八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

利根川の最大流量検証 ダム行政覆す可能性

 八ッ場ダム計画の目的の一つである「治水」の根拠に科学的な裏づけがないことを指摘する記事です。

2010年12月6日 朝日新聞群馬版より転載
http://mytown.asahi.com/gunma/news.php?k_id=10000581012060002

 利根川の最大流量検証 ダム行政覆す可能性

 八ツ場ダム(長野原町)の必要性の根拠となってきた利根川水系の「基本高水(き・ほん・たか・みず)」の検証が注目を集めている。大洪水が起きた時に想定される最大流量で、馬淵澄夫国土交通相が再計算を命じた。基本高水の数値が大きいほど洪水を抑える対策が求められるため、再計算の結果は、八ツ場ダム建設の是非にとどまらず、ダム行政を根本から覆す可能性がある。(菅野雄介、歌野清一郎)

 「国交省が使っている現行の計算式では数字の操作とごまかしが入る」
 東京・水道橋で4日、「あばかれた利根川洪水の神話」と題した集会があり、講演で拓殖大の関良基准教授(森林政策学)は、国交省が森林の保水機能を過小に評価する一方、降雨の流出量を過大に評価し、基本高水の数値が大きくなったと指摘。「過去の実績で最大の流量を基準に治水対策を行うのが最も合理的だ」と述べた。

 集会は、八ツ場ダム建設反対の立場から、事業に加わる6都県に対し、建設負担金の支出差し止めを求める広域住民訴訟を起こした団体が主催した。今年7月までに一審判決が出た東京、前橋、水戸、千葉、さいたまの5地裁でいずれも敗れているが、集会の雰囲気は明るかった。住民訴訟で問題提起してきた基本高水の見直しに馬淵国交相が踏み込んだためだ。

 利根川水系の基本高水は200年に1度の洪水を想定し、1947年のカスリーン台風をモデルとする。中流の伊勢崎市八斗島(やっ・た・じま)地点で毎秒2万2千トンが流れるとされる。

 だが、カスリーン台風時の八斗島の流量の観測記録はない。今の基本高水は過去の雨量や支流から本流へ流れ込む水量などから推計した値で、台風を受けて49年に定めた際は1万7千トンだった。80年に旧建設省が「八斗島の上流の堤防整備が進んで下流に到達する水が増えた」として5千トンを上乗せした。

 過去50年の実測値で八斗島の最大流量は、98年の台風10号の時の毎秒9222トン。2万2千トンの半分以下だ。
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 前原誠司・前国交相は「治水の哲学を変える」として基本高水をやり玉に挙げた。だが前原氏が設けた有識者会議は、検証の手順や基準づくりを優先し、基本高水の議論には踏み込まなかった。

 後任の馬淵国交相は、利根川水系の河川整備基本方針を定めるため2005年度に策定された検討報告書の中で、基本高水を具体的に検討した経緯すら見当たらないと気づいた。副大臣の時から「何らかの糸口で見直せないか調べていた」という。

 ダム建設を推し進めてきた国交省幹部の一人は言う。「基本高水は我々のアキレス腱(けん)。見直せばすべての川で仕事の見直しが必要になる。何とか有識者会議からも守りきったのに大臣にひっくり返されるとは……」

 馬淵国交相は11月12日の衆院国土交通委員会で「建設を要望される方も、反対される方も、皆さん方に納得できる形で検証を進めるべきだと思っている。その意味で、基本高水の見直しというものは極めて重要だと思っている」と答弁した。
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 八ツ場ダムの建設の是非を考える検証で前提となるのは、200年に1度の洪水を想定した基本高水よりも流量が少ない50年に1度起きるレベルの洪水だ。

 検証作業で国は、ダムに頼らない前提で治水対策の代案を練る。国の有識者会議が検討を促したダム以外の治水手法は25パターンあり、利根川に適した手法を組み合わせて複数の代案を用意する。

 堤防のかさ上げや川底の掘削といった河川改修、既存ダムのかさ上げ、発電専用ダムの運用見直しなどがある。こうした代案に求められるレベルが、基本高水見直しで引き下げられる可能性がある。

 その上で、ダムを造った場合とダム以外の治水案を、コストや実現性、環境への影響といった点から比較する。

 今回は国の財政難を受け、コストが重視される。八ツ場ダムは建設事業費4600億円のうち、すでに7割を使った。残る予算との比較では「ダム継続が有利」との見方が国交省内に根強い。一方で未完成の代替地や相次ぐ追加工事などを理由に「残る1千億円余ではダムは完成しない。予算枠で考えるべきではない」との指摘もある。

(写真)利根川の治水基準点付近。烏川(写真左奥)が合流する=伊勢崎市八斗島