八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

日本学術会議の「基本高水」公開説明会

2011年10月2日

 河川工学の専門用語である「基本高水」は、ダム行政の”憲法”ともいわれ、ダム建設を推進するために高い数値が設定されてきたといわれています。八ッ場ダムの場合は、利根川の治水計画における「基本高水」が「治水」目的の根拠とされていますが、「基本高水」の科学的根拠も、「基本高水」を治水計画の中心に据える科学的根拠もあいまいであるため、「基本高水」には多くの疑問が投げかけられてきました。
 さる9月28日、日本学術会議が「基本高水」の検証結果についての公開説明会を開催しました。これまでの「基本高水」検証の経過は以下の通りです。

 昨秋、河野太郎衆院議員が国会で「基本高水」の問題を取り上げました。それを受けて、馬淵澄夫国交大臣が「基本高水」の根拠を調べようとしたところ、その資料が保存されていないことが判明したため、馬淵大臣は河川局に対して「基本高水」の再検証を指示しました。」
その後の政局の中で、国交省河川局長が日本学術会議に「基本高水」の検証を依頼したのは、馬淵大臣が退任する一日前の今年1月13日のことでした。
 「基本高水」の学術的な検証は、9月30日を期限として実施され、9月1日に回答が公表されました。回答結果は、国交省がこれまで採用してきた「基本高水」の数値がおおむね妥当であるとするものでした。
 さらに9月5日、国土交通省社会資本整備審議会河川分科会が開かれ、利根川の「基本高水」について日本学術会議の回答を踏まえた国交省の検討結果の説明が行われ、利根川の基本高水流量22000?/秒を変更する必要はないとの結論に達しました。この日の河川分科会では、日本学術会議で「基本高水」検証を行った小池俊雄委員長みずからが「基本高水流量を変える必要はない」と発言。この間、基本高水の非科学性が問題にされてきたのですが、一年をかけて結局、何も変わらなかったことになります。

〈参考〉日本学術会議のホームページより
http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/bunya/doboku/giji-kihontakamizu.html
 河川流出モデル・基本高水評価検討等分科会 議事次第

・河川局長から日本学術会議への依頼書  http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/bunya/doboku/takamizu/pdf/haifusiryou01-2.pdf

・分科会設置提案書
http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/bunya/doboku/takamizu/haifusiryou01.html
 検証委員名簿、審議事項、設置期間など

・「河川流出モデル・基本高水の検証に関する学術的な評価」(回答)
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/kohyo-21-k133.html

・社会資本整備審議会・河川分科会配布資料
http://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/mizukokudo03_sg_000048.html

 日本学術会議による9月28日の公開説明会は事前に申し込みをしたマスコミ、研究者、行政関係者、一般市民などが参加して開かれましたが、200席の会場は空席が目立ちました。委員による説明、質疑内容は録音、録画、カメラ撮影は冒頭以外は禁止でしたが、公開の説明会でなぜ参加者が内容を正確に記録することが禁じられるのか、その説明はありませんでした。この公開説明会の内容は、後ほど日本学術会議のホームページに掲載されるとのことです。

 委員による説明は専門分野の机上の検証が主で、全体として河川工学の素人(マスコミ、一般市民)にはわかりづらいものでした。けれども、その中には、検証するために必要な資料が国交省から提供されなかったという説明、期限が限られていたこともあって現地調査などは行わなかったとの説明もあり、そのような条件下で本当に日本学術会議に課せられた「科学的」な検証が可能であったのか、という疑問は払拭されせんでした。
 公開説明会で設定時間が設けられた質疑の中で、また説明会終了後のマスコミ取材では、検証結果の科学的根拠に関する質問が数多く出されました。小池俊雄委員長は検証結果は科学的に妥当であるとの検証結果を繰り返しつつ、「基本高水」検証の参考人であった利根川治水の第一人者であり大学の先輩でもある大熊孝新潟大学名誉教授の以下の見解について配慮していることを強調しました。

・カスリーン台風被害に関する現地調査の結果、利根川上流(治水基準点の群馬県伊勢崎市八斗島より上流)での氾濫は基本高水で想定されていたより遥かに少ないことが判明したこと。
・国交省が採用し、日本学術会議が正しいと認めた現在の利根川の基本高水に基づけば、利根川上流に八ッ場ダム以外にまだ数多くのダムを建設しなければならず、これは現実的ではないこと。

 小池委員長は次のように述べ、日本学術会議の検証はダム行政に責任をもつものではないとしました。
「私どもが依頼を受けたのは、基本高水の検証であって、八ッ場ダムの検証ではない。確かに、八ッ場ダム建設が現在の様な状況にあることを考えれば、利根川上流にさらに数多くのダムを建設することは現実的ではない、という大熊先生のご見解はその通りである。そうしたことから、回答結果に付帯意見をつけ、慎重な検討を行政に要請し、国交省の担当局長も検討すると答えた。」

 小池委員長が言及した「付帯意見」は、学術会議のホームページに掲載されている「回答結果」の「はじめに」に含まれており、該当箇所は以下の21ページにあります。以下、一部転載します。
 http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-k133-1-2.pdf

 「既往最大洪水流量の推定値、およびそれに近い値となる200年超過確率洪水流量の推定値と、実際に流れたとされる流量の推定値に大きな差があることを改めて認識したことを受けて、これらの推定値を現実の河川計画、管理の上でどのように用いるか、慎重な検討を要請する」

 回答結果の本文では、多くの数式を載せて科学的検証を行ったことをアピールしていますが、この付帯意見を見る限り、日本学術会議の回答結果は科学的根拠が曖昧なものであることを日本学術会議みずからが認めているように受け取れます。
 小池委員長が河川行政に対して「慎重な検討」を要請するという付帯意見を学者の良心に照らして実際に行うのであれば、河川行政の中心に位置する社会資本整備審議会河川分科会において、行政との軋轢にひるむことなく「慎重な検討」を要請する必要があるでしょう。
 福島原発事故以来、”御用学者”という言葉が知られるようになりました。原子力行政においても河川行政においても、”学識者”の責任はきわめて重いものがあります。

 関連記事を転載します。

◆2011年9月29日 朝日新聞群馬版
http://mytown.asahi.com/gunma/news.php?k_id=10000581109290001

 -利根川「基本高水」 「妥当」に疑問の声ー

 八ツ場ダム(長野原町)の建設根拠とされる利根川水系の「基本高水」について、専門家でつくる日本学術会議は28日、東京都内で一般向けの説明会を開き、約60人が参加した。「数値的に妥当」とした学術会議の評価に、ダム見直し派からは疑問の声が相次いだ。

 基本高水とは、洪水時に河川を流れる1秒間の最大水量。国は戦後、この値を減らすとしてダム建設を進めてきた。

 利根川の基本高水はカスリーン台風(1947年)を基準に、伊勢崎市八斗島で2万2千トンとされたが、昨年10月に算出根拠資料が国交省にないことが発覚。同省は近年の雨量や流量を踏まえて2万1100トンと再計算し、日本学術会議で検証した。

 この日の説明会では、分科会の小池俊雄委員長(東大大学院教授)らが複数の算出方法を示した上で、国交省の再計算を妥当と判断したと説明。だが参加者からは疑問の声が相次いだ。

 問題研究家の嶋津暉之さんは「学術会議の検証は森林の持つ保水力を軽視している」と指摘。また、「過去の洪水での実際の流量は基本高水を大きく下回る。国や学術会議は合理的な説明をしていない」との批判も上がった。

 説明会後の取材に対し、小池委員長は「(ダム建設で)合意を得ていくには大きな壁がある。実行可能な治水対策についても考えていくべきだ」と話した。(遠藤隆史、小林誠一)

◆2011年9月29日 毎日新聞群馬版
http://mainichi.jp/area/gunma/news/20110929ddlk10010218000c.html

 -八ッ場ダム・流転の行方:洪水対策の基準「検証が不十分」-学術会議説明会 /群馬ー

 八ッ場ダムについて治水目的の根拠となる利根川の基本高水を検証する日本学術会議河川流出モデル・基本高水評価検討等分科会は28日、東京都内で一般向け説明会を開いた。国交省の再試算を「妥当」とした同分科会の説明に対し、出席者から「検証は不十分」などの声が相次いだ。

 洪水対策の基準となる基本高水を巡り、同省は政権交代前に毎秒2万2000立方メートルとしていたが、事業見直しを受け今年1月に同分科会へ検証を依頼。同分科会は同省に再試算を求め、従来値とほぼ変わらない毎秒約2万1100立方メートルを「妥当」と認めた。今月末で活動を終了する。

 説明会で基本高水の算定根拠となったカスリーン台風(1947年)の際、利根川の最大流量は毎秒1万7000立方メートルと推測されることについて「(再試算より少ない)4000トンの差は?」との質問があった。

 分科会は「氾濫の影響が考えられるが、確かなデータがなく議論は不可能」と回答するにとどまり「自ら(データを)集めて検証しなかったのか」との批判も寄せられた。【奥山はるな】

◆2011年10月5日 朝日新聞群馬版
http://mytown.asahi.com/gunma/news.php?k_id=10000581110050001

 八ツ場ダム(長野原町)建設の根拠とされてきた「基本高水」の数値について、科学者でつくる日本学術会議は、国土交通省が再計算した数値を「妥当」と判断した。だがこの数値を疑う専門家もいる。そもそも基本高水とは何か。Q&Aで読み解いた。

Q 基本高水って何?

A 洪水時に河川を流れる1秒間の水量のことだ。国は戦後、この値を減らすようダム建設や河川改修を進めてきた。国内最大の流域面積を持つ利根川の場合、埼玉県境に位置し、本流と支流が合流する伊勢崎市八斗島(やっ・た・じま)町が、基本高水をみる最重要地点とされている。

Q 八ツ場ダム計画とどう関係があるの?

A 1947年のカスリーン台風では、利根川の堤防が決壊するなどして6都県で約1100人が亡くなった。八斗島の観測所は流され、実際の流量は分からないが、国は後に1万7千トンと推定。上流にダムを造って洪水を防ごうとし、52年に構想が表面化したのが八ツ場ダムだ。80年には200年に1度の洪水に備えるとして、八斗島の基本高水は2万2千トンと設定された。

Q なぜ、日本学術会議は説明会を開いたの?

A 基本高水の数値に疑問が生じたからだ。馬淵澄夫国交相(当時)は2010年10月、算出の根拠資料が国交省内にないと明かした。指示を受けた国交省は近年の雨量や流量を踏まえ、2万1100トンと再計算。検証を依頼された学術会議は9月、「妥当」と回答し、国民の疑問に答える場として説明会を開いた。

Q 「妥当」と判断されたのなら、問題ないの?

A そうとも言えない。基本高水の算出には、洪水の発生確率や降雨時間といった様々なデータが使われるほか、用いる係数に選択や判断が入るため、これまでも専門家の間で計算結果が論争になってきた。実際、国交省関東地方整備局は6月、河川整備計画相当の目標流量として1万7千トンという新たな数字を出した。

Q 何が問題になっているの?

A 学術会議に参考人として呼ばれた拓殖大学の関良基准教授(森林政策学)は「国交省は森林の持つ保水力を無視し、意図的に数字を操作している」と主張する。カスリーン台風当時は、戦中の乱伐や燃料需要で、山に樹木がなかったからだ。さらに、整備局の試算でも八ツ場ダムの洪水調節の効果は3~51%に過ぎず、「治水対策は堤防整備や河道改修が王道。ダムに大きな効果はない」とする専門家は少なくない。(小林誠一)

(写真)八斗島は利根川本流と烏川が合流し、国土交通省の観測所がある。対岸は埼玉県本庄市だ=伊勢崎市八斗島町