上毛新聞が一面トップで八ッ場ダムの本体着工についての記事を掲載しました。
群馬県が誇る国の名勝・吾妻渓谷におけるダム本体準備工事は大きな問題なのですが、これまで上毛新聞も他紙もほとんどこのことを取り上げてきませんでした。ようやく本体準備工事に触れたこの記事も、本体着工間近であることを強調する主旨で、本体準備工事による吾妻渓谷の自然環境の破壊には触れていません。
八ッ場ダムの本体工事の入札に当たり、「工期短縮」が最大の課題であったことはこのブログでも書いてきましたが、その理由は、記事に書かれている「早期完成を待ち望む住民への配慮」とは言えないのではないでしょうか。
八ッ場ダム事業において、住民の意見が尊重されることは殆どなく、尊重されたと見えるのは、「ダム推進」を唱える住民が事業者(国交省関東地方整備局)にとって都合のよい時だけです。
ダム事業を受け入れて以降、人口が減少し、絆が薄れ、行政に対抗する力を失ってしまった地域住民は、事業者にとって、反対運動が盛んであったかつてのように配慮しなければならない存在ではなくなっています。
関東地方整備局が最大の配慮を払わなければならないのは、八ッ場ダムがいまだに完成しないのにダム事業の負担金を払い続けている関係都県です。東京都をはじめとする都県は、これ以上の工期延長は認められないとしています。関東地方整備局が昨年発表したダム本体工事の工程表では、ダムの湛水試験をわずか半年と見込んでおり、湛水による地すべりの発生などは起こり得ないことを前提とした工程表でした。
こうしたことを考えれば、関東地方整備局が本体工事の工期短縮を目指すのは当然のことです。しかし、地質が複雑な吾妻渓谷での本体工事の最大の課題が工期短縮であることは、安全性をないがしろにするリスクをも抱えることになります。
◆2014年9月24日 上毛新聞
ー「やっと始まる」 工期514日短縮提案 八ッ場は今① 迫る本体着工ー
9月下旬になっても国指定名勝の吾妻峡は、山肌の緑をまだ色濃く残している。長野原町の国道145号の眼下を流れる吾妻川に、トラックが忙しなく出入りする。川をせき止め、流れを一時的に山中のトンネルへ変える仮締め切り工事の現場だ。ここは八ッ場ダムの堤体の底になる。
堤高は高さ116メートルにも及ぶ。膨大な量のコンクリートを現地で造って供給するための作業場が、近くの山を切り崩して整備されている。まもなく始まる本体工事の前段階の作業。準備は最終版を迎えた。
■住民へ配慮
国土交通省関東地方整備局は8月20日、清水建設など3社でつくる共同企業体(JV)と本体工事の契約を結んだ。契約上の工期は翌21日から2018年10月1日までの4年余り。ただ、清水などのJVは施工日数を514日前倒しできると提案している。
三つのJVが参加した入札は、実は価格や施工体制といった評価項目でほぼ並んでいた。各JVが実質的に競ったのが、いかに工期を短縮できるかという点だった。最も短縮幅が大きかった清水などのJVを選んだことは、「できる限り早く工事を終える」との意思表示だ。ダムの早期完成を待ち望む地元住民への配慮が透けて見える。
「やっと始まる」。水没5地区の一つ、川原湯の区長、美才治章さん(67)は万感を込めてつぶやいた。4年前に代替地に移った。川原湯温泉駅近くにあった以前の家は取り壊した。
嬬恋村出身。東京で就職し、材木業を営む父の後を継ぐため35年前に川原湯へ移り住んだ。ダム建設をめぐり、賛否両派が激しく対立していた時代だ。中立の立場を責められ、嫌がらせが子どもにまで及んだ苦い記憶が残る。ダムに、住民の誰もが振り回された。
紆余曲折を経て進んだダム建設を、今度は政治が翻弄する。2009年9月。民主党政権が誕生すると前原誠司国土交通相(当時)は建設中止を表明。国交省は検証の末、11年12月に建設継続を決めたが、2年以上にわたって事業が停滞した。
■「一刻も早く」
住民の絆、それぞれの人生、地域の在り方をも変えた歴史を積み重ね、本体工事がようやく動きだす。萩原睦男町長(43)は「本体着工に向けて大詰めだが、道路整備など課題もある。国や県としっかり連携したい」という。
県はダム本体の完成を見据え、ダム直下の水力発電所の工事を来年10月にも始めることを決めた。県企業局発電課電源開発室は「ダムの利用開始と同時に使えるよう間に合わせたい」と意気込む。
計画上のダムの完成は19年度だ。「一刻も早く、それが一番大事」。美才治さんは静かな口調で住民の願いを代弁した。
計画浮上から62年。長野原町の八ッ場ダムの本体工事がまもなく着工し、つち音はようやく現実となる。道路や鉄道の付け替えはほぼ完了し、地域振興施設の準備なども進むが、一方で人口減に歯止めは掛からない。ダム完成と生活再建の実現を待ちながら、住民は未来図を模索している。
メモ
八ッ場ダムは利根川支流の吾妻川に建設中の多目的ダム。国は①洪水調節 ②流水の機能維持 ③都市用水の補給ーを目的に掲げる。1952年に計画が発表された。総事業費は当初2110億円だったが、2013年の最新の基本計画では約4600億円と倍以上に膨らんだ。このうちの約6割は、流域の群馬、埼玉、栃木、茨城、千葉、東京の6都県が負担する。