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連載「川から考える日本」ー消えた川辺川ダム計画がなぜか復活

 河川行政の問題に長年取り組んできたジャーナリストのまさのあつこさんによる、月一回の連載記事【川から考える日本】がJBpress というサイトで始まりました。

 第一回は、川辺川ダムの問題が取り上げられています。川辺川ダム計画の複雑な経緯がわかりやすく紐解かれています。ぜひお読みください。

★2023年2月28日 JBpress
消えた川辺川ダム計画がなぜか復活、豪雨災害はダムがあれば本当に防げたのか 【川から考える日本】気候変動対策に必要なのは「まず山林の手入れ」
 https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/74130

 近年、記録的豪雨により、水害や土砂災害が激甚化、頻発化している。気候変動の影響だ。そこで、国は、ダムや堤防などハードウェアだけに頼る「治水」に代わり、「流域治水」への転換を図ろうとしている。森林保全や町づくりなど流域全体で人々を守る考え方だ。しかし、伝統的な「治水」「利水」の歴史は揺るぎなく、自然回復や住民参加といった新たな価値観をうまく取り込めていない。持続可能な地域社会を考えたときの最善の策はなにか、流域にはそのことを真剣に考え続けてきた人々がいる。いま、改めて「川から」日本を考えるための、ジャーナリストまさのあつこ氏による連載。(JBpress編集部)

 撤回されたはずのダム計画が再浮上
 2020年7月の豪雨で、熊本県では球磨川流域だけで50人が亡くなった。特に人吉市の被害は大きく報道され、記憶に残る人も多いだろう。今なお、復旧作業は続く。

 その裏で、2008年に白紙撤回されたはずの川辺川ダム計画が復活していた。復活劇の裏にはあるカラクリがあった。川辺川ダムは、県知事や国土交通大臣が「白紙撤回」や「中止」を表明した後も、法手続は行われず、10年以上計画は温存されていたのだ。

 そのカラクリを紐解きたい。

 棚上げされた、清流を守る「ダムによらない治水」
 海の豊かさは、山から流れでる川で支えられている。

 そのことを教えてくれたのは、高度経済成長期、球磨川にダムが次々と建設された後の変化を見てきた人々だった。「小学校のときには潮干狩りで4キロ沖まで行った。魚が澪筋にぴゅーっと泳いだり、ハマグリ、マテガイ、ウノカイ、アサリ……なんでも採れた」と球磨川が注ぎ込む八代海の豊かさを語ってくれたのは、川沿いに暮らす鮎釣り名人だった。

 海からアマモが消え、砂が失われ、漁獲が減った話をしてくれたのは海の漁師だった。

 川に関する法律は複数あり、ダムの建設計画は「河川法」と「特定多目的ダム法」(=特ダム法)に根拠がある。しかし、山から海へのつながりや、人々に愛される川のありようが法律によって反映されることは、かつては全くなかった。

 それが少し変わり始めたのは、今から26年前。河川法は1997年の改正で、環境保全が法の目的に加わり、水系ごとに100年相当の河川整備基本方針を、また住民意見を反映して20〜30年相当の河川整備計画を作ることになった。

 ところが、「尺鮎」を育む清流・川辺川を支流にもつ球磨川水系では、1997年河川法に基づく手続きはとられないまま、旧法による古いダム計画が生き続けた。一方その間、ダム反対運動は成功を収め続けていた。

 農家たちは「川辺川ダムの水は要らない」と提訴。2003年に国に勝訴した。発電事業からは電源開発株式会社が撤退し、強制収用されかけた漁業権も2005年に漁業組合が取り戻した。そして、2008年9月、ついに熊本県知事が「球磨川そのものが、かけがえのない財産であり、守るべき『宝』だ」と言って、川辺川ダムの白紙撤回が宣言された。

 多目的ダムだった川辺川ダムは、特ダム法に基づいて、建設費や受益者負担など具体的な基本計画が定められていたが、利水目的を失ったので、本来は、基本計画を廃止した上で、1997年河川法による住民参加で、新たな河川整備計画を作り、水害に備えるべきだった。

 それが棚上げにされたまま、2020年の洪水を迎えてしまった。

 県内のダム反対運動の中心だった「子守唄の里・五木を育む清流川辺川を守る県民の会」の土森武友事務局長は、「行政の不作為そのもの。川底の土砂撤去や必要な堤防や遊水池の整備など、ダムによらない治水が実現していれば、あそこまでの被害は出なかった」と悔しがる。

「ダムによらない治水」とは、知事がダムの白紙撤回を表明した翌2009年から2015年まで模索し続けた対策だ。

「検討しただけでダムによらない治水対策は実施されず、2020年の被害は知事のせいだとボロクソに叩かれ、知事はダム容認に向かってしまった」

 そう振り返るのは、「自然観察指導員熊本県連絡会」のつる詳子さんだ。

 一方、国土交通省の出先機関「八代河川国道事務所」副所長は、ダムによらない治水対策が進まなかった理由を「現実的な対策を積み上げても国が管理する河川の整備目標と比べて低い水準にとどまった」と説明する。換言すればダムなしでは不十分だから、やれることまでやらなかったということではないか。

「流域治水」を隠れ蓑に、続行されるダム計画
 国と県は「令和2年7月球磨川豪雨検証委員会」を2020年8月に設置したが、検証は名ばかりで、国土交通省は、川辺川ダムがあれば人吉市を流れた流量は6割程度に抑えられたとの推計を出した。一方で、「水害がどのように起きたかは究明されなかった」(土森さん)。

 たとえば最多の人命被害を出した高齢者施設千寿園(球磨村渡)について、検証委員会の資料には「16名」という数字が記されていただけで、避難遅れの原因も、また、同施設が本流との合流点から約400mも上流の支流にあるにもかかわらず、バックウォーター現象(支流が本流に堰き止められて支流の水位が上がる現象)が起きていたことについても記載がなかった。

 前出のつるさんは「洪水の後、私は100回ぐらい流域の山々に入りましたが、ざっと1000箇所ぐらいで山が崩壊していた。検証委員会はこうした災害の実態調査もしなかった。流域は84%が森林です。降った雨が荒廃した山を崩して川に流れ込む。砂防ダムが満杯になって崩壊し、道路を破壊した場所もたくさん見ました。ダムよりまず山林の手入れをしてなければ、土砂災害も水害も防げない」と警告する。

 検証委員会が終わった同年10月から国土交通省は「球磨川流域治水協議会」を連続開催した。「流域治水」とは、全国各地で洪水被害が頻発するようになった後、国が気候変動対策として唱え始めたものだ。しかし、土森さんは「『流域治水』というと聞こえが良いだけで、実際はダムを包み込むオブラートだ」と指摘する。

 その指摘通り、「球磨川流域治水協議会」は2021年3月には「球磨川水系流域治水プロジェクト」を発表。よく見ると、川辺川ダム計画があった位置に地図上で小さく「流水型ダム」と記載されていた。「流水型ダム」とは「穴あきダム」とも称される。

 このように、水需要の減少や節水技術の向上で利水目的を失った各地のダム計画は、中止されることなく、ダム堤体下部に穴をあけて「水を貯めないので環境にやさしい」との触れ込みで続行されることが増えた。

「流水型」の川辺川ダムもまた、決定したことのように報道で取り上げられるようになった。

生活再建途上の住民の隙をつく、ゴリ押しの国交省
 国土交通省は、「球磨川流域治水協議会」が流水型ダムを発表した2カ月後、2021年5月に今度は「環境アセスメント法と同等の環境アセスメント」を行うと発表した。

 どのようなダム事業でも付替道路など数々の関連工事が伴う。そして、川辺川ダム関連工事は、環境アセスメント法が制定される前から進んでいたという理屈で、同法の適用対象外とした。一方で、知事から要望があったから「流水型の川辺川ダム事業」には同法と同等の手続を行うと恩を着せた。

 その段取りを済ませると、国土交通省は、河川法に基づく手続を一気呵成に始めた。2021年12月に河川整備基本方針、2022年8月までに河川整備計画を素早く策定し、そこにはちゃっかり「流水型の川辺川ダム事業」を盛り込んだ。

 国土交通省はこれらの小難しい法手続を、豪雨被害からの生活再建もままならない人々の隙を突くように連続して行った。

建設費8倍に「重婚」状態でも「違法ではない」?
 現在は「法と同等の環境アセスメント」という手続の最中だが、驚くことに、今もなお、特ダム法に基づく基本計画は廃止されていない。いわば、前妻(1998年策定の特ダム法に基づく川辺川ダム基本計画)がいるのに、新しい妻(2022年策定の河川法に基づく流水型ダム計画)と結婚する重婚状態なのである。

 そう指摘すると、国土交通省水管理・国土保全局の治水課は、「確かに、その例えで、重婚なら民法上、問題です。しかし、2008年の白紙撤回の方針もあり、その後、治水対策を引き続き検討していた。基本計画を先に廃止しなければ違法だ、とは思わない。今後、利水者との調整がつけば、然るべき時に(最初の基本計画を)廃止する」と言い放つ。

 しかし、実際に整理してみれば(下表)、この「重婚」状態は異常である。

 当初計画なら1981年に350億円で完成していたはずが、建設費は8倍に膨れ上がり、工期も過ぎたが、これがまだ有効だという。目的も形式も異なる流水型ダムを河川法上に位置付け環境アセスメントを進めているのに、「行政上の齟齬があるとは認識していない」と豪語する。

 最優先は水害からの生活再建と、水害を防ぐ山の保全
「後妻」の流水型の川辺川ダムは、河川整備計画で「設計にあたっては、流入する土砂や流木等によりダムとしての機能を損なうことがないよう留意して検討」すると書いてある。具体性がないために、自ずと環境アセスメントもずさんなものだ。

 熊本県の「流水型ダムに係る環境影響評価審査会」の松田博貴会長(熊本大学大学院教授)は「旧ダム計画で造られた既存施設のデータが一切ない。これでは何が環境に影響するかを評価できない」と指摘した旨が報道された。

 日本自然保護協会の大野正人保護教育部長は「これから作る流水型ダムの構造も書かれていない」と不備を指摘。これでは環境影響を評価するのは無理だ。

 つるさんは、「ダム建設による環境影響は中流の球磨村の渡地区までしか評価されないが、中流域で影響がプツンと止まるわけがない」と呆れ返る。

 広範囲な浸水被害を受けた人吉市では、2023年1月、ダム反対住民らが「私たちはダムを求めてはいません!知って下さい 球磨川豪雨災害の真実を」と題する集会を開催、400人もの地域住民が参加した。浸水被害を受けた住民自らが壇上に立ち、「豪雨で避難指示が聞こえず、濁流が胸まできた。あと1、2分、避難が遅れていたら溺れていた。ホッとしたが、今度は(上流の)市房ダムが緊急放流するというアナウンスが流れて恐怖を覚えた」、「流木が家に何本も突き刺さって全壊した」、「下流の瀬戸石ダムは(流水を妨げて)被害を大きくした」など実体験や実感を語った。

 集会の実行委員も務めた土森さんは、「国土交通省はダム建設に固執しているが、流域に暮らす住民の声に耳を傾け、流域に堆積したままの土砂撤去や川の拡幅、2020年豪雨の最高水位でも浸水しないよう住宅等の嵩上げや移転など生活再建支援、土砂や流木を大量に発生させた山の保全などを優先させるべきだ」と訴えている。