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吾妻渓谷 問われる「景観保全」(朝日新聞群馬版)

2005年2月25日朝日新聞群馬版

わがふるさと遺産 吾妻渓谷(吾妻町・長野原町)ー問われる景観保全

 切り立った岩肌の景観から「東の耶馬溪」とも呼ばれる。紅葉の秋や、新緑がもえる春が人気だが、冬の雪景色も魅力的だ。その一部が、やがてダムに沈む。4600億円を投じる八ッ場ダム建設計画が進められている。

 半世紀にわたるこのダム計画の目的を、国は最近になって一部追加した。それまでの利水と治水に加えたのが、「吾妻渓谷の景観保全」だ。
 国にとっては、渓谷のまっただ中に建設するダムの目的が、「渓谷の保全」となる。「増水期と渇水期で流量が違う吾妻川に、ダムで一定水量を確保することで、景観が保全される」という論理だ。
 これを行政の言葉では「流量の正常な機能の維持」という。近年、各地の大規模工事でしばしば登場し、決まり文句になった。

 だが、一番の景観保全は、ダムをつくらないことではないのか? いや、国はそう考えない。八ッ場ダム工事事務所は「人間が自然へ手を加えることで、自然はより豊かになる」という。吾妻川は、増水と渇水を繰り返す自然状態よりも、一定以上の流量を人為的に保つほうが、より豊かな景観であるとの考え方だ。「それが人類の英知でもある」と現地責任者はいう。

 一方、ダム計画に反対する市民団体は「それは英知でなく傲慢だ」と反発する。「八ッ場ダムを考える会」の西岡令子事務局長は、ダム建設の目的に景観保全が追加されたことについて、
「あまりの論理の倒錯。国家の言葉も軽薄になったものだ」と嘆いた。
 巨大ダムという「自然景観の保全事業」。それは、人類の英知なのか傲慢なのか。冬日を浴びて吾妻川は、静かに流れるだけだ。
《メモ》吾妻川にかかる雁ガ沢橋から八ッ場大橋までの約3・5キロの渓谷。上毛かるたには「耶馬溪しのぐ吾妻峡」と歌われる。川原湯温泉から1.8キロの遊歩道も整備。屏風岩や紅葉台など、特に眺めの素晴らしい10カ所は「吾妻峡10勝」と呼ばれる。そばを走るJR吾妻線の樽沢トンネルは全長7.2メートルで「日本一短いトンネル」として知られる