八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

工期延長と事業費増額(国交省公表資料の分析)

2011年1月16日  
 国交省は一昨日(1月14日)、八ッ場ダム事業を継続した場合、工期を平成27年度から平成30年度に延長する必要があり、事業費も増額の可能性があることを公表しました。 
 これは一昨日開催された八ッ場ダム検証のための「関係地方公共団体からなる検討の場」で試算結果として明らかにされたものです。同省関東地方整備局のホームページに配布資料として掲載されています。

http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000018897.pdf  

 ダムの工期延長や事業費増額は、ダム計画の変更を必要とします。「小さく産んで大きく育てる」といわれるダム事業では、計画変更は珍しいことではありませんが、八ッ場ダムの場合、計画変更には、国交省から関係都県知事への意見照会、各知事は各都県議会の採決を経て計画変更を了承するという手続きが必要です。 
 八ッ場ダム計画はこれまで、2000年の工期延長、2004年の事業費増額、2008年の工期再延長と三度の計画変更があり、そのたびに各都県議会で計画の杜撰さがクローズアップされ、ダム計画に反対する声が高まってきました。中でも、与野党が拮抗している都議会では、前回2008年の計画変更の際、僅差でようやく計画変更が採決されたという経緯があり、2009年の選挙で与野党が逆転したことにより、今後の計画変更の採決は難航が予想されます。
  
 2008年の計画変更の際、関係都県では今後二度と計画変更がないよう、国交省に釘を刺しました。この時、関係都県は共同で八ッ場ダムの現地視察を行い、国交省の説明を聞いて計画変更を受け入れたのですが、国交省の説明を鵜呑みにせず、自ら客観的な検証を行えば、さらなる工期延長、事業費増額が必至との見通しが立ったはずです。 関係都県知事は政権交代後、はじめて揃って現地視察を行い、さらに昨秋も現地視察して、「ここまで工事が進んでいるのだから、中止はありえない」趣旨の発言をしていますが、これも国交省の説明を鵜呑みにして、事業の難航を見通せないのか、見て見ぬふりをしているからに他なりません。 

 もう二度と計画変更はないとしてきた国交省は、苦肉の策として、政権交代を口実にすることを考えたようです。14日の説明では、民主党政権によるダム本体工事の凍結が工期延長と事業費増額の理由とされました。これに対して各都県は、事業費を増額するのであれば、国の責任において国が負担すべきだと強く主張しました。
 八ッ場ダムを推進してきた国交省関東地方整備局と関係都県は、自らの当事者責任を回避するために、政権交代が工期延長や事業費増額の原因だと説明し、責任をすべて民主党政権に押し付けようとしているようです。東京都などは、「事業費増額の負担は受け入れられない。この責任は国にあるのだから、国が負担を負うべきだ」と主張しており、東京都議会での計画変更受け入れ採決の難しさを見越して、ダム事業継続を容易にしたいとの意図も透けて見えます。
 けれども公表資料をよく読むと、国交省と関係都県によって仕組まれたお芝居でカモフラージュされた事実が浮かび上がってきます。

 以下に、工期と事業費について、国交省の公表資料から読み取れる事実をお伝えします。

◆工期(国土交通省関東地方整備局の資料より)  
 2015年度末完成が2018年度末完成へ  

~各行程の期間~  
 ダム本体工事  契約手続き(公告→契約) 9ヵ月  
 転流工              9ヵ月   
 本体掘削            2年弱  
 堤体工              3年3ヵ月強  
 試験湛水            6ヵ月  
– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –   
      計               7年3ヵ月  

 関連工事等  付替鉄道            1年9ヵ月  
 付替国道・県道・町道    事業完了までに付替完了  
 代替地             本体打設開始まで(3年半弱)に移転終了  

 八ッ場ダムの検証は今秋に結論が出る予定です。検証の結果、八ッ場ダム事業が継続される場合は、2011年度の終わりがダム本体工事の始まりになりますので、完成は2018年度末になります。 

 上記の試算は政権交代後の中止方針で遅れが生じたようにつくられていますが、実際には中止方針がなくても、工期の延長は必至でした。 
 事業遅延の最大の原因は、用地買収の難航による付替鉄道の工事の遅れです。 
 2015年度末にダム完成とする現在の事業工程では、付替鉄道を2010年度末に完成させて現鉄道を廃止し、その上でダム本体の本格的な掘削工事を行うことになっていました。八ッ場ダムはダムサイト予定地を鉄道、国道が通っているという特殊条件を抱えており、これらを廃止しないと、本格的なダム本体の掘削工事を始めることができないからです。  

 上記の試算では、付替鉄道の完成は2011年度の終わりから1年9ヵ月ですから、2013年度の後半ということになり、約3年の遅れです。付替国道も未供用区間は現鉄道と交差するところがあって、現鉄道が廃止されないと、完成させることができません。 
 付替鉄道は民主党政権が発足した2009年9月の八ッ場ダム中止方針後も従前どおり工事が行われてきていますから、その遅れは中止方針とは関係ありません。付替鉄道の約3年の遅れは、今回の試算によるダム完成の3年遅れと符号します。上記の試算で、すでに工事が終っているはずの転流工に9ヶ月の期間が見込まれているのも、工期延長の辻褄合わせのために、入れたものかもしれません。 
 国交省は付替鉄道などの関連工事の遅れにより工期を延長せざるを得ないという事実を伏せたいようです。付替鉄道は用地買収がまだ終っていませんので、さらに工期が延びる可能性があります。
 
 工期の延長は、ダム事業継続を求め、ダム湖観光に期待している地元の人々にとって深刻な問題です。仮にダム事業が継続になっても、ダム湖ができるのは、今から8年後になってしまいます。また、地元の長野原町は、ダム湖予定地の住民が減少し、税収が減少した埋め合わせとして、ダム完成後、国が継続的に支払う交付金を予定していますが、工期延期により、たとえダム本体工事にゴーサインが出たとしても国からの交付金の支払いは先延ばしになります。
 
 民主党政権はダム推進派の意のままに八ッ場ダムの建設を前提とした「生活再建関連事業」を継続し、長野原町長らはこれを評価していますが、この間もダム予定地は衰退の一途をたどっています。いつになったら国交省は本当の地元支援に取り組むのでしょうか?

◆事業費の試算結果(国交省関東地方整備局の資料より)

・減額分 2010年度時点で事業費を計算すると、4578.3億円。
 計画の4600億円に対して21.7億円の減額 (契約実績や物価変動等による)

 ・増額分 工事中断と工期遅延(3年)に伴う増額  55.3億円

  新聞報道は以上のことしか触れていませんが、試算結果の表(3ページ)の〔注〕に重要なことが書いてあります。

 注2 堆砂計画の点検、「貯水池周辺の地すべり調査と対策に関する技術指針(案)・同解説」の改訂に伴う追加的な地すべり対策の必要性の点検、「宅地造成等規制法」の改正に伴う追加的な代替地の安全対策の必要性の点検の結果、事業費の変動があり得ます。

—–転載終わり

 上記は、私たちが主張してきた地すべり対策や代替地の安全性確保のために、事業費が増加される可能性があることを物語っています。

 注2にある「堆砂計画の点検」は、現在の八ッ場ダム計画の堆砂見込み量が過小で、貯砂ダム(あまり効果はない)など、堆砂を抑制するための追加工事が増えることを示唆しています。

 更に、注6,7には代替地の整備についての記述があります。

 注6:現計画事業費及び点検後事業費には、代替地整備費は含みません。
 注7:代替地整備費を含むH21迄実施済み額は、3,425.8億円です。

 代替地整備費を除くH21迄実施済み額は、3330.4億円となっていますから、H(平成)21年までの代替地整備費は約95億円になります。

 代替地の造成はダム事業費とは別枠で行われるもので、その整備費用は本来は分譲地の売却で対応することになっています。しかし、八ッ場ダムの代替地は山を切り崩したり、谷を埋め立てて造成するものですから、費用が嵩み、分譲価格は周辺地価よりはるかに高額であるものの、分譲地の売却だけではとても対応できないと考えられます。結局、その不足額はダム事業費から出さざるを得ません。

 このように、今回の試算結果は、事業を継続すれば、地すべり対策、代替地の補強工事、堆砂対策工事、代替地造成費用の負担などで事業費が膨れ上がっていくことを示唆しています。

☆国交省の資料(上記の国交省ホームページ掲載資料3ページ)は、大切な説明が「注」に列挙されており、わかりにくいものです。
http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000018897.pdf

 上記の資料3ページを見ると、事業費がマイナス21.7億円という数字が見えやすくなっています。表の右の方に52.5億円と2.8億円の増加金額が示されているのですが、国交省の説明のゆえか、これらの数字を見落としたのか、NHKは「事業費はほぼ変わらない」と報道し、中には21,7億円減額になることだけを伝えた新聞もありました。
 「注4」を見ると、「今後の不測の事態(気象、地盤条件等)の備えとして、平成19年度の事業費精査により生じた約18億円が含まれている金額です。」とあります。これは、マイナス21,7億円に、「今後の不測の事態」のための予算を含んでいることを示しています。マイナス21.7億円の大半は、不測の事態への備えの取り崩し、ということになります。
 当日、取材したジャーナリストのまさのあつこさんが、国交省が「不測の事態への備えを取り崩す理由を、思ったより地質がよかったからと記者らに説明したことをブログで伝えています。
 ↓
http://dam-diary2.cocolog-nifty.com/blog/

 国交省の説明に疑問を持たなければ、こうした説明に騙されるかもしれません。けれども、八ッ場ダム計画のこれまでの経過を辿れば、国交省がこれまで何度も「地質が思ったよりよかった」と説明しており、その説明に根拠が無いこともわかります。まさのさんが、「その根拠は?」とすかさず尋ねたのは、このためです。
 2008年の計画変更でダムの工期が2010年度から2015年度に延長された時、国交省は事業費は増えないと説明しました。「思ったより地質がよかったから」本体工事費を縮減できるとの説明でした。付替国道などの関連事業費が膨張したツケで、まだ手をつけていない本体工事費を縮減することで辻褄を合わせたのです。その結果がどうなるかは、国交省が国民を騙しとおし、ダム本体工事が着工されれば、いずれ明らかになるでしょう。