「中止の戸倉ダム、地元振興事業終了へ」(読売新聞)

 群馬県の片品村に計画された利根川水系の戸倉ダムは、2003年12月に中止されました。これは同時期に発表された八ッ場ダムの事業費倍増を受け、負担に耐えかねた下流都県が戸倉ダムからの撤退を決めたことが契機だったとされています。戸倉ダム予定地のその後を追った記事を転載します。

2008年11月14日 読売新聞群馬版より転載

[ニュース断面]中止の戸倉ダム、地元振興事業終了へ…=群馬

 ◆施設充実、維持に課題 野球場、つり橋… 

 片品村の戸倉ダム事業が、2003年12月に中止が決まってから5年。ダム関連の地元振興事業は今年度で終了し、村は20日に有識者らからなる委員会を設け、事後評価に乗り出す。地元振興事業は、地域に何を残したのか――。戸倉地区を歩いた。(田島大志)

 11月上旬、アーチを描いた巨大な吊り橋がかかる片品川は紅葉に染まっていた。その奥にはアスファルトで整備された公園が広がり、「尾瀬ぷらり館」の看板がかかるコンクリートの真新しい建物が存在感を放つ。2年半ぶりに訪ねた戸倉地区は、見違えるように変わっていた。
 「地元の人が望んでいたものが、ほぼそろった。期待以上だ」。中止決定時、地元住民によるダム対策委員長として難局を経験した萩原一志さん(52)の表情は思いの外、明るかった。

 中止決定後、第三者委員会での検討を経て「地元補償」の意味合いから国や下流都県が負担する形で、約20億円の地域振興事業実施が決定。情報発信・交流拠点となる施設「ぷらり館」を始め、有料駐車場、野球場、サッカー場、テニスコート、公園、遊歩道、つり橋、下水道などの整備が進められた。一部施設の運用はすでに始まっている。
 施設は、指定管理者制度により、行政区の「戸倉区」が運営主となる。スポーツ施設が一部オープンした2年前から、住民の手で施設運営のノウハウをゼロから練り上げてきた。

 村が今月まとめた事後評価原案では、スポーツ施設の利用者は03年の1378人から、今年度4620人に急増。減少傾向だった宿泊者も昨年度は合宿利用が増え、久々に増加に転じた。村の調査に「魅力ある観光地作りが期待できる」と答えた戸倉の住民は65%に上った。千明金造村長も「住民の自立的な運営が成功している」と評価する。
 来春には、1階に尾瀬の資料館、2階に会議・研修フロアを備える「ぷらり館」がオープン。温泉施設も併設し、住民が新たに職員となって常駐し、本格的に運用を始める。

 一方、来年度以降は巨費が投じられたダム関連の予算はゼロとなり、県などからの村への出向職員も引き上げる見込みだ。住民にとっては、「自立」に向けた真の出発点となるが、希望ばかりでもない。

 村の事後評価原案では、中止時の計画に掲げた「日帰り、宿泊客数」「尾瀬入山者数」「大清水口利用率」「下水道接続率」の今年度の数値目標のうち、下水道以外は、すべて達成不能の見通しだ。PR費用は限られており、観光客への周知は大きな課題となる。
 整備に巨額を投じた施設の維持にかかる手間や費用も、すべて住民の肩にのしかかってくる。

 施設運営委員会事業部長として今後の展望を描く萩原さんは、「今はいいが、5年後、10年後、どう維持していくか。住民のアイデア、熱意、そして人材が不可欠」と語った。
 施設には、ダム中止の経緯を紹介する展示コーナーを設ける予定だ。「子どもたちが『施設があって当たり前』と思ったら続けられない。そうならないよう、ダムを語り継いでいかないと」。萩原さんはそう付け加えた。
 
 〈戸倉ダム〉
 主に埼玉県、東京都の水道用水と、利根川水系の洪水調節のため、総貯水量9200万立方メートルの重力式ダムとして計画された。水資源機構の事業で、総事業費は1230億円。しかし、1996年に周辺でクマタカの営巣が確認され、工事が約5年間中断。その後は2008年度の完成を見込んでいたが、03年12月、事業費を負担していた埼玉県が突然、事業からの撤退を表明し、東京都なども追随、中止が決まった。