西日本豪雨 砂防ダムや治山ダム、過信は禁物 

 7月の西日本豪雨では、砂防ダムや治山ダムの問題も浮かび上がってきています。
 砂防ダムは国土交通省関係予算、治山ダムは林野庁関係予算で使う名称です。

 関連記事を転載します。

◆2018年7月16日 毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20180717/k00/00m/040/114000c
ー西日本豪雨 消えた砂防ダム 大破した家屋に岩石や流木ー

広島・坂町 高さ11m、幅50m 無残な姿に
 西日本豪雨で土石流にのみ込まれた広島県坂町の小屋浦地区は、中心を天地川が流れる。かんかん照りの14、15の両日、大半が土砂で覆われたこの地区の被災現場を川沿いに歩いた。土砂をせき止めるためにあったはずの砂防ダムの無残な跡。ダムの崩壊で流れ出た土砂で大破した家屋。至るところ、巨大な岩石や流木がごちゃ混ぜに山積していた。

  「ああ、胸が苦しい」。町立小屋浦小の避難所に向かうパートの女性(60)は、住宅地まで押し流されてきた岩石から顔を背けた。平屋に1人暮らし。6日夜、避難しようにも濁流の水圧でドアが開かず、「狭い場所が安全では」と浴室で脚立に乗り、岩石が転がる雷のような音に震えつつ夜を明かした。避難所にいる今、人の足音にもびくついてしまう。

 住宅街に濁流があふれ始めたのは6日午後7時半前後とみられる。川のそばに住む高下徳子さん(62)は友人から電話で救助を頼まれたが「流れが速くて進めなかった」。次第に水勢は強まり、暗闇に大きく波打つ様子が見えたという。

 「これだけの大水はどこから?」。8日、出張から戻った会社員の谷口積さん(53)は砂防ダムを確認しに行った。「えー、ない」。高さ約11メートル、幅約50メートル、厚さ約2メートルの見慣れたダムは、石積みの基礎の両端が残っているだけ。中央部は爆破されたように大きく削られ、50メートルほどしか離れていない民家2軒は完全に押しつぶされていた。

 少し下流に下った川沿いの横藤信江さん(71)宅は1階に約30センチ、玄関先に1メートル強の土砂がたまっている。6日夜、濁流で玄関の窓が割れ2階へ避難し、翌朝「おーい、生きとるかあ」と隣人と安否を確かめ合った。「先は分からん。やれることから……」。片付けをしながら涙をこぼした。

 「いま思えば、おやじの言葉通りだった」。高下章さん(63)は自宅の庭の土砂をスコップでかき出していた。この家を建てる際、1945年の枕崎台風(死者・行方不明者3756人)で水害を体験した父から「あまり欲張って、川に近づくな」と注意された。濁流で庭やブロック塀の一部がえぐられた。

 町などによると、小屋浦地区には約1800人が住み、死者数は16日現在で15人。1907年に約40人が犠牲になった水害の惨状は、川沿いの小屋浦公園に建つ石碑にも刻まれている。14年前、目に留まりやすいようにと、JR呉線の小屋浦駅そばから公園内に移設された。石碑は今回の水害でもびくともしていない。そばには、流れ着いた家屋の傾いた屋根が骨組みをさらしていた。【松浦吉剛】

◆2018年7月15日 朝日新聞
https://www.asahi.com/articles/ASL7H5HSCL7HPTIL02C.html
ー孫を守れなかった…長年の悲願、そのダムすら越えた土砂ー

 2014年、広島市内で77人が死亡した土砂災害を経て、同市安芸区に今年2月に完成したばかりの治山ダム。しかし、西日本豪雨で大量の土砂がダムを越え、団地の住民4人が亡くなった。ダムの建設を10年以上、要望してきた男性の18歳の孫も行方不明に。「ダムができて安心してしまったんよ」。やりきれない思いが消えない。

  広島市安芸区矢野東7丁目の梅河(うめごう)団地。豪雨に見舞われた6日夜、約60棟の民家のうち約20棟が土砂にのまれ、倒壊した。

 団地に住む神原(かんばら)常雄さん(74)は、10年以上前から「砂防ダム」の必要性を市に訴えてきた。

 きっかけは、1999年6月、広島県内で32人の死者・行方不明者が出た豪雨だった。知人の工場にも土砂が流れ込み、犠牲者が出た。「同じことになっちゃいけん」と考えた。

 気になっていることもあった。団地の端の、山の斜面に接した部分に深さ2メートルほどのため池があった。引っ越してきた四十数年前、ここでコイを飼っていたが、雨が降るたび少しずつ浅くなる。三十数年で池は砂で埋まった。山の斜面が削れ、池に砂がたまっていったのでは――。「これは危ない」と神原さんは動き始めた。

  市役所に足を運び、「砂防ダムを造ってほしい」と訴えた。「通い続けていると、だんだん『切実なんじゃねえ』と取り合ってくれるようになった」

 14年8月、広島市の安佐南区、安佐北区で77人が犠牲になる土砂災害があり、いよいよ、行政の動きも加速した。昨年8月、県は梅河団地の奥で土石流を未然に防ぐ「治山ダム」の建設に着手。予算4750万円。幅26メートル、高さ8メートルのダムが今年2月、完成した。

 着工直前に団地の集会所で開かれた説明会。「これで安心じゃね」と住民らが言葉を交わす中、県や市の職員が繰り返しこう訴えていたのを、神原さんは覚えている。

 「これで安心できるわけではありません。何かあったら必ず逃げて下さい」

「安心してしまったんよ」

  団地が土砂に襲われる数時間前の、今月6日午後。神原さんは高校の期末試験を終えた孫の植木将太朗さん(18)を車で迎えに行き、同じ団地内の孫の家まで送った。

 夜になり、雨が強まった。孫の家は50メートルほどしか離れていないが、山の斜面に近い。外出していた将太朗さんの母親に電話し、将太朗さんを自分の家に避難させるよう伝えた。「すぐに行かせる」と返事があった。

 その数分後、「ドドーン」という音が響いた。外を見ると、土砂が崩れ、山側の家々が潰されていた。半壊した隣家から「助けて」と叫び声が聞こえた。降りしきる雨の中、隣の家の人を窓から必死で引っ張り出した。避難してくるはずの将太朗さんの姿は、どこにも見えなかった。

 「あと1分、わしが早く電話していたら、助かっていたかもしらん」。「いくら役所の人に『安心しちゃいけん』と念押しされてもね、やっぱりダムができてうれしかったし、安心してしまったんよ」。そう振り返る。

 あの後、崩れた団地を歩き回り、将太朗さんの名前を呼んでみた。返事はなかった。

 「山の上の岩が数千年そこにとどまっていたとして、それが明日落ちてこない保証はない。しょうがないんよ。そう思うことにしている」

 自分に言い聞かせるように、神原さんは繰り返した。(土屋香乃子、半田尚子)

広島県内のダム整備
 広島県によると、県内には「砂防ダム」が約2千基、「治山ダム」が約7500基ある。砂防ダムは、大雨で土石流が起きたときに土砂をせき止める役割を担う。一方、治山ダムは、崩れる恐れがある山の谷部分などに設置され、谷に土砂を堆積(たいせき)させることで傾斜を緩くし、森林を維持することで土石流を起きにくくするのが目的という。

 14年の広島市の土砂災害を受け、県や国は県内74カ所で砂防ダムや治山ダムの建設などの対策を計画、今年5月までに66カ所が完成している。

 梅河団地奥の治山ダムを7日、確認した県によると、ダムは決壊しておらず、大量の土砂がたまっていたという。担当者は「ダムとしての一定の機能は果たした。ダムがなければ、今回の被害はもっと大きかったはずだ」と話す。(永野真奈)

◆2018年7月13日 iza
http://www.iza.ne.jp/kiji/events/news/180713/evt18071315030038-n1.html
ー西日本豪雨 砂防ダムや治山ダム、過信は禁物 各地で「想定外」設計基準超え雨量ー

 西日本豪雨では、砂防ダムが土石流を食い止め被害を免れた地区がある一方、完成したばかりの治山ダムを越えて土砂が住宅地に流れ込み、犠牲者が出た地区もあった。専門家は「砂防施設だけで完全な防災は不可能。ハード面の対策を過信しないことが重要だ」と指摘する。

 住宅約20棟が全半壊した団地がある広島市安芸区では、裏山が崩れ、2月にできたばかりの治山ダムを乗り越えた土砂が住宅地に流れ込んだ。団地では数年前から、雨が降った際に砂が裏山から流れてくるという声が上がっていた。広島県の調査で山の上部に小さな斜面崩壊の跡が見つかり、進行を食い止めるため、高さ8メートル、幅26メートルの治山ダムが造られた。今回、広島市では複数の地点で7日からの48時間雨量が7月の観測史上1位を記録。治山ダムを管理する県の担当者は「想定外の雨だった」と説明する。

 一方、10人以上の死者・行方不明者が出た広島県坂町小屋浦では、同地区を流れる川の上流にある砂防ダムが大量の土石流で決壊し、壁の部分がほぼなくなった。県によると、壁の高さは約11メートル、幅は約50メートルで、厚さは約2メートルあり、昭和25年に石を積んで造られた。石造りのため現在の建設基準には合っていないが、3年前の目視による定期検査で異常はなかった。

 平成26年に77人が死亡した広島市の土砂災害で被害が大きかった安佐北区可部、安佐南区の八木、緑井地区では今回、人的被害や建物の倒壊は確認されなかった。県によると、被災後の復旧工事で被災地を中心に市内88カ所に砂防ダムや治山ダムが造られ、今回の豪雨で土石流を食い止めた所もあったという。

 全国には土砂災害の危険がある区域が推定約66万カ所ある。砂防ダムの整備費は大きさなどによってさまざまだが1基で数億円規模になるといい、「限られた予算で全てに同様の対策を取るのは難しい」(国土交通省の担当者)のが実情だ。

 また、砂防施設があっても被害を防げないケースがあることについて、九州大大学院の矢野真一郎教授(河川工学)は「各地でダムの設計基準を超えた雨量の豪雨が発生している。危機感が伝わるような警報の出し方など、行政はソフト対策にも力を入れるべきだ」と訴えた。


 治山ダムと砂防ダム 林野庁が所管する「治山ダム」は、川の傾斜を緩やかにして下流への土砂の流出を防いだり、川岸の浸食を防いで森林を保全したりする機能を持つ。一方、国土交通省が所管する「砂防ダム」は、治山ダムより下流に造られることが多い。上流からの土石流を受け止め、土砂を少しずつ流すことで、下流の土砂災害の被害を最小限に食い止めるのが目的。似たような構造だが、設計目的が異なるため、治山ダムの方が高さが低く、厚みが薄いなどの違いがある。

◆2018年7月12日 毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20180713/k00/00m/040/086000c
ー西日本豪雨 砂防ダムが決壊 広島 想定以上の土砂流入でー

 広島県は12日、豪雨により広い範囲で土砂崩れが起きた広島県坂町で、土砂をせき止めるための砂防ダムが決壊したと発表した。壁など大部分が崩壊しており、県は「想定以上の土砂が流入したため」としている。国土交通省によると、砂防ダムの大規模な決壊は異例という。

 県によると、決壊したダムは1950年に石を積み上げる工法で建設。坂町を流れる天地川の上流にあり、高さ約11メートル、幅約50メートル、厚さ約2メートル。県が8日、壁など大半が崩れているのを確認。6日夜の土石流で決壊し、流れたとみられる。

 県が実施する5年に1度の目視点検では、異常はなかったという。県は「ダム1基体制では不十分」として約150メートル上流に新たなダム(高さ約12メートル、幅約64メートル、厚さ約3メートル)を建設中だったが、「2基ダムがあったとしても今回の規模の土砂に耐えられたかどうか分からない」としている。

 町によると、ダムの下流の小屋浦地区には住民約1800人が住み、土砂でほぼ全域が覆われた。同地区では12日現在で8人が死亡し、安否不明者も出ている。国交省によると、砂防ダムは全国に約6万1000基(2013年)あり、江戸時代以降に造られた石積みの工法のものも含まれているという。【東久保逸夫、寺岡俊】

砂防ダム
 上流からの土石流を受け止め、たまった土砂を少しずつ流すことで、下流の土砂災害の被害を最小限に抑える目的がある。ダムにたまった土砂によって川の勾配が緩やかになり、水の流れが遅くなることで川底や河岸が削られるのを防ぐ効果もある。一方、「治山ダム」は山崩れを防ぐため、森林の維持や造成を目的としている。