2011年12月27日
12月22日のNHK午後11時50分~0時の『時論公論』で、政府の八ッ場ダム再開についてのニュース解説がありました。
NHK解説委員会のサイトにアップされましたので、お知らせします。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/105025.html
わずか10分の番組ですが、八ッ場ダムの検証をめぐる問題の本質をこれほど的確に表現したテレビ番組はこれまでありませんでした。
この番組が八ッ場ダム再開の流れが決定的となった12月22日の深夜に流され、大勢に影響を与えなかったことは、現在のわが国のマスコミの状況を象徴した事象として記憶されるべきことだと思います。
以下、NHKのサイトより転載します。
時論公論 「八ッ場ダム『事業を継続』 検証は十分か」2011年12月22日
【リード】
建設の「中止」か「継続」か、をめぐって揺れ続けた群馬県の八ッ場ダムについて、国土交通省が、事業を継続する方針を決めました。「八ッ場ダム建設の中止」は民主党が政権交代を果たした2年前の衆議院選挙の際の、主要なマニフェストのひとつで、政権交代後、本体工事の着工が凍結されています。政府はここでも、マニフェストと反対の方向に舵を切り始めましたが、そこに至る検証は十分だったのか、今後の公共事業への影響はどうなのか、考えます。
【示された事業継続の方針】
きょう夕方の記者会見で、前田国土交通大臣は「八ッ場ダムについては事業を継続することを決定し関係自治体にも通知した」と話し、来年度予算案に本体工事に必要な経費を計上する方針を明らかにしました。
これに対して民主党の前原政策調査会長が、党として国土交通省の方針に反対する考えを強調したのをはじめ、民主党の一部の議員は強く反発しています。最終的な決着はまだ見えませんが、政府が八ッ場ダムの建設再開に向けて大きく舵を切り始めたのは間違いないでしょう。
【八ッ場ダム検証の経緯】
こうした局面に至ったのはなぜか。この2年間の検証を振り返ります。
2年前に民主党政権が誕生し、当時の前原国土交通大臣が「八ッ場ダムの建設中止」を明言しました。これに対して地元や流域の自治体が強く反発し、政府は有識者会議を設けてまず「ダム事業の必要性を検証する基準」を作りました。これにもとづいて国土交通省の関東地方整備局が1年間かけて検証し、先月「ダム建設を継続するのが妥当」とする報告をまとめました。
その根拠はどのようなものだったのでしょうか。整備局は「治水」と「利水」の両面で、ダムを建設した場合と、他の方法をとった場合とで、どちらが有利か、コスト面を重視して比較しました。
その結果、いずれの場合も八ッ場ダムを作る残りの事業費のほうが、ほかの方法よりも1000億円以上安くなるという結論でした。
【民主党内、科学者の会の批判】
この国土交通省側の結論に対して、民主党の一部の議員やダム行政を批判してきた市民グループが強く反発しました。反対派は、河川工学や土木をはじめ幅広い分野の130人近い研究者が名を連ねる「科学者の会」を立ち上げ、さまざまな問題点を指摘し、検証のやり直しを求めました。
その指摘は多くの点にわたりますが、大きくまとめると、
▼治水面では、洪水を防ぐ効果を計算するにあたって、国土交通省の都合のよいデータが使われ、実際よりもはるかに高い効果があがるとしている。
▼利水面でも、建設を求める自治体の過大な需要予測をそのまま使っている。例えば東京都の場合、実際の需要は減り続けているのに、今後増加するとした予測を使っている、などの批判です。
そして反対派が強く訴えているのは、そもそも一連の検証手続きが、国土交通省と流域自治体の「推進派」だけで進められていて、結論は「お手盛りだ」という批判です。
【検証方法に問題はなかったのか】
では検証作業に問題はあったのでしょうか。
実は、今回の八ッ場ダムでのやり方とは対照的な例が過去にありました。滋賀県の大戸川ダムなどを検証した「淀川水系流域委員会」の検証で、「淀川方式」と呼ばれています。この委員会は国土交通省の近畿地方整備局がつくった組織ですが、画期的だったのは、委員を公募して推進、反対、中立のさまざまな立場の人を選び、事務局も民間に委託したうえで審議を全面公開しながら議論を進めた点です。委員会は2年半かけて4つのダムについて「原則建設しない」という意見をまとめ、政策に反映されました。
「淀川方式」については、時間と費用がかかりすぎるうえ、議論がまとまらなくなる恐れがあるという問題点が指摘されましたが、一方で公共事業のあり方を市民が参加して議論をするひとつの試みとして高い評価も受けました。
これに対し八ッ場ダムの検証はどうだったのでしょうか。
関東地方整備局と流域自治体の「検討の場」は10回も重ねられましたが、検討というよりも「建設期成同盟の陳情の場」のような様相を呈することもしばしばでした。そこでまとめられた結論は有識者会議に諮られましたが、有識者会議に求められたのは「建設継続」という結論が妥当かどうかではなく、「検証が定められた手順を踏んでいるかどうか」だけを判断することでした。それでも疑問をぶつける委員はいましたが、審議は2回だけ、合計4時間程度で、深い議論はなしに、事実上「お墨付きを与える」だけの役割を担いました。
私が問題だと思うのは、2年もかけた検証で、ダム反対派の専門家たちの指摘をきちんと受け止めて議論を深めることがまったくなかった点です。公聴会やパブリックコメントという意見表明の機会はありましたが、いわば「お聞きしました」という形式的なものだったと言わざるを得ません。
もとより、ダムで洪水のリスクをどのくらい下げられるかなどの推定は、前提となるデータの選び方や計算方法によって結論に大きな幅が出て、専門家の間でも見解が異なって「水掛け論」的な議論になることもしばしばです。有識者会議の人選は前原国土交通大臣のときに行われましたが、「淀川方式」のように反対派を入れなかったのは、期限内に議論がまとまらなくなることを心配したものと見られます。
しかし、丁寧な議論を怠ったために、ここに至っても推進の立場と反対派の主張がまったく平行線のままで、国民にとってわかりにくい混乱が続いていると言えるのではないでしょうか。
【もうひとつの問題】
より根本的な問題がもうひとつあります。
当初、民主党政権は有識者会議に対して、ダム検証の手順を決めるだけでなく、「今後の治水のあり方」という大きな議論をしてもらうとしていました。この大方針について有識者会議の委員だけでなく、反対派も、さらに、これまでの治水のあり方の限界を感じていた国土交通省の内部の人たちにも賛同が広がりました。しかしその意気込みは空振りになりました。2年間をかけてできたのはダム検証の手順、それも、実はこれまで各地の河川で行われてきた手法と大きく変わるものではなく、「今後の治水のあり方」の根本議論は行われていません。
【八ッ場ダムの検証は公共事業のあり方にどういう影響を与えるのか】
最後に2点指摘したいと思います。
国土交通省は事業継続の方針を打ち出しましたが、民主党内の反発は強く、まだ最終的な決着は見えていません。しかし、この2年間、計画の浮上からだと半世紀にわたって政治に翻弄され続けた八ッ場ダムの地元の人たちをこれ以上待たせ、苦しめることは許されません。
もうひとつ、八ッ場ダム検証の教訓や反省を今後の公共事業をめぐる議論に活かす必要があります。国の公共事業費全体のうち、いまある施設を維持・管理したり、古くなったものを作り直したりする費用が現在すでに半分を占めていて、今後、右肩上がりで増えると
予想されています。国の審議会や政策仕分けでも、これからは真に必要な公共事業を見極めて進めていく「選択」と「集中」が重要だと強調されています。それだけに、最終的な決着がどうなるかに関わらず、八ッ場ダムをめぐる一連の検証の進め方や議論が十分だったのか、率直な総括が求められると思います。
(松本浩司 解説委員)