今もそう信じている人が少なくありません。

 上記の記事を読んでも、八ッ場ダムがなければ氾濫危険水位を超えていたように誤解しかねませんが、氾濫危険水位を超えたという仮定は利根川上流7ダムがなかった場合です。当会の嶋津暉之さんが計算したところ、八ッ場ダム単独での水位低減効果は八斗島地点では16~30㎝でした。さらに、八斗島における堤防の高さは東日本台風時の観測最高水位より3メートルを優に超える位置にありました。つまり、越水の危険性はまったくなかったといえます。
(参考ページ➡論考「2019年台風19号と利根川・八斗島地点についての検討」

 また、川辺川ダム復活の理由について、上記の記事は、「2年前の球磨川氾濫では、川辺川ダムがあれば被害が大きく軽減された」との国交省の推計値を取り上げていますが、現地調査を丹念に行った専門家や市民団体は、川辺川ダムがあっても50人の犠牲者の殆どは助からなかったという調査結果を公表しています。
 ダムの治水効果が漠然としたイメージとして過大に期待され、ダム行政は事実の検証をなおざりにしていますが、事実が何であるかにより、治水対策は180度変わります。

 戸倉ダムについて、上毛新聞は以下のように説明し、識者の意見も紹介しています。

 八ッ場ダムをはじめとする国土交通省関東地方整備局のダム事業にお墨付きを与えてきた清水義彦群馬大大学院教授は、戸倉ダムについても前向きなようです。「(東日本台風襲来時、)利根川は中下流で計画高水位を超え、氾濫するぎりぎりだった。」とのコメントが紹介されていますが、八斗島における計画高水位は5.28㍍で、観測最高水位4.1㍍との差が1メートル以上ありました。

(片品村の)梅沢村長によると、戸倉ダムは東京電力リニューアルパワーの戸倉発電所の東にダム堤を造り、尾瀬の玄関口、大清水休憩所の下までが水没する。貯水量は八ッ場ダムの90%程度を見込む。19年前の総事業費1230億円のうち用地取得や環境影響評価、工事用道路整備などで24%が投資済みという。
(2019年の東日本台風)当時、関東・東北地方を中心に国管理の7河川12カ所、県管理の128ヵ所で堤防が決壊した。群馬大大学院の清水義彦教授は「(専門の)河川工学の立場からもショッキングな出来事。利根川は中下流で計画高水位を超え、氾濫するぎりぎりだった。利根川の治水は首都圏の人命、経済など国家存続に関わる」とし、国の治水対策強化のきっかけになったと指摘する。
清水教授は「(戸倉ダム建設は)豪雨の時代、利根川の堤防が決壊しかねない現実があるからこそ出てくる提案。利根川の治水、利水にとっては有効な手段の一つ」とし、下流域を含む他の血事態も巻き込んだ議論が不可欠と主張。
八ッ場ダム建設に反対してきた水源開発問題全国連絡会共同代表の嶋津暉之さん(78)は「流域治水は田んぼなどを含め流域全体で洪水を受け止めるという意味でダムを造ることではない。ダムによる洪水調整効果は下流にいくほど減少する。残りの公共工事が目的ではないのか」と戸倉ダム建設に疑問を投げかける。

 上記の一面記事は、社会面に続いており、ここでは群馬県太田市の「田んぼダム」の取り組みが取り上げられています。
 太田市を流れる利根川水系の石田川は、2019年の東日本台風で氾濫、広範に浸水被害がありました。

 社会面の記事の末尾には、筆者の見解が掲載されています。

記者の視点 平時からリスク認識
 水害から身の安全や地域をどう守るのか。豪雨が頻発する時代、熊本県の川辺川ダムの計画復活や戸倉ダムの建設再開を目指す動きは象徴的だ。ただ、ダム建設はコスト面や環境への負荷といった懸念は大きく、国や流域圏が一体となって本当に必要かを議論することが必要だろう。
 流域治水の最大の肝は、地域住民が平時から水害リスクを認識することだ。浸水リスクの周知、迅速な避難行動への意識づくりは重要な課題。地域や流域圏が一体となって、治水の在り方や水害対応の「再点検」を進めていってほしい。

 水害リスクを認識するためには、ダムの治水効果の限界を知る必要があります。
 ダム事業を推進するために、ダムの治水効果を過大にアピールしてきた行政は、ダムの治水限界を明らかにしないまま、住民に水害リスクの認識を求めているようですが、今のままでは「流域治水」は”絵に描いた餅”です。