「巨大ダム 住民翻弄」(朝日新聞)

2008年5月9日 朝日新聞東海三県版より転載
「巨大ダム 住民翻弄 52年目の完成 徳山ダム 長期化の群馬・八ッ場と熊本・川辺川 」

 群馬県の八ッ場ダムと熊本県の川辺川ダム。5日完成した徳山ダム(岐阜県揖斐川町)と同じ高度成長期に計画され、必要性に疑問が持たれている二つの巨大ダムだ。いずれもダム本体の着工はまだだ。両方のダムの関係者に話を聞いて気づかされたのは、国に翻弄される地元の住民たちの疲れ切った姿だ。(二階堂勇)

賛否対立の末「生殺し」
 八ッ場ダムに沈む予定のJR川原湯温泉駅は上野駅(東京)から特急で約2時間半のところにある。
 10分ほど歩くと、800年以上の歴史を持つという温泉街に着いた。硫黄のにおいが立ち込める。ダムの建設に伴い、地区全体で約200戸が水没する。最盛期には20軒ほどの旅館や民宿があったというが、いまは半分ほど。
 近くの山腹に削られた代替地がみえる。移転に伴う代替地だ。

進まぬ補償不安
 かつて「成田か八ッ場か」と言われたほど、地元では激しい反対運動が続き、ダム反対の町長が誕生したこともある。だが、結局は建設を受け入れた。
 「国になびいてしまった」と地区の男性経営者は言った。だが、それでも国交省は昨年12月、ダムの工期を5年間延長し、完成予定は15年度にずれ込んだ。用地買収がなかなか進まないことが背景にある。この経営者も買収に応じていないひとりだ。
 「取れるものは取る。従業員も家族もいる。父が反対期成同盟にいて子どものころからダム事業をみてきたが、いまの生活がかかっている」
 住民の支援活動に取り組む市民団体「八ッ場あしたの会」事務局長の渡辺洋子さん(50)は地元が置かれた状況を「蛇の生殺し状態」と例えた。
 「ダムに賛成か反対かの議論ではなく、ダムができなければ将来の生活が見通せないというところまで地域は追い込まれた。なのに補償問題は進まない。」

国は続行に固執
 川辺川ダムの建設中心地となる熊本県五木村は「五木の子守唄」で知られる。八ッ場と同じように完成の見通しは立っていない。
 川辺川ダム計画に反対する市民団体の代表を務める中島康さん(67)はおびえていた。
 「混乱と対立がまた繰り返されるのではないか」
 3月の熊本県知事選で当選した樺嶋郁夫・元東大法学部教授(61)が第三者委員会を東京で開いて川辺川ダムの建設の是非を9月までに判断すると表明したからだ。
 潮谷義子・前知事時代の01~03年、ダムの是非を問う住民討論集会が9回開かれた。潮谷前知事は「中立」を貫いたが、その姿勢は推進派と反対派の深刻な対立を緩和させたという評価もされている。
 「反対意見も賛成意見も平行線をたどり、もう議論は尽くされている」
 国交省が計画続行にかたくなな姿勢をとる以上、地元がとれる抵抗策は「事業の中断」しかない。それが崩れるのではないかというのが中島さんの懸念だ。
 「借地の住民に補償金を積むために植木にまで高額の値段がつけられた。ポンとカネを積まれれば生活が苦しい家族はころっとくる。国はそうやって地元住民を追い込んできた。」
 ダム下流の人吉市の元市議で、反対運動を続ける漁具店経営吉村勝徳さん(60)は問題の根深さをそう語った。

善良な地域住民犠牲に 嵐が強まるなら断念を  中止した片山前知事に聞く

 必要性を失ったダム計画をやめるにはどうしたらいいのか。県営ではあるが、計画が中止された成功例に挙げられる中部ダムをとめた片山善博・前鳥取県知事に聞いた。(中川史)

 ーきっかけはなんだったんですか。
 「変だなと感じたのは治水面でダム建設の方が河川改修より安いという説明。『ダム140億円、河川改修147億円』との計画案だったが、担当部長に再調査を求めると、ダムはいまの工法に換えると『約230億円』、河川改修はデラックスな工法にすればいくらでも増やせるらしく、必要最低限の工事に絞ると『30億円』かからないという。これを公表した」
 ー県の部長といっても建設省(当時)からの出向でした。事業を推進したい側がよく正直に答えましたね。
 「部長には『いまなら猶予を与えるが、万一あとでダムの方が高いとわかったら承知しない』とだけ言った」
 ー中止の表明後、地元からは突き上げられました。
 「『おれたちをこんなに苦しめ、いまさらなんだ』『あんたの首を絞めてやりたいくらいだ』と言われた。ムラ社会で原理原則を捨てずに生きるのはつらい。役場が籠絡され、地域の善良な人たちが切り崩される。行政が圧力をかけ、最後まで踏ん張っていた人たちも『立ち退くしかない』と落ちる。地元は『権力に力ずくで押さえ込まれたから賛成に回った』と心のバランスを取っている」
 ー片山さん以前の県政時代でしたが、『圧力』とは。
 「干ぼしにする。地域の補助事業を一切やらない。『ダムに沈むんだから』と。農道は古く、公民館も幽霊屋敷みたいでぼろぼろだった」
 ーそんな地元をどう説得したのですか。
 「『10年たったらダムを造らなくてよかったな、と言える村づくりをしましょう。県も精いっぱいお手伝いします』と訴えた。家の新改築費として300万円を限度に出した。反対意見もあったが、それぐらいは迷惑料だ」
 ー不必要な事業をとめる手立てはありますか。
 「値の張る巨大事業は国会が予算審議をしっかりやることだ。最初は何百万円とかの調査費で始まるから見過ごされ、熟度が増してきたときには既成事実になっている。政治がもっとちゃんとしなければいけない。登山と同じで嵐が強まると思ったら、やめる方が犠牲は少ない」

キーワード
 八ッ場ダム 群馬県長野原町を流れる利根川支流の吾妻川に計画。首都圏の水を確保し、利根川の洪水を防ぐのが目的。340戸が水没する。52年に計画が浮上したが、地元の反発で一時中止になり65年に再び計画が持ち上がった。完成時期は当初00年度を予定したが、2度変更して15年度に。総事業費は国内最高額の4600億円。

 川辺川ダム 66年に計画発表された。当初350億円だった事業費は2650億円に膨らんだ。農家からの同意取得に不正があったとして03年の川辺川利水訴訟で農林水産省が敗訴。07年に発電が撤退し、利水も休止が決定。治水専用として計画変更作業が進んでいる。建設地となる約550戸の移転はほぼ終わっている。

 中部ダム 鳥取県中部の加茂川上流に計画された県営ダム。予備調査が始まったのは73年度。洪水対策と下流自治体の水道水確保が目的で、流域人口や水道利用が将来増えるという想定だった。総事業費は230億円で、22世帯が水没する予定だった。
 だが、着工できないなか、水利用の計画は縮小し、洪水対策も堤防改修の方が安くつくとわかり、00年に当時の片山善博知事が事業を中止した。県は住宅新改築費助成などの名目で地元に100億円を超す「補償金」を出し、建設費の半分近い90億円の負担を浮かした。