長野原町、ダム事業による地域振興施設の維持管理など目的に新組織

 八ッ場ダム予定地では、水没五地区の移転代替地に地域振興施設がつくられる他、ダム湖周辺の各所に公園などが整備されることになっています。これらの整備費用は、ダム事業により国と利根川流域都県が負担しますが、完成後の維持管理は地元負担となります。

 人口5千人余に減少している長野原町にとって、膨大な施設の維持管理はダム完成後の大きな負担となります。今朝の上毛新聞一面の記事によれば、長野原町ではこの課題を解決するために、これらの施設を維持管理するための新組織を立ち上げるということです。

 記事の末尾に、かつて群馬県が長野原町に約束した水源地域振興公社のことが書かれています。
 長野原町が水没住民の生活再建と地域振興策を条件に八ッ場ダム計画を受け入れるきっかけとなった群馬県の生活再建案は1980年に出されました。県が町に説明した公社構想は、ダムで整備される施設の維持管理を担う組織として、下流都県の負担で運用し、200人の水没住民を雇用するというもので、この約束は長野原町が正式にダム事業を受け入れた1992年当時も、町が県に念押しをしたものでした。しかし2007年になって、群馬県は「下流都県の負担」は下流都県が了承したものではなかったことを明らかにしました。さらに2009年、八ッ場ダム3事業の一つ、利根川・荒川水源地域対策基金事業の予算額が249億円から178億円に減額されました。
 このニュースを伝えた2009年1月27日付の上毛新聞の記事を以下のページに掲載しています。

★「八ッ場ダム生活再建事業 178億円に大幅圧縮」(上毛新聞)
 https://yamba-net.org/38020/

 上記の記事には「県は「維持管理費は下流都県の理解を得られない」として自主運営を要請しているが、高山町長は「地元だけで施設運営するには限界がある。提示された案では維持管理などやっていけない。恐らく住民も同じ反応」として、県などに再考を求める方針だ。」と書かれています。しかし、群馬県も他都県も長野原町の要望を受け入れることはありませんでした。

 今朝の記事によれば、長野原町が基金事業による公社構想を断念したのは、5年ほど前とのことです。新組織は消えた公社構想の代わりに考案されたものなのでしょう。
 長野原町はこれまでダムによる犠牲を強いられてきましたが、ダム完成後も大きな負担を抱え続けなければなりません。

◆2019年3月23日 上毛新聞
ー長野原町 八ッ場ダム軸に全町観光 一体的誘客へ新組織 振興施設の連携促進ー

 長野原町の八ッ場ダム建設事業に関連し、町は新年度、地域振興や観光誘客を担う新組織の設立準備に取り掛かる。ダム周辺に点在する公園などの維持管理のほか、地域振興施設の連携促進事業を任せる方針で、町内に三つある観光協会の一本化も視野に入れる。組織形態や活動内容を今後詰め、ダム完成後の2020年春の発足を目指す。

 新組織設立に向け、町は4月から「地域振興推進員」として外部人材を採用。地域おこし協力隊員を加えた計2人が町ダム対策課に所属し、社団法人や財団法人、株式会社といった具体的な形態のほか、活動内容を検討する。

 ダム周辺には、ダム建設に伴う生活再建事業の一環として、滞在型市民農園「クラインガルテン」をはじめとする地域振興施設が次々と誕生。1万平方㍍超の親水公園など複数の公園の整備計画も進む。ただ、中には管理体制が不明確なものがあり、新組織が運営する方向で検討する。

 13年に開業した道の駅「八ッ場ふるさと館」、今後完成する川原湯地区のアウトドアレジャー施設、横壁地区の食堂施設といった地域振興施設は地元出資会社が運営することになるが、新組織がこれらの施設を含め、一体的に観光誘客や地域振興に取り組むことも想定している。

 町内には、長野原観光協会(桜井芳樹会長)、川原湯温泉協会(樋田省三会長)、北軽井沢観光協会(黒岩巧会長)の3観光協会がある。町はダム周辺と浅間山北麓地域を結ぶ「オールながのはら」による一体的な観光誘客を目指している。

 ダム建設に伴う生活再建施設の管理運営組織を巡っては、1980年に県が町に対し、公社の設立を提案。下流都県から受け入れた基金の積み立てによる利子運用を想定していたが、低金利や行政改革の流れを受け5年ほど前に断念した経緯がある。

—転載終わり—

写真下=親水公園、水没文化財保存センター、加工工場などがこれから整備される予定の林地区勝沼。昔から地元では地すべり地として知られる土地で、ダム湛水前に地すべり対策工事を実施することになっている。斜面の整備に使った土は、周辺でよくみられる酸性熱水変質帯のせいか、斑模様に見える。
2019年3月12日撮影。