川辺川ダム 尺アユ裁判弁護団最終意見書

2005年12月28日

 東西の巨大ダム計画として八ッ場ダムと並び称される川辺川ダム事業。熊本県では脱ダム運動が首都圏に先んじて始まり、利水裁判、収用委員会、尺アユ裁判と、大きな三つの裁判、審理において、国の主張がすべて却下されました。
 川辺川ダム計画は白紙に戻ったわけですが、国は事業そのものをあきらめたわけではありません。西のダム計画の非を認めれば、東の八ッ場ダムにも影響がある、と言われています。
 本日、尺アユ裁判の弁護団より最終報告書が発表されましたので、以下、転載します。

平成13年(行ウ)第4号
川辺川ダム建設に関わる事業認定処分取消請求事件
原  告  吉村勝徳他31名
被  告  国土交通大臣
            
「尺アユ訴訟」の勝利解決にあたって

2005(平成17)年12月28日

熊本地方裁判所民事第3部 御中

     原告ら訴訟代理人
     弁護士 板  井  優
     弁護士 松 野 信 夫
     弁護士 田 尻 和 子
    弁護士 原  啓  章

はじめに
 本訴訟は国土交通大臣が平成12年12月26日付けで告示した「川辺川ダム建設工事及びこれに伴う付帯工事」の事業認定処分の取消を求めて平成13年3月23日に提訴され,現在まで4年9ヶ月かけて審理されてきました。この間,真摯に審理に携わってこられた熊本地方裁判所永松コートに深く敬意を表しす。
 本件事業認定に基づき国交大臣は平成13年12月18日に土地収用法による収用裁決申請を熊本県収用委員会に行い,慎重な審理がなされてきましたが,これは本年9月15日に全て取下で終了しています。
 したがって本件事業認定は,将来にわたり完全に効力を喪失したものとして原告らの主張の正当性が認められたものと判断できます。
 本訴訟は,川辺川ダム建設事業の是非を正面から問うものでありましたが,実際上,事業認定処分が取り消されたものと同様になったもので,川辺川ダム事業計画は完全に白紙に戻りました。いまや国に求められるのは川辺川ダム中止を鮮明にして,ダムに頼らず地域住民の真の声に応える治水計画の策定です。
 わが国においてダムに依拠した治水対策がとられるようになったのは,たかだか百年以内に過ぎません。未来の子孫に莫大な借金と破壊された自然環境を残すのか,健全な財政と豊かな尺アユと自然環境を残すのか,今こそ決断を求められています。私たちは,国民と共に,わが国のダムに依拠しすぎた治水政策の抜本的な変更を求めるものです。
 そのために,本件訴訟は重要な問題提起を起こしてきましたし,わが国のダムに依存する治水政策に大きな転換をもたらす契機となったものと判断いたします。
 現在,国政上は耐震構造計算偽造問題が噴出しており,熊本の建設業者が深く関与していることから熊本の評判を落とすことにもなっています。このまま漫然と川辺川ダムを生き返えらそうとするのであれば,熊本は再び将来に重大な汚点を残すことになります。耐震構造問題では偽造を実行した姉歯建築士の責任はもちろんですが,これを見逃していた検査機関や国の責任も重大であると考えます。ダムに関して第2の姉歯事件を引き起こさないためにも,原告ら漁民,地域住民及び弁護団は監視の目を緩めることは出来ません。
 私たちは今こそ英知を結集して,総合的治水対策のあり方について,早急な調査・検討並びに具体的対策の策定を行うよう提起するとともに,これらの実現のために,今後とも多くの地域住民の皆さんと共同し,その目標に向かって全力を尽くすことを明らかにして以下のとおりの意見陳述と致します。

第1 本件の経緯
1 旧建設省は,1966年(昭和41年),川辺川に治水目的ダムを造る計画を公表し,1976年(昭和51年),これを特定多目的ダム法に基づき川辺川ダム建設事業基本計画として告示し,さらに,1998年(平成10年)にその変更計画を告示した。
 これによれば,川辺川ダムは,総貯水量は1億3300万立方メートル,ダム本体の高さ107・5メートル,ダム堤の最大幅274メートルという巨大なものであり,九州最大級のアーチ式コンクリートダムとして建設される計画であった。また,変更計画では川辺川ダム建設事業(本体工事)の総事業費は2650億円とされていたが,2004年(平成16年)8月,国土交通省の内部文書で,これが650億円増えて3300億円余りに膨らむことが明らかとなった。
2 ところで,ダム建設に同意しない権利者がいる場合に現実にダム建設をするためには土地収用法に基づく強制収用手続きが必要となる。
 そこで,本件において,国交省は,2000年(平成12年)12月26日,土地収用法に基づく本件川辺川ダム建設事業変更計画の事業の認定処分を行った。こうした事態の中で、球磨川漁協は国交省の脅しに屈することなく、総代会、総会において国交省との漁業補償契約の締結を拒否する特別決議をあげた。また、治水ダムの代替案が住民団体から提起される中で、熊本県知事は「国土交通省は住民に対する説明義務を十分に果たしていない」として住民討論集会を行った。
 しかしながら,国交省は、2001年(平成13年)12月までに球磨川水系の共同漁業権の強制収用を含む収用裁決申請をし,2004年(平成16年)12月までにその申請手続きを3年間保留していた他の土地関係の強制収用裁決申請をした。まさに、住民無視の問答無用の態度であった。
 このような経過の中で,先に述べたとおり,国交省は2004年(平成16年)8月,川辺川ダム本体工事費につき650億円を増額するとの方針を明らかにした。まさに税金の無駄遣いの典型である。
3 これらに対して,球磨川漁協の組合員である原告ら漁民らが,本件事業認定の取消しを求める本件訴訟を,2001年(平成13年)3月,熊本地裁に提起した。さらに,国交省が,同年12月,熊本県収用委員会に対し,上記共同漁業権等の強制収用裁決申請をしたことから,同漁民らは自らが権利者であるとて,2002年(平成14年)1月,熊本県収用委員会に対し,意見書を提出するなどした。
 こうして,川辺川ダム建設事業そのものをめぐる裁判や収用委員会での審理が始まったのである。
4 2003年(平成15年)5月16日、福岡高等裁判所は,国営川辺川利水事業につき土地改良法に基づく3分の2以上の同意がないとして違法との判決を下し,同月19日,農水大臣は上告を断念し同月30日同判決は確定した。この判決確定を受けて,同年6月16日新利水計画策定作業が始まり,農家が主人公・情報の共有・事業規模に予断をもたないを前提にダムによらない利水事業も含めて事前協議が始まった。
 そのため,熊本県収用委員会は,同年10月,「現状では,国土交通省は新利水事業の結果を待ってダム建設変更計画を再変更するかどうかを余儀なくされている」として,その審理を中断した。
 そして,2005年(平成17年)8月29日,熊本県収用委員会は,国交省に対し,新利水計画の策定がいつまでかかるか不明なことを理由に,同年9月22日までに取り下げるかどうかを回答しなければ同月26日に収用裁決申請を却下する旨の取下勧告をした。
 追いつめられた国交省は,2005年(平成17年)9月15日,わが国の歴史上初めて,直轄事業に関して,強制収用裁決申請を取り下げるという判断をせざるを得なかった。これは,大型公共事業を決定するのが国ではなく、住民であることを示した画期的な出来事であった。
5 かかる収用裁決申請の取下げを受けて,本件訴訟の原告らは,国交省がさらに事業の認定申請の取下げをすべきであると要求し,その上で,川辺川ダム建設事業にかかる強制収用裁決申請が全て取り下げられたかどうか明らかにすべく,熊本県収用委員会に対する調査嘱託の申請を行った。国交省は,川辺川ダム建設事業の認定申請取下げこそ拒否したが,本件川辺川ダム建設事業認定が土地収用法上将来に向かって失効したことを自らの準備書面で認めた。
 上記調査嘱託の結果,原告らは,2005年(平成17年)12月28日までに,本件事業認定に基づく係属中の強制収用裁決申請が全て取り下げられたことを確認した。

第2 本件事業認定は,完全に失効した
1 本件事業の認定は土地収用法に反し違法である
原告らは,平成13年3月,平成12年12月26日官報(号外264号記載)で告示した「建設省告示第2463号告示」に記された「川辺川ダム建設工事及びこれに伴う附帯工事」の事業認定処分(以下「本件事業認定処分」という。)の取消しを求める本件訴訟を提起した。
 その上で、原告らは,本件事業認定処が,土地収用法20条各号記載の要件を充足していないと,その取消理由を主張した。
2 原告ら漁民は原告適格を有する
本件訴訟は,当初,原告ら漁民に原告適格があるか否かという論点をめぐって審理が行われ、私たちは,様々な角度から原告ら漁民が本件訴訟の原告適格を有することを主張立証してきた。御庁は,2005年(平成17年)3月17日,かかる主張・立証の結果を踏まえ,原告らに原告適格が存することを前提に,土地
収用法20条各号記載の要件充足の論点を審理すべく,実体審理に移行する旨の判断を示し,被告国交大臣に対し,実体審理を踏まえた主張を行うよう訴訟指揮をした。かかる裁判所からの指揮を受けて,被告国交省は,第8準備書面において,実体論に関する反論を行った。このことは,行政処分庁たる国交省もまた,本件において原告らに原告適格が存することを認めざるを得なかったことを意味するものである。
 本件訴訟の審理によって,原告ら漁民に原告適格が存すること,すなわち,本件のごとく漁協の共同漁業権の強制収用が問題となっている事案で漁協が提訴してなくとも,当該漁協の組合員が当該強制収用の効力をめぐって行政処分取消請求ができることが明らかになったことは,今後の原告適格解釈に当たって大きな意義を有するものであった。
3 国は敗訴も覚悟
裁判所の上記指揮を踏まえ,本件事業の起業者たる国は,平成17年5月26日,本件訴訟への訴訟参加を求める申立てを行った。国は,当該訴訟参加申立書のなかで,「仮に,本件訴訟において被告(国土交通大臣)が敗訴し,本件事業の事業認定が取り消されるような結果になると,参加人(国)は,本件事業を遂行することが不可能となり,その権利(法律上の利益)を害されることが明らかである。」と主張した。国交大臣が訴訟の当事者となっている本件訴訟において,国が敗訴も覚悟して訴訟参加の申出をするということ自体、我が国の裁判史上極めて異例のことであった。
 ちなみに,実体審理への移行に際し,被告国交大臣は,裁判所から,実体審理の前提となる被告からの反論を提出するよう要請されていたが,結局,同被告が提出した文書は川辺川ダム建設事業変更計画に関する事業認定についての適法性の一般的主張にすぎず,原告らのこれまでの詳細な実体関係の主張への具体的な認否反論ではなかった。原告は,かかる被告の対応をとらえて,「被告国土交通大臣が,本件について,原告側のこれまでの主張に何ら反論しないというのであれば,それは反論すべきものを持たないからにほかならない。」と主張したが(平成17年8月22日付け準備書面),その後も,被告国土交通大臣から,この点に関する反論が一切提出されることはなかった。
4 国交省は全ての収用裁決申請を取り下げた
このような中,国土交通省は,熊本県収用委員会からの勧告に従い,すでに申立てを行っていた,一級河川球磨川水系川辺川ダム建設工事及びこれに伴う附帯工事に伴う裁決申請及び明渡し申請を,平成17年9月15日付けで全て取り下げる意思を表明した。
 かかる国土交通省の対応は,大型公共事業を推進するにつき国民の意思を無視してきたこれまでの態度を謙虚に反省したといえるものであって,その限りでは評価に値するといえる。
5 勝利解決として裁判を取り下げる
ところで,事業の認定とは,土地収用法3条各号に列記されている事業に該当する事業について,具体的に起業者,起業地及び事業計画を確定し,その事業が当該土地を収用又は使用することができるだけの公益性を持つか,当該土地の適正かつ合理的な利用に寄与するかどうかを判断した上で,起業者に土地を収用又は使用する権利を与える行政行為,すなわち,一連の収用手続きの手段たる第一段階の行為である。
 本件においては,当該裁決申請及び明渡し申請の全ての取下げにより,収用手続きの目的である関係土地等の収用・明渡しが不可能となったのであるから,その前提たる本件事業認定処分もまたその意味を失うに至ったことは明らかである。この点,国も,第2準備書面において,「本件事業認定は,・・・裁決申請の取下げによりすでに失効しており,その法的効果は将来に向かって全て失われている。」と明言しているところである。ここにおいて,本件事業認定処分の取消しを求めて提起された本件訴訟は,国の当該裁決申請の取下行為によって,その訴訟対象が事実上消滅するに至った。
 以上は,裁判所,原告,被告及び訴訟参加人共通の理解であって,上記の者間において,この点に関する認識の相違点は一切みられない。
 以上によれば,本件事業認定処分の取消しを求めて提訴した原告の訴訟を提起した目的は,当該申請取下げによって,全て達成されたということができる。原告らは,国交省が球磨川水系の共同漁業権を強制収用しようとして,本件事業認定を行ったことから,このような強制収用は絶対に許されるものではないとして,本件訴訟を提起したものである。
 そして,上記で述べたとおり,国土交通省は,本件に関する収用裁決申請を全て自ら取り下げたものであり,かかる取下げの事実を原告らは熊本県収用委員会に対する調査嘱託結果等で入念に確認をした。
 そして,上述したとおり,審理継続中の本件収用裁決申請の全取下げという事態を踏まえて,本件訴訟の審理対象である事業認定処分も失効するに至ったことを裁判所及び本件訴訟当事者は確認したものである。
 今や,本件川辺川ダム建設事業に関する強制収用手続きは達成されることのないまま終結し,よって,原告らが本件訴訟を提起した目的は達成されるに至った。以上のような経過を踏まえ,原告らは,本件訴訟で全面勝利を収めたことを確認して,本件訴訟を勝利解決する立場から,本日,取り下げるものである。

第3 住民こそが主人公
 以上により,本件川辺川ダム建設事業は土地収用法上不存在となり,本件事業は全くの振出しに戻った。
 そもそも,本件川辺川ダム建設事業は,球磨川水系流域の住民の生命財産の保護や農業かんがい等のためとして多目的ダム法に基づき計画されたものである。しかしながら,当初計画からすでに約40年という長期間が経過したにもかかわらず,未だ本件事業計画は実現をみないという異常事態に置かれている。五木村民は永年住み慣れた村を追われて長期間が経過しており,同村民や相良村村民を始めとするダム上流の水没予定地の住民らは極めて不安定な生活状態を長期間強いられている。したがって、これらの地域の振興はダムとは無関係に行うことが国交省の責務である。
 さらに,川辺川・球磨川では速やかな治水への対応が必要とされているのに,ダム以外の治水対策が後回しにされ、人の半生に相当する長時間が無為に経過している状況にある。河床掘削や堤防築造をはじめ、球磨川中流域の溢水対策などダム以外の治水対策を急ぐことが早急に求められている。どうしても治水のためにダムが必要だというのであれば、こうしたダム以外の治水対策をしてからいうべきである。その結果、この地域の住民がダムよりも清流を残すべきというのであれば、国交省はこれに従うべきである。
 利水にいたっては他の水利事業などが行われ、かつ農業情勢の変化もあり利水そのものの必要性自体も大きく問われるところとなった。今年8月の新利水事業のアンケート調査では91%の農家が対象地域から除外することについて同意している。要するに、水を積極的に望む農家は約380戸に過ぎないのである。水の押し付けは絶対に許してはならない。それは自主的な農業を否定することにつながるからである。その結果はこの地域の農業そのものに加重負担をかけ、ひいてはこの地域の農業そのものをつぶしてしまうことになるからである。この地域の行政はそのことをまず自覚すべきである。もちろん、水の必要な農家に対しては、早くて安く安定した安全なダム以外の利水手段を実現することが求められている。
 川はその源を山に発し、海に流れる。川と海はまさにその自然環境を一体のものとして共有している。川辺川・球磨川と不知火海もまさにそのような関係にある。川の清流を大事にして子孫に伝えていくことは私たちの尊い使命でもある。国が取ってきた「始めにダムありき」の思想と行動がこの人吉・球磨川流域と不知火海沿岸を長きにわたって混乱させ、衰退させたことは否めない事実である。このような本件事業の歴史に思いを致すときには,住民不参加のままで推移してきた本件事業が,地域住民を利するどころか,地域住民に甚大な苦痛を長期間にわたって与えて続けてきたことは明らかである。以上のような事情を踏まえると,国は,土地収用法に基づく本件事業認定処分の失効というわが国始まって以来の事態を厳粛に受け止めるとともに,今後の事業遂行に際しても,地域住民こそ主人公の立場を前提にこれに忠実に仕えるべきである。
 要するに、歴史は「始めにダムありき」の立場について今こそ放棄することを国交省に求めている。これをもって、原告らの最終意見とするものである。