さる3月19日、塩川鉄也衆院議員が八ッ場ダム事業について国交省にヒアリングを行いました。テーマはダム湖予定地の周りに造成された水没住民の移転代替地とダム湖予定地周辺の地すべり地の安全対策でした。
ヒアリングは事前に塩川事務所が国交省本省に伝えた質問に沿って進められました。
国交省の回答についての当会の見解と、国交省のヒアリングにおける質問と国交省の回答の要旨をお伝えします。
国土交通省への質問と回答について「大幅に後退する地すべり対策と代替地安全対策」
八ッ場ダム貯水池予定地の周辺は地質がもろく、地すべりの危険性が高く、また、代替地は民間の宅地造成では前例がない 超高盛り土の造成が行われてきたことから、試験湛水、さらにはダム完成後の本格運用による貯水位の上下で地すべりが起きることが心配されています。
その危険性が指摘されてきたので、2011年の八ッ場ダム事業の検証では、地すべり対策を10箇所(対策済みの横壁の小倉を除く)、代替地の安全対策を5箇所で実施することになりました。総額約140億円でした。専門家はそれでもまだまだ不十分であると指摘していましたが、驚くことに国交省は一度は掲げたこれらの地すべり対策・代替地安全対策を大幅に後退させてきています。
地すべり対策の後退
2016年12月の八ッ場ダム事業第5回基本計画変更で総事業費が従来の4,600億円から5,320億円へと、720億円も増額されました。当然、ダム検証で掲げた地すべり対策はそのまま、基本計画に盛り込まれるものと予想していました。ところが、ふたを開けてみると、地すべり対策の対象が10箇所から5箇所に半減していました。
代替地の安全対策の後退
代替地の安全対策は第5回基本計画変更では2011年のダム検証時と同じ内容でしたが、2017年に入って後退しました。5箇所のうち、2箇所が対策不要となりました。
対策が大幅に後退する真の理由は?
今回の国土交通省への質問は、国土交通省が一度は掲げた地すべり対策と代替地安全対策をなぜ大幅に後退させたのか、その理由、根拠を問い質すものでした。国土交通省の回答は地質情報を精査した結果と法令に従った見直しであるから問題はないというものでした。
しかし、地すべり対策の箇所数が半分になり、代替地の対策箇所を2箇所も減らしたのは、事業費をできるだけ圧縮する意図が働いたからだと考えざるを得ません。
2016年12月の第5回基本計画変更で八ッ場ダムの総事業費が大幅に増額されたものの、増額要因がまだまだあるため、費用を極力圧縮しなければならず、そのために地すべり対策と代替地安全対策の費用も切り詰める必要があったからではないかと推測されます。
対策の後退で安全性を本当に確保できるのか?
代替地のうち、対策不要とされた川原湯④(上湯原地区)を見ると、住宅ではなく、地域振興施設が建つから、河川砂防技術基準より厳しい宅地造成の基準を適用しなくてよいとするものですが、住民や観光客が利用する建物なのですから、基準が緩くてよいとするのは理解に苦しみます。
対策を実施する代替地も工法が安価な押さえ盛土等の工法に変わってしまいました。押さえ盛土工法は代替地の斜面に大量の土を盛り上げてその重さで滑りを抑制しようというものですが、長期的にどこまで機能するのか、よくわからない工法です。
このような対策の後退は将来において大きな問題を引き起こすことが心配されます。
国土交通省はこの間、代替地の安全対策箇所と地すべり対策箇所を減らしてきましたが、このことを公式には発表していません。水没予定地域の住民代表には説明しているとのことですが、当事者である一般住民がこのことについて質問しても、明確な説明はないとのことです。ダム予定地を抱える長野原町議会に対しても、明確な報告や説明はなく、ダム湛水による災害誘発が懸念されています。
今回のヒアリングでは、八ッ場ダム事業における最も重い課題である安全確保について、国土交通省には重要な情報を公表するよう、改めて求めました。
「八ッ場ダム事業の代替地および地すべり対策に関する質問」に対する国土交通省の口頭回答
2018年3月19日
国土交通省 水管理・国土保全局 治水課 事業監理室
(〔注〕は事務局によるものです。)
1 代替地とその安全対策に関する質問
1-1 八ッ場ダムの代替地については、八ッ場ダム建設事業第5回基本計画変更(2016年12月)では2011年の八ッ場ダム検証の時と同様、川原湯①、川原湯②、川原湯③、川原湯④、長野原の5箇所で安全対策を実施することになっていましたが、その後、川原湯④、長野原は安全対策の対象外になったとされています。川原湯④、長野原を安全対策の対象外にした理由を明らかにしてください。
右写真=造成中の川原湯④代替地。2012年6月撮影。
1-2 川原湯④は川原湯温泉駅近傍の代替地であって、今後、宅地として利用される可能性が高いところであるにもかかわらず、安全対策を実施せず、将来、問題が起きることがないのでしょうか、国土交通省の見解を明らかにしてください。
八ッ場ダム第五回基本計画変更(2016年)の際の国交省説明資料より
【回答】
河川砂防技術基準で安全性を確保し、さらに宅地造成等規制法に該当する場合、追加の対策が必要であれば、対策をプラスすることになっている。また、ボーリング調査をして地質情報を鋭意精査してきている。
川原湯④について
川原湯④は当初は分譲希望者がいたが、別のところに移転したため、宅地として使う見込みがなくなった。地元の意向として地域振興施設をつくる。地域振興施設は宅地造成等規制法の対象外となる「公共施設」であるので、河川砂防技術基準のみの適用となり、対策が不要となった。
右写真=盛り土造成された川原湯④代替地。2012年7月撮影。
JR線路の北側(湖岸側)は地域振興施設の用地の他、ダム管理の緊急用に使う用地も確保するが、宅地として使う可能性はない。
JR線路の南側(山側)のうち、JR線路と駅前の町道の間の土地も地域振興施設の用地として使う予定である。
町道の山側の土地は造成地ではないので、対策の対象外である。
法令の範囲内で安全対策を実施することになっており、その原則は崩せない。
宅地造成等規制法に該当するかどうかは所管の群馬県に確認しているので、必要ならば、群馬県に聞いてほしい。
〔注〕JR線路の湖岸側には、八ッ場ダム関係一都四県の負担金による地域振興施設として、グランピング(豪華なキャンプ場)が整備されることになっている。町道の山側の土地は、川原湯の旅館経営者などがもともと所有していた土地が多い。
長野原について
長野原(代替地)は地質情報を精査したところ、宅地造成等規制法の基準に照らして、対策なしで安全性が確保できることになったので、対策が不要となった。
右写真=長野原代替地。2018年2月17日撮影。
〔注〕河川砂防技術基準と宅地造成等規制法の安全基準で大きく異なるのは地震の想定の仕方である。河川砂防技術基準では(常時満水位の場合)水平震度を重さの0.15倍とするが、宅地造成等規制法では0.25倍である。前者は後者の6割の水平震度しか見ないことになっている。
1-3 安全対策を実施する川原湯①、川原湯②、川原湯③の対策工法は、八ッ場ダム建設事業第5回基本計画変更では杭法(鋼管杭法、深礎杭法)となっていましたが、その後、対策工法が押さえ盛土工法等に変わったと聞きます。実施される対策工法の具体的な内容と、対策工法を変更した理由を明らかにしてください。
【回答】
専門家の意見を聞き、ダム工事で発生した土砂の活用を考えた結果、押さえ盛土工法で杭法と同等の効果を期待できることから、対策工法を変更した。
押さえ盛土工法にはソイルセメントを使うものを含まれている。実施する工法の詳細は開示請求で求めてほしい。
〔注〕掘削土砂を処分するとなると費用が嵩むが、押さえ盛土工法ならば、その費用が削減でき、一石二鳥であるので、押さえ盛土工法に変更されたと推測される。
写真=打越代替地の最も下流側にある大栃沢盛り土造成地。国交省の資料では「川原湯①」。ダム本体工事右岸作業ヤードに隣接。水没住民が最も多かった川原湯地区住民の移転地となった打越代替地は、もともとは急峻な山があった場所。谷を埋める大規模な造成工事が行われ、盛り土の深さは30メートル以上。2018年3月25日撮影
写真=打越代替地の中央部。国交省の資料では「川原湯②」。代替地の谷側の急峻な崖は暫定のり面。これから最終法面がつくられる。崖の下の水没予定地にはダム本体工事に使う骨材を入れる骨材ビンが5つ並んでいる。2018年3月16日撮影。
写真=打越代替地の最も上流側。旅館や住宅、老人福祉施設などがある。国交省の資料では「川原湯③」。2018年3月16日撮影。
1-4 八ッ場ダム建設事業第5回基本計画変更では川原湯①、川原湯②、川原湯③、川原湯④、長野原の5箇所の安全対策の概算事業費は合わせて約44億円とされていました。安全対策を実施する川原湯①、川原湯②、川原湯③の概算事業費がそれぞれ何億円になったのかを明らかにしてください。
【回答】
川原湯①、川原湯②、川原湯③の対策工事はすでに着手しているが、受注会社は他の工事も一緒に行っており、川原湯①、川原湯②、川原湯③の対策工事の費用を切り分けるのが難しい。
1-5 打越代替地の現在の法面は暫定法面であって、ダム完成までに盛土を行って、勾配1:2.5の最終法面にすると、国土交通省が説明してきました。この最終法面にするための盛土工事をいつ行う計画であるのか、また、盛土に使用する土はどこから持ってくるのか、どれくらいの土量になるのかを明らかにしてください。
【回答】
押さえ盛土工法は代替地の斜面の末端にだけ土を盛るのではなく、斜面の勾配を緩くするように、盛土を行うものであるので、押さえ盛土工法によって最終法面が形成される。押さえ盛土工法の工事は平成31年度に完了の予定である。
所定の安全率を確保できるかどうかであって、最終法面の勾配が1:2.5になるかどうかわからない。
押さえ盛土工法に使用する土砂は、ダムサイトの掘削工事と他のダム関連工事で発生したものを使う。ダムサイトの掘削工事で出た土砂はどこかにおいてある。
川原湯①、川原湯②、川原湯③の押さえ盛土工法に使う土砂量は、7万㎥、26万㎥、9万㎥である。
〔注〕ダムサイトの掘削土砂は、打越代替地の下の水没予定地の他に、勝沼の地すべり地の下などが仮置き場になっている。
1-6 川原湯①、川原湯②、川原湯③の代替地について安全対策を実施する工事スケジュールを明らかにしてください。
【回答】
1-5の回答で述べたとおり、平成31年度に完了の予定である。
2 地すべり対策に関する質問
2-1 2011年の八ッ場ダム事業の検証では、地すべり対策を10箇所(対策済みの横壁の小倉を除く)で実施することになっていました。10箇所の内訳は、地すべり地形の二社平、勝沼、白岩沢、久森沢、久々戸の5箇所、未固結堆積物層の川原畑①、川原畑②、林、川原湯、横壁の5箇所でした。しかし、八ッ場ダム建設事業第5回基本計画変更ではこれらのうち、久森沢、川原畑①、川原畑②、林、川原湯の5箇所は地すべり対策を実施しないことになりました。八ッ場ダムの検証で科学的な検討を行って対策箇所を選定したにもかかわらず、なぜ、5箇所を対策の対象外にしたのでしょうか。対象外になった5箇所それぞれについてその理由を明らかにしてください。
【回答】
ボーリング調査等の土質調査、地下水位調査を実施してきている。土質情報を精査したところ、河川砂防技術基準に基づく所定の安全率を満たしていることが確認されたので、久森沢、川原畑①、川原畑②、林、川原湯は対策不要となった。
八ッ場ダム第五回基本計画変更(2016年)の際の国交省説明資料より
写真=地すべり対策の対象箇所から外された川原畑②.未固結堆積物層の上に水没住民の移転代替地がある。水没地の樹木が伐採され、崖の地肌が剥き出しになっている。2018年3月16日撮影。
2-2 八ッ場ダム建設事業第5回基本計画変更では、地すべり対策を実施する5箇所の概算事業費は合わせて約96億円とされていました。この約96億円の内訳、すなわち、5箇所それぞれの概算事業費を明らかにしてください。
【回答】
二社平5億円、勝沼24億円、白岩沢34億円、久々戸4千万円、横壁17億円、設計・工事用道路整備費16億円の計96億円である。
写真=水没地を流れる吾妻川の左手が堂岩山麓の地すべり対策箇所。国交省資料では「横壁」と呼ばれている。右手が勝沼の対策箇所。2018年2月28日撮影。
2-3 1で述べたように、代替地に関しては第5回基本計画変更の段階では5箇所が安全対策の対象になっていましたが、その後、2箇所が対象外になりました。地すべり対策に関しても第5回基本計画変更の後、代替地と同様に、対策を実施しなくなった箇所があるのでしょうか。もしあるならば、対策を実施しなくなった箇所の名称と、対策不要にした理由を明らかにしてください。
【回答】
第5回基本計画変更の後、地すべり対策を実施しなくなった箇所はない。
2-4 現時点で地すべり対策を実施することになっている箇所それぞれの現在の概算事業費を明らかにしてください。
【回答】
現在も2-2の回答の事業費と変わっていない。
写真=34億円の地すべり対策が実施される白岩沢周辺(横壁地区)。2017年8月20日撮影。
2-5 八ッ場ダム建設事業第5回基本計画変更では、地すべり対策を実施する5箇所の対策工法は押さえ盛土工法となっていました。その後、対策工法が他の工法に変わったならば、その工法の具体的な内容と、対策工法を変更した理由をそれぞれの箇所について明らかにしてください。
【回答】
二社平、勝沼、久々戸、横壁は対策工法に変更はなく、押さえ盛土工法である。
白岩沢は押さえ盛土工法+排土工法であったが、土質情報を精査した結果、押さえ盛土工法のみとなった。
2-6 地すべり対策を実施する箇所それぞれについてその対策を実施する工事スケジュールを明らかにしてください。
【回答】
すでに着手しており、平成31年度に完了する。
〇 追加質問
押さえ盛土工法ばかりになったが、そのボリュームが大きいので、それによって八ッ場ダムの貯水容量10,750万㎥が減ることはないのでしょうか。
【回答】
貯水容量は元々余裕があるので、10,750万㎥が減ることがない。