八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

八ッ場ダム代替地の安全性について

 八ッ場ダム事業の一環として造成工事が進められている代替地の安全性の問題について、八ッ場あしたの会では現地での学習会、前原国交大臣への要請書などを通じて問題を指摘してきましたが、このほど東京新聞にこの問題についての記事が掲載されましたので、転載します。

 八ッ場ダムの代替地の問題についての情報は、こちらに掲載しています。↓
https://yamba-net.org/wp/modules/genchi/index.php?content_id=18

◆2010年5月15日 東京新聞「こちら特報部」より転載
 ー八ッ場代替地 地滑り大丈夫? 緩い勾配値で計算 盛り土設計のり面検証せずー

 鳩山政権が建設中止を打ちだした八ッ場ダム(群馬県長野原町)。水没予定地住民の移転先として整備中の代替地の安全性に、疑問の声が上がり始めた。市民団体や専門家が、安全性の根拠となる国土交通省の資料を調べた結果、ずさんな点が明るみに。浅間山のふもとに当たる地域全体の地滑りの危険性も指摘している。

 新緑の山々に囲まれた「川原湯地区代替地」。
 ダムができれば水没する予定の川原湯温泉街の住民らが移る場所で、温泉街に近い東側の山を切り開いたり、盛り土をしたりして造成中だ。
 代替地は約十万平方㍍と広いが、傾斜地に造られた上、盛り土は深いところで三十㍍もある。その安全を保つには、のり面で支える必要があり、十分な検討が必要だ。
 国交省が安全性を検証した資料とするのが「川原湯(打越)地区代替地造成実施設計業務報告書」だ。それによると、のり面勾配の安全性を「2.5~2.0」で計算した結果、ダム完成時の勾配を「2.5」で設計すると明記している。
 「2.5」とは高さ1に対し、水平方向に2.5の二点を結んだ傾斜。勾配が小さいほど急で、大きいと緩やかとなる。同地区代替地ののり面工事は、勾配「2.5」で造られる。

 ところが市民団体「水源開発問題全国連絡会」の嶋津暉之共同代表が情報公開で報告書を入手し、専門家と分析したところ、計算に用いられた勾配は、より緩やかな「2.8」であることが分かった。
 のり面勾配が緩やかなほど、代替地を支える力が強くなる。緩い勾「2.8」で計算しているとすれば、設計・施工される、より急な勾配「2.5」の安全性は確認できているのだろうか。
 
 この疑問を、国交省関東地方整備局にぶつけた。担当者は、安全性を計算する際に「2.8」を使ったことを認めた。
 その上で、実際には「2.5」勾配部分と、水平な「小段」とを組み合わせて設計・施工する。だが、安全性を計算する際には「小段付きのり面」をならした「2.8」の勾配を用いたという。
 「小段付きのり面」と直線のり面の安全性に差はあるのか。担当者は「安全性を判断するにあたって、影響のある数字ではない」と強調する。

 「安全性確認」国交省は強調
 また、報告書に示された座標のデータと図面が一致しないことも判明した。国交省側は「間違った座標を報告書に掲載してしまった」とずさんさを認める一方で、「図面で安全性を確認できる」と繰り返す。
 さらに嶋津氏らは、のり面の「安全率」を、大規模な宅地造成の際に用いられる「宅地防災マニュアル」が求める基準よりも低い基準で設定され、耐震性の検証が不十分な点も問題視する。マニュアルは二〇〇四年の新潟県中越地震を機に改正された。
 国交省の担当者は「宅地防災マニュアルは造成完了後でないと適用されない。同代替地の安全率は河川砂防技術基準を満たしている」と説明し、問題ないとの立場だ。

 地下水影響考慮を 排水詰まれば土中に水の道 谷に戻る動きも
 しかし、国交省八ッ場ダム工事事務所のホームページには、代替地の安全性について「宅地防災マニュアル等指針等に基づき設計されている」と明記しており、同省担当者の説明と食い違う。
 担当者は「『等』の中に河川砂防技術基準も含まれている。マニュアルはのり面の安全率ではなく、(地下水のため代替地の盛り土内に設けた)排水設備を考える際に参考にした」と答えている。

 こうした説明に、専門家らは首をかしげる。
 東京都立大(現・首都大学東京)元教授の湯浅欽史氏(土質工学)は報告書が、実際に設計される「小段付きののり面」の安全性を計算していない点を問題視する。
 「小段付きで設計・施工するならば、その形状での安全性を計算し、明示しなければならない。ならした直線ののり面で安全が確認できるというが、ならばそう計算したと明記すべきだ」
 「安全率」をめぐる説明についても「代替地は完成後、住宅として使用されることは分かっている。最初からマニュアルに適合するよう設計するのが当然」と指摘する。

 京都大防災研究所の元教官で、八ッ場ダム予定地の現地調査も行なった中川鮮氏は、「代替地には排水施設があり、地下水の影響はない」とする国交省の説明に反論する。
 「この代替地は何本もの谷を埋めて造られている。排水パイプが詰まったり、パイプに到達しない水があったりすると、盛り土の中に新たな水の通り道ができ、元の谷の形に戻ろうとする」ため、地下水の影響は考慮すべきだというのだ。

 そもそも代替地建設現場を含め、ダムサイトやダム湖ができる予定だった場所は、これまでも地滑りの危険性が指摘されてきた。一帯について地滑りの研究を続けている奥西一夫・京都大名誉教授は「種類、数とも多い『地滑りのデパート』のような地域だ」と語る。
 奥西氏や地元の地質研究家によると、この吾妻川流域は数十万年前に、安山岩など火山性地盤が急激に隆起した場所で、地盤には無数のひび割れが走る。その上に二万四千年前の浅間山などの噴火による「応桑岩屑なだれ」の堆積物が載る。

 「火山性地盤 各地に危険」
 この火山性地盤が、地中内の熱水などにより粘土化したり、風化が進んだりして弱くなる。岩屑なだれ堆積物の重みも加わり、地滑りが起こりやすくなるという。
 国交省は同地区で地滑りの可能性がある二十二カ所の安全性を調査したが、対策が必要なのは三カ所だと結論づけた。
 奥西氏は「ダムが完成して水が張らないとすれば、危険性が急激に高まらないかもしれないが、この地域は各地で地滑りの危険性がある」と、三カ所に限らず、代替地周辺での監視や地滑り対策の必要性を強調する。

 中川氏は特に、川原湯地区代替地の対岸にある「川原畑地区代替地」を例に安全性について警鐘を鳴らす。付け替え国道145号の北側のり面は強化のために無数のグラウンドアンカーやロックボルトが打ち込まれ、一部は赤茶けている。
 中川氏は「酸性土の影響で鉄製の構造物からさびが出ているのだろう。アンカーなどは十~二十年は持つだろうが、永久に安全なわけではない」と話し、奥西氏と同様に代替地の監視のほか、住民や観光客に情報を提供するハザードマップの作成を訴えている。

 デスクメモ
 一七八三年の天明の大噴火。火砕流などは群馬側を襲い、爆発の震動で大規模な土石なだれが発生。吾妻川に流れ込み、天然ダムが決壊し、大洪水の死者は千五百人も。住民は先人の惨事を承知でダムを受け入れただろう。建設中止でも危険は残るという。国は疑問に応え、安全管理を尽くすべきだ。(呂)