「下流域を守る」ためのダムが下流域に被害!?(肱川の水害)

 愛媛県を流れる肱川流域では、今回の水害で9名の犠牲者が出ました。このうち8名が、上流ダムの緊急放流による河川の氾濫で逃げ遅れた住民だということです。ダムを管理する国交省四国地方整備局は、この問題について検証することになりましたが、国交省はダムの操作は正しかったと、自らの責任を最初から否定しています。
 ジャーナリストの足立力也さんが、野村ダムの放流問題をデータに基づいて検討した論考がネット上にアップされましたので、お知らせします。

◆2018年7月24日 ハーバービジネスオンライン
https://hbol.jp/171159
ー「下流域を守る」ためのダムが下流域に被害!? 9人の死者を出した愛媛県・肱川水害ー

 200人を超える人命を奪った西日本の歴史的豪雨。中でも、流域で9人の死者を出した愛媛県肱川(ひじかわ)のすさまじい氾濫は、上流のダムの放流が原因だったのではないかと言われ、物議を醸している。

被災住民「ダム放流直後、あっという間に氾濫」「そりゃ浸かるわ」
  肱川を流れる水は、野村ダムから西予市に流れ込み、鹿野川ダムを経由して大洲市に下る。今回の水害で、西予市では5人、大洲市では4人の死者を出す大きな氾濫が起こった。
 地元・南海放送のニュース「News Ch.4」は7月11日、肱川の氾濫と野村ダムの放流に関する検証番組の中で、被災住民たちの証言を紹介した。たとえばこのような声だ。

「6時過ぎに、消防団から『6時半くらいから(ダムの)放水量を増やすからすぐに避難してくれ』と連絡があった。車に乗ってエンジンをかけた時には下流から水が上がってきていた」

「あっという間に水かさが増し、短時間でものすごい量の水があふれてきた」

 このように、複数の住民が「急激に氾濫した」と証言している。しかも、それは想定外のできごとだったとする声もあった。

「ダムがあるから安心して水位が保てると思っていたが、あれだけ流すとは思わなかった」

「普通の放流時は(毎秒)200トンくらいだったと思う。それが(今回は)2000トンとかだったと聞いている。そんな量流されたら、そりゃ浸かるわ」

 ある住民は、端的にこう結論づけた。

「(氾濫した水は)ダムからきた。ダムの放水でこうなった」

 同番組は一例で、複数のマスメディアが、同様の住民の声を紹介しつつ「ダムの放流で肱川が氾濫した」と断定的に報道している。

ダム担当者「野村ダムの放流は住民の安全を確保するための操作だった」
 こういった声に対する、ダムを管理する側の言い分を聞いてみよう。国土交通省・四国地方整備局は、「今回の雨に備えてあらかじめダムの水位を下げる操作を行なっていたが、実際の雨量は想定外だった」という。そこで、午前6時20分に、ダムへの流入量と同じだけ放水する「異常降水時防災操作」を開始したと説明している。

 同局河川部の長尾純二河川調査官は、記者会見でこう説明した。誤解を避けるため、一言一句書き起こしてみる(カッコ内は誤解を避けるため筆者が挿入)。

「ダムの容量は無限ではなく限りがありますので、降水量が甚大で今回のように長期化すれば、満水に近づいてくるので、だんだん調節できる量が少なくなってきます。最終的には、流入量とほぼ同じような量を流すようになりますけども、この操作でも、ダム(への流入量)より(ダムから放流する)流量が大きくなることはありませんので、当然ながら、ダムが被害を拡大するといったことはありません。流域の安全を確保するための操作ということをご理解いただければと思います」

前日同時刻の10倍の量を一気に放流、5人の死者を出した大惨事との関係は!?
「ダムの放流で氾濫した」とする住民の思いと、「放流は流域安全のためだった」とするダム管理者の考えの間には、大きな乖離がある。そこで、野村ダムにまつわる当時のデータを検証してみたい。

 降水量、ダムの貯水率、放流量などのデータは国土交通省の「川の防災情報」(https://www.river.go.jp/)のダムのサイトで確認することができる。

  毎時ごとのデータを確認すると、7月5日午前までは貯水率85%、放流量が毎秒26トン強で推移している。同日正午前後から毎秒90トン以上を放流しはじめ、貯水率は同日深夜までに75%ほどへ低下した。
 6日未明から雨が徐々に強くなっていく。6日早朝から放流量を段階的に増やし、同15時くらいには毎秒260トンほどを流して、貯水率は一時70%を切るところまで下がった。その後7日午前3時ごろまでは、貯水率は75%以下をキープしていた。

 数字が急変するのはその直後だ。

 午前2時を過ぎたあたりから降水量が増え始め、1時間に30mm近くに達する。それと同時に貯水量が急上昇し、わずか3時間後の午前5時20分には100%に。その1時間後、「異常降水時防災操作」、つまり安全基準を無視した大量放流を開始した。

 7時50分には毎秒1797トンという、安全とされる基準である300トンの6倍以上もの量を放流している。その結果、午前6時半ごろにはダム直下の西予市野村町で肱川の氾濫が始まり、あっという間に深さ最大5mもの浸水が広がって、同町だけで5人の死者を出す惨事となってしまった。

 7日午前7時から8時にかけて、1時間あたりの放流量は毎秒約1500トン。前日同時刻の10倍だ。先の国土交通省の見解は「ダムが被害を拡大させることはない」ということだが、本当にダムの放流と被害は関係なかったのだろうか。

3時間で満杯になるダムに治水効果があるのか
  視覚的に分かりやすいように、7月6~7日のダムへの流入量と放流量をグラフ化してみた(国土交通省のウェブサイトでグラフ化できる)。まず目につくのは、7日午前3時ごろから6時ごろにかけて、ダムへの流入量を表す黒い線と、ダムからの放流量を表す赤い線が描く「直角三角形」だ。
 午前3時前から黒い線(流入量)が右肩上がりになる中、赤い線(放流量)は横ばいのラインを保っている。その間に、緑色の線(貯水率)が一気に上がり、午前6時ごろには100%に達してしまった。そこで、放流量のグラフが直角に上昇するほど、急激に大量の水を流し始めたということになる。放流量の増加のほうが流入量の増加より急激だったということを、この直角三角形は表している。

 このグラフから、以下のポイントが浮かび上がってくる。

 第一に、この「直角三角形」、つまり流入量と流出量のズレが現れる午前6時過ぎ直前の約3時間以外は、流入量と流出量がほぼ変わらないということだ。これでダムの治水効果があるとするならば、国土交通省の担当者自身も認めた「避難の時間を稼ぐこと」くらいしかない。

 しかもそれは、深夜から早朝にかけてのわずか3時間だ。果たしてそのような操作が合理的だったのかどうかが、第一に検討の対象になる。それ以上に、そもそも3時間で満杯になるダムに治水効果があると定義できるのかまで、疑問は広がっていくだろう。

水をためておく「利水目的」と水害を防ぐ「治水目的」との矛盾
  第二に、たとえ避難の時間を稼げたのだとしても、「放流量を急激に増やしたことで、被害が拡大したのではないか」という疑念が浮かんでくる。

 7日午前6時の放流量は毎秒330トンだったのが、1時間後の放流量は毎秒1450トンと、5倍近くに跳ね上がっている。先述の「直角三角形」が示すのは、「一気に放流されたことで水が下流に流れきらず、あっという間に越水して急激かつ深刻な氾濫を招いたのではないか」という疑念だ。この検証が必要だろう。

 第三に、貯水率は最低でも70%をキープしていたということである。「経験のないような豪雨」が襲ってくる前に、もっと貯水率を下げておけなかったのかという命題も突きつけられている。

 そもそも、野村ダムは灌漑・水道用水にも使う多目的ダムだ。利水目的であれば水は貯めておく必要があるが、治水目的ならできるだけ空にしておかねばならない。つまり、もとから矛盾した目的を持っていたといえる。全国に多く存在する、そしてこれからも作られようとしている多目的ダムのあり方も問い直すような検証にするべきだろう。

流入量と同量を放流するのでは、治水目的を達しているとは言えないのでは!?
  第四に、「3時間の猶予」の直後、つまり大量に放流した時間帯は、ダムへの流入量も最大で毎秒2000トン近くにまで達している。このタイミングでの放流操作であれば、いくら「流入量より多く流すことはない」といっても、「安全基準の6倍の量を放流する」ことになってしまう。必ずしも「氾濫を防ぐために最大限努力した」とは言えないということが、データから浮かび上がってくる。

 つまり、国土交通省の言い分のように「流入量以上を放流しない」から「安全な操作である」という理屈は成り立たないということだ。そもそも雨がいちばん降っているときに、流入量と同じだけ放流するのであれば、治水目的を達しているとは言えないだろう。逆に、この「3時間の猶予」で描かれた「直角三角形」こそ、氾濫の急激さを如実に物語っているとも言える。

肱川の悲劇を今後の教訓とするため、住民参加型の検証を
 石井啓一国土交通相は7月16日に現地を視察し、肱川流域のダムの放流操作やその周知方法などを検証する第三者委員会を設ける考えを示した。だが、ここに現地住民を入れる気配はない。

 検証委員会には、現地住民も巻き込む必要がある。何より彼らは直接的な利害関係者であり、その声を聞かないで検証プロセスを進めることは、民主主義の大原則に反する。それだけでなく、長年そこで生活してきた知恵や、被災した生の声も活かせない。暮らしの中で直に川と向き合って生活してきた人びとのビビッドな声は、数的データに勝るとも劣らない重要な判断材料のはずだ。

 もちろん、ここで検証したような数字やデータの分析は不可欠であり、しかも検証すべきテーマはここでは取り上げきれないほどたくさんある。それは専門家による解析を待つべきだろう。加えて、その解析が、住民の感覚と合致しているかどうか、納得の得られるものであるかは、行政という観点からは非常に重要であることを指摘しておきたい。

 今回の肱川における氾濫被害は、「下流域を守るといってダムを作ったはずが、満水になってしまったダムを守るために下流域を犠牲にした」ものだと指摘する識者もいる。そうなると、これは一ダムの問題だけではすまなくなる。実際、野村ダム下流の鹿野川ダムでも、同様の現象が起きている。その意味で、今回の検証は、日本の河川行政を根本から問い直す機会にしなければならないだろう。

<文・写真/足立力也>
コスタリカ研究者、平和学・紛争解決学研究者。著書に『丸腰国家~軍隊を放棄したコスタリカの平和戦略~』(扶桑社新書)など。コスタリカツアー(年1~2回)では企画から通訳、ガイドも務める。

—転載終わり—

 肱川のダムの緊急放流の問題については、他にも様々な論考が発信されています。
 こちらもヤフーニュースにアップされた記事です。愛媛県・肱川の野村ダム・鹿野川ダムの放流問題について、ダム操作規則を改めるべきだと提案しています。
 そのことも検討すべきですが、問題の根本は、あてにならないダムの洪水調節効果を前提にした治水計画そのものにあります。

◆2018年7月24日 FNN PRIME
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180724-00010013-fnnprimev-soci
ーダム管理は『異常洪水時防災操作』で開き直ったら負けー