「八ッ場ダムで水没 移転待てず 温泉旅館52年で幕」(読売新聞)

2007年5月18日 読売新聞より転載

川原湯「中島旅館」 そば・うどん店 吉岡で開業へ

 八ッ場ダム建設で水没する長野原町・川原湯温泉で2代続いた「中島旅館」が17日、52年の歴史に幕を下ろした。館主の中島信雄さん(56)は代替地への移転を計画していたが、「完成が遅れすぎ、待てなかった」と、7月には吉岡町でそば・うどん店を開き、第二の人生をスタートさせる。

 旅館は1955年、中島さんの母が創業。紅葉シーズンは温泉街が客であふれ、当時3部屋だった旅館に入りきれず、自宅にまで客を泊めたという。その後、7部屋にまで旅館を広げたものの、すでにダム建設計画が浮上していた。
 代替地移転を考えると多額の費用が必要なため、更なる設備投資はできなくなった。老朽化する中、露天風呂も風呂付きの部屋もないまま経営を続けた。中島さんは「ニーズがめまぐるしく変わる中、お客さんに応えられない。それが一番つらかった」と振り返る。

 だが、代替地や周辺道路の工事は計画通り進まない。「指をくわえて待っている訳にはいかなかった。」6年前から前橋市内のそば店で修業を始め、旅館で出しては客に意見を求めた。妻の和美さん(55)と長男嘉久さん(30)も「3人でやろう」と言ってくれ、転進を決意した。

「人口が増える街の方が希望があっていい」。人口流出が続く川原湯で過ごした中島さんは、出店場所に人口増加率県内一の吉岡町を選んだ。新しい店の名は、八ッ場ダムと名字から一文字ずつ取って「八中庵(はっちゅうあん)」と決めた。「子どものころからダムのことが頭から離れなかったから」
 
 川原湯を離れても、中島さんは今後もダムとともに生きる決意だ。