2008年7月12日 朝日新聞群馬版より転載
「生活再建へ道筋必要 街潤う方法 一丸で考えるー川原湯温泉観光協会会長 樋田省三氏に聞く」
ー地元にとって、八ッ場ダムはどのような存在ですか。
ダム計画の公表から50年、60年の間、ずっと生活を脅かされ続けてきた。「(ダムが)できるぞ、できるぞ」と言われて、できないことほどつらいことはありません。お客さんに「いつできるんですか」と聞かれるが、こっちが知りたい。「いつできるのか」と。生活がかかっていなければ、ダムに反対していたかもしれません。なんで、こんなに住民が苦しまなければいけないのか。
ーダムに反対する政治家や市民グループは、ダムの建設と生活再建を切り離し、生活再建は立法措置で対応すると主張しています。
私たちにとっては、ダムの建設と生活再建は車の両輪のようなもの。切り離すと言っても、法が整備されていない状況で手法だけ主張されても困る。一番大事なのは時間で、ダム工事による生活再建事業が早ければそっちが正解だし、立法措置による生活再建が早ければそっちが正解なんです。ダムの建設は止めてもかまわない。我々が生きていく道筋をつけてくれれば。政治のパフォーマンスに利用することだけはしてほしくない。
ー行政にのぞむことは。
川原湯の現状を何とかしてほしい。空き地だらけで、観光地としての体裁をなさなくなってきている。老朽化が進んで雨漏りのするような建物も少なくない。県は補修のために借りる金の利子を補給してくれると言うが、元金は返さないといけない。いずれ移転しなければいけない私たちにしてみれば余計な出費です。ダムの完成が5年先延ばしになったが、この5年というのはとても長いし大きい。
ー温泉街の移転について。
何よりも、川原湯全体が潤う方法を考えないとだめだ。そのためには、私たちが一枚岩にならなければいけない。例えば、せめて温泉街の一部だけでも歩行者と車を分離し、客がのんびり散策できるようにはしたい。
わかってほしいのは、今の場所を離れたくて離れるわけじゃないということ。どんなにぼろでも、生まれてこのかた四十数年育った自分の家を、事情もなしに自分から後にしようと思う人はいない。それを壊して、新しく生まれ変わって歩き出そうと、不退転の気持ちで移転を決めた。希望もあるが、不安もある。それでも、未来に目を向けて歩いていくほかはない。(聞き手・乳井泰彦) =随時掲載