茨城の会通信137号、8月提訴の鬼怒川訴訟を特集

 八ッ場ダムをストップさせる茨城の会では、活動の報告や今後の予定などを通信として発行してきました。7月29日に発行された最新号は、実に137回目の通信です。
 この137号では、2015年9月の台風による鬼怒川の水害被災者の方たちの裁判が特集されいます。

 茨城の会より、通信137号をお送りいただきました。下の文字をクリックすると、お読みいただけます。
 https://yamba-net.org/wp/wp-content/uploads/2018/07/cde0bee0c393751bb39a683602cc8f5e.pdf

 通信137号より一部転載します。

 八ッ場ダム住民訴訟通信 八ッ場ダム住民訴訟通信137号

鬼怒川左岸。2015年9月14日撮影

鬼怒川水害被者 8月7日国家賠償を求め提訴へ
 2015年9月10日、関東・東北豪雨は鬼怒川の氾濫を惹き起し、常総市一帯に多大な被害を及ぼしました。浸水地域40k㎡(東京の江東区の面積に匹敵)、浸水家屋8000戸という甚大なものでした。あれから3年がたとうとしています。3年とは、国に賠償責任を問う時効を意味します。被災者には確かに国、県、市からの補償や補助がありました。しかし、それでは受けた被害との乖離は埋めようもありません。憲法にある幸福追求権など持ち出すまでもなく、たった今の生活、将来を閉ざされた方々が立ち上りました。ともすれば「国に弓を引くのか」などと言われかねない状況の中で、勇気を持って国への賠償訴訟に踏み切ったのです。

訴訟の対象となる国の責任は…

鬼怒川の堤防決壊箇所。2015年9月14日撮影。

① 若宮戸の無堤防状態を国は長年放置。適切な河川区域の拡大を怠り、ソーラー事業者の掘削を止めることができなかった。
② 上三坂地区の堤防は周辺より堤防高が低く、さらに年々沈下していた。国は破堤の危険性が高まってきたにもかかわらず、堤防の嵩上げを怠った。
③ 八間堀川の氾濫は、若宮戸の溢水と上三坂堤防の決壊によるもので、しかも排水機場の操作を怠った。
④ 2014年10月の鬼怒川直轄河川改修事業では、上記の危険性を知る立場にありながら、上三坂地区は喫緊の改修対象(当面7年間で行う)から外され、20~30年に実施する対象にされた。若宮戸はその20~30年の対象にもならなかった。

提訴は8月7日(火)午前11時 水戸地方裁判所下妻支部(関東鉄道常総線「下妻」下車)
原告20世帯(7/16現在)
 提訴状提出の後、下妻市もしくは水海道で訴訟決起集会を予定。その後、東京地方裁判所に移り記者会見を予定しています。
 弁護団は共同代表に大木一俊、坂本博之の両弁護士が就任。他に河川問題、水害訴訟に詳しい弁護士9人が参加。計11人で構成します。

鬼怒川水害裁判原告集会
 7月16日、提訴に先立ち「第1回鬼怒川水害裁判原告集会」が、水海道市民ホールで開かれました。参加者は13世帯・約30人、弁護士関係者を含め50人ほど。報道関係は10人という盛会になりました。
 会は弁護士の自己紹介に続き、原告の方々が裁判に立ちあがった動機を話されました。幾つかを紹介します。
※AさんBさんは氏名のイニシャルではありません。

津波の跡のような堤防決壊箇所付近。2015年9月14日。

Aさん:何故こんな被害を惹き起したのか。国の無責任が許せなかった。
Bさん:妻を水害関連死で失ってしまった。
Cさん:自分の家は床下浸水だったが、周囲の家々は大きな被害を受けていた。でも被害の補償を申請するにも農繁期で身動きできない状況を見て、私自身が訴訟に参加した。
Dさん:若宮戸があれほどひどい状態のままであったことを、被害を受けて初めて知った。許せないと思った。
Eさん:被害者の会による国との交渉に参加してきたが、反応は無責任そのものだった。また、この被害が忘れ去られるわけにはいかないと思った。
Fさん:私の住まいは常総市でなかったために助かった。しかし工場は大きな打撃を受けた。国の補償が生活の基盤になる住宅を優先するのは分かるが、工場や店舗などの補償は相対的に低すぎる。家はあっても収入がない。こうした状況を改善するためにも参加した。
Gさん:家をやられてしまった。年齢を考えると将来が見えない。
Hさん:私は北海同道出身だが、茨城の人、常総の人は「シャンメエ」と諦めが良すぎる。茨城にも、常総にも国の無責任は許さない人間がいることを示したかった。
Iさん:補償はもちろんだが、子供たちの将来をしっかりしたものにしたい。そのためには、堤防のことを国はどう考えてきたのか知りたい。
Jさん:私たち常総の人間が頑張れば、この間の岡山などの水害被害者の方々の道を開くことができると思う。
※お話は編者の責任でまとめています。

鬼怒川水害裁判を支える会発足
 7月16日、原告団集会の後、これまでの支援関係者が集まり、「鬼怒川水害裁判を支える会」を発足させました。