日経コラム「民主党政権と八ッ場ダム」について

 日経新聞はこれまで経済合理性の面から、八ッ場ダム事業のかかえる矛盾について鋭い指摘をしてきましたが、このコラムは残念ながら、マスコミで繰り返されてきた事実誤認に基づいて八ッ場ダムが論じられています。 

◆2019年1月21日 日経新聞コラム
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO40184350Y9A110C1ML0000/
民主党政権と八ツ場ダム(時流地流)

◆「マニフェストに書いてあるから中止します」。民主党政権が発足して国土交通相になった前原誠司氏は就任直後にこう公言した。今から10年前、2009年の秋だった。しかし、地元の反発は強く、2年後に結局「中止」は撤回された。群馬県長野原町に建設中の八ツ場ダムの話である。

◆昨年12月にそのダムの建設現場を見学した。116メートルの高さのダム本体の工事は9割以上終わっていた。秋に試験的に水をため、来年3月には完成する見通しだ。総事業費は約5320億円。計画が浮上したのは1952年だからもう70年近い。ちなみに民主党の迷走で完成が4年遅れた。

◆人口約5700人の長野原町の新庁舎も昨年末に完成した。多目的ホールや図書室などを備えた総合センターを併設している。水没地区の住民で家屋移転を迫られたのは470世帯。付近の代替地にとどまるのはそのうち2割だが、ダムの完成でようやく新たな一歩を踏み出せるのだろう。

◆現地では同ダムの工事事務所が企画し、17年度から本格的に始めた「やんばツアーズ」と名付けた見学会が人気だ。工事現場や眼下に流れる吾妻川などを、地元女性「やんばコンシェルジュ」の説明を聞きながら歩く。ダムという観光資源を最大限に生かし、「完成後の地域振興につなげたい」と朝田将所長は話す。

◆一般論でいえば、自然環境や住民生活に様々な影響を与えるダムは造らないで済むならばその方が望ましい。しかし、かつての民主党のように「ダムは中止」と表明して終わる話ではない。治水、利水の両面で合理的な代替案が要る。自然災害が一層厳しくなっている昨今ではなおさらだ。

◆政府が昨年末に策定した18年度から3カ年の防災・減災の緊急対策でも、西日本豪雨を受けた様々な事業が盛り込まれた。ダムの機能維持、堤防の強化、川の流れを阻害する樹木の伐採など、川上から川下まで総合的な取り組みが欠かせない。緊急対策に伴う公共事業の増加が、景気対策の一環と位置付けられた点は気に入らないが。(谷隆徳)

—転載終わり—
 
 上記のコラムでは、「民主党の迷走で完成が4年遅れた」とありますが、八ッ場ダム建設地の鉄道(JR吾妻線)の付替え工事が完了したのは2014年9月です。八ッ場ダムは当初計画では2000年度完成の予定でした。2015年1月になるまでダム本体工事に着手できなかったのは、民主党政権のせいではなく、直接的にはJRの付替えが終了していなかったためです。八ッ場ダム事業は計画そのものに様々な無理があります。(右写真=ダムサイト予定地を走っていた吾妻線。2014年7月15日撮影。)
参照:「JR吾妻線 水没予定区域の運行終了」
   

 「(八ッ場ダム)水没地区の住民で家屋移転を迫られたのは470世帯」とありますが誤りです。
 実際は、「水没地区の住民で家屋移転を迫られたのは290世帯。道路建設等も含め、ダム事業により移転を迫られ、補償対象となったのは470世帯」です。
 八ッ場ダム事業には、ダム建設以外に膨大な関連事業があります。肥大化した関連事業は八ッ場ダム事業の大きな特徴であり、道路等の関連事業のために移転を余儀なくされた住民が180世帯もありました。補償対象470世帯のうち、ダム予定地を抱える長野原町が420世帯、ダム下流の東吾妻町が50世帯です。

〈参考〉 国土交通省資料

 「470世帯」に続く、「付近の代替地にとどまるのはそのうち2割だが、ダムの完成でようやく新たな一歩を踏み出せるのだろう。」は、470世帯のうち2割がダム予定地周辺にとどまっているという意味にとれます。470世帯のうち、2割が代替地に移転したのは事実ですが、八ッ場ダム事業における代替地は、水没五地区の背後の山の中腹に人工造成された「代替地」を指します。

 全戸水没地区では、地元にとどまるためには代替地へ移転するほかありませんでしたが、一部水没地区では地区内の非水没の土地へ移転した住民も少なくありません。50世帯が移転を余儀なくされたダム下流の東吾妻町では、そもそも代替地が造成されませんでしたから、代替地へ移転した住民はいません。
 八ッ場ダム事業における代替地は、地すべり等の危険性など、地形地質に多くの問題を抱えています。八ッ場ダム湖は多くの観光地や牧場を抱える上流からの汚濁物による水質の悪化も懸念されています。

 また、筆者は八ッ場ダムを中止するのであれば、「治水、利水の両面で合理的な代替案が要る。」と書いています。
 八ッ場ダムの建設目的である「治水、利水」が正当なものであるのなら、確かに代替案が要りますが、八ッ場ダムの事業主体である国交省は治水・利水の両面で、八ッ場ダムが必要であるという合理的な説明をできずにいます。
 ダムの治水効果はきわめて限定的であり、西日本水害でも明らかになったように、ダムは計画規模を超える大雨の際、水害被害を拡大する危険性があります。自然災害が頻発している現在、ダム事業に偏重した河川行政を抜本的に見直す必要があります。 
 国土交通省関東地方整備局は、民主党政権下の八ッ場ダム検証において、八ッ場ダムを中止するのであれば、治水、利水の両面で合理的な代替案が要るという理屈で、様々な荒唐無稽な代替案を提示し、八ッ場ダムの残事業費と代替案に要する費用を比較し、いずれの代替案より八ッ場ダムが安上がりだという理由で、八ッ場ダム事業「継続妥当」という結論を出しました。
参照→ 国土交通省関東地方整備局ホームページより 「八ッ場ダム建設事業の検証に係る検討」

 利水面における代替案の一つは、利根川流域都県に富士川から導水するという案でした(右図)。
 首都圏でも水需要は減少の一途を辿っており、八ッ場ダム事業に参画している都県は、現実と乖離した過大な水需要予測を立てざるを得ない状態ですが、ダムの事業主体がみずから行ったダム検証では、客観的な検証は一切行われませんでした。

写真下=ダム堤の右岸側に造成された川原湯地区の打越代替地。川原湯地区の水没予定地にはJR吾妻線の川原湯温泉駅があり、駅前はドライブインや土産屋などが民家と共に軒を並べて賑わっていたが、現在はダムの本体工事現場となっている。代替地の谷側では、ダム湛水に備えるための安全対策工事が続いている。

写真下=ダム堤の左岸側に造成された川原畑地区の代替地。谷埋め盛り土の上に町営住宅、地域振興施設のクラインガルテン(菜園付き別荘)、共同墓地などがある。