水道民営化についての論考

 昨年12月に改正水道法が成立しました。ライフラインである水道をめぐる動きは、私たちの生活に大きな影響を与える可能性があります。水道民営化についての論考が次々と発信されています。様々な分野の専門家による重要な指摘がありますので、ご紹介します。

◆2019年4月12日 J-CASTニュース
https://www.j-cast.com/kaisha/2019/04/12354683.html?p=all
ー老いた水道管、水質悪化、料金値上がり…… 水道事業を民営化しても「未来」はない(鷲尾香一)ー

◆2019年4月12日 Business Journal
https://biz-journal.jp/2019/04/post_27430.html
ー「平成検証」改正水道法の急所(3)安倍政権の水道民営化の根本的矛盾…運営企業の儲けのために住民に犠牲と負担を強いるー

◆2019年4月14日 Business Journal
https://news.infoseek.co.jp/article/businessjournal_542901/
ー安倍政権の水道民営化、運営企業の「利益」「株主配当」のために料金値上げも…改正法の罪ー

◆2019年4月17日 読売新聞
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190417-00010000-yomonline-soci
ー海外メジャーが熱視線、安くて安全な「日本の水」は守られるのかー

  水道事業の民間参入に道を開く改正水道法が成立した。予算や人手の不足により、各地で水道事業が危機に瀕(ひん)しているが、法改正だけが先行し、民間参入のメリット、デメリットや水道の将来像に関する議論は不十分なままだ。このままで、安くて安全な「日本の水」を守れるのか。世界の水ビジネスの現状が日本で十分知られていないことに危機感を持ち、最近、著書『日本の「水」が危ない』を出版した国際政治学者の六辻彰二さんに寄稿してもらった。

オーナーとマネジャーの関係
 昨年12月の改正水道法の成立は、日本の水道にとって大きな節目となる出来事だった。この法改正で、水道事業に民間企業が参入する法的な枠組みが、ほぼ完成したからだ。

 もっとも、公営が当たり前だった水道事業に民間参入を促す改革は、昨日や今日に始まったことではない。20年にわたる改革の積み重ねの結果でもある。

 改革の出発点は、バブル崩壊後に構造改革の必要が叫ばれる中、1999年に成立した「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律(PFI法)」だった。

 改正水道法で想定される民間参入の形態は、2011年のPFI法改正で導入された「コンセッション方式」である。公共施設の所有権を自治体が保有し続け、経営を民間企業に委託するもので、自治体と民間企業が店舗経営などにおけるオーナーとマネジャーの関係になる。所有権も民間に譲渡したJRやNTTなどの場合とは形態が違う。

 水道事業を民間に委託するかどうかの決定は自治体に委ねられているが、コンセッション方式を普及させるため、政府は多くのお膳立てをしてきた。13年には100億円以上を拠出して、民間企業の参入を促す官民連携インフラファンドを発足させている。

 今回の法改正は、自治体の垣根を越えた水道事業の広域化を市町村に促すことに主眼が置かれているが、同時にこれは民間業者が参入した場合に利益をあげやすくするためのものでもあり、一連の改革はこれをもって一段落ついたといえる。

 先行きが不安な日本の水
 なぜ、水道事業に民間企業の参入を促すのか。これに関して政府は、水道事業の存続が危ぶまれている点を強調している。

 日本の水道は、料金の安さ、普及率、メンテナンスの質の高さなどで、世界屈指の水準にある。国土交通省の調べによると、水道水をそのまま飲める国は世界で13か国しかなく、日本はそのうちの一つだ。一方で例えば、東京の水道料金は、ニューヨーク、ロンドン、パリなどのおよそ半分の水準にとどまる。

 ただし、世界に誇れる安くて安全な「日本の水」は、非常にもろい基盤の上に立っている。国内のあらゆるインフラと同様、水道も老朽化が進んでおり、法律で定められた耐用年数を過ぎた水道管は全体の約15%に上る。

 しかも、耐震補強された水道管の割合は37%程度にとどまる。昨年6月に大阪北部地震が起きた時には最大9万戸が断水した。この一方でメンテナンスに投じる資金は不足しがちで、1998年に1兆8000億円を超えていた水道事業関連の投資額は、2013年には1兆円を割り込んでいる。

 投資に向ける資金が十分でない背景には、人口減少がある。水道事業は独立採算が原則だ。全体の水道使用量が減れば、本来、1世帯当たりの負担額は増えるはずである。ところが、水道が危機的状況にあるという認識は広く共有されておらず、料金の大幅な引き上げには抵抗も大きい。その結果、必要な投資を行うための資金が不足するのである。

 この状況を打開する切り札として、政府は民間の参入を促している。民間業者に業務を委託することで、経営が効率化され、資金や人員の不足分を補うことが期待できる。自治体の財政負担は軽減され、利用者には質の高いサービスが提供できるというのが、政府の描いた青写真だ。

 ただし、水市場の開放によって参入が見込まれるのは、日本企業だけではない。水道事業への民間参入は世界各地で進んでおり、水道経営に特化した企業も珍しくない。

 とりわけ「水メジャー」と呼ばれる欧米の巨大な水企業にとって、水道の公営が長く維持されてきた日本は、将来の可能性を秘めた「未開拓地」である。

 これから水道を普及させる必要がある発展途上国とは違って、日本ではすでに完成した水道システムが利用できる。トイレでは温水便座を使い、毎日風呂に入るなど、水を多く使う日本人の生活習慣も、水メジャーには魅力的に映る。日本の水道料金は世界的に見れば割安だが、これは値上げの余地があるということでもある。

 このように、日本の水市場は水メジャーにとって「おいしい」市場になる可能性がある。水道法の改正に先立ち、フランスのヴェオリア社やスエズ社など、著名な水メジャーのいくつかはすでに日本に上陸している。

 フランスとドイツ、どこが違うのか
 日本では水道事業にコンセッション方式を導入する仕組みがほぼでき上がったわけだが、海外に目を向けると、単純に市場原理を導入したところでは、むしろマイナスの影響の方が大きいことがわかる。

 例えば、1980年代から水道事業にコンセッション方式を導入しているフランスでは、上水道の30%、下水道の24%を民間業者が経営している。

 民間企業が参入した後、まず起きたのは水道料金の高騰、水質の悪化である。また、民間業者が民間からの投融資で資金を調達すれば、配当や利払いの負担が大きくなり、これが最終的には水道料金に跳ね返ってくる。そうすると結局、料金を抑えるために資金を拠出するのは公的機関ということになる。フランスでは資金の90%近くを公的機関が拠出しており、自治体の財政負担を減らすという当初のもくろみは達成できていない。

 これらに対する不満が高まった結果、2000年から14年にかけて、49の自治体で水道事業が「再公営化」された。そこには、首都パリが10年にヴェオリアやスエズとの契約期間の終了段階で、契約を更新しなかったという事例も含まれる。

 期待された結果が得にくい大きな原因は、透明性の低さだ。フランスでは民間業者を監督する専門機関はなく、民間が設定した価格が妥当かどうかを自治体が判断する基準もない。規制の緩さは民間業者の裁量の余地を大きくする。事業の効率化などが期待できる反面、民間業者による水増し請求や安全管理の手抜きの温床にもなっている。

 実際、パリ市が02年に行った監査では、経済的に正当化できる水準を25~30%も上回る料金が設定されていた。

 もちろん、民間参入の全てに問題があるわけではない。例えば、ドイツでは上下水道の64%が民間業者によって経営されているが、2000年から14年までの間に再公営化されたのは8自治体と49自治体のフランスより少ない。加えて、料金の上昇率もインフレ率を下回り続け、水道の水をそのまま飲める13か国の中にも入っている(フランスは入っていない)。

 ドイツの場合、コンセッション方式ではなく、自治体と民間が資金を出し合い、水道管理会社を設立する手法が一般的だ。この仕組みでは事業者の裁量の余地は大きくないが、監督者である自治体との間の情報格差は小さく、監査などが実質的なものになるというメリットがある。その一方で、ドイツでは事業者のパフォーマンスを他の企業と比較するベンチマーキングと呼ばれる制度が導入されている。これによって業務の効率化を促し、ムダをなくす仕組みが出来上がっているのだ。

 フランスとドイツの違いを生んだ背景として、地方自治の制度上の差がある。日本以上に中央集権色が強いフランスでは、自治体に対する住民の働きかけが弱く、これが結果的に、問題の目立つコンセッション方式を存続させる一因になってしまった。これに対しドイツは、連邦制であることも手伝って住民の地方政治への関心が高い。自治体には住民の監視の目が光り、パフォーマンスの悪いサービスは存続が難しくなる。

日本がとるべき道
 日本に目を転じると、施設の老朽化や人口減少が進む中、これまで通りの水道経営では持続性が疑わしい。とはいえ、公営が常に最上と言えないのと同様、単純な民間委託も万能薬とは言えない。

 ムダをなくし、利用者の満足度を引き上げるうえで重要なのは、公営か民営かという経営主体の問題ではなく、いかに透明性を高め、水道事業者の監督を実質的なものにできるか、いかに利用者にとって水道事業を可視化できるかにある。

 これにかんがみると、改正水道法は心もとない。政府は水道事業に民間参入の道を開くことに腐心してきたが、その裏返しで、民間業者を監督する専門機関の設置はおろか、ドイツのようなベンチマーキングの導入も想定されていない。

 近年、日本のメーカーで相次いで発覚した品質偽装の例を挙げるまでもなく、適切な監査・監督がないまま民間企業に自由な活動を認めれば、法令遵守は絵に描いた餅になりやすい。都道府県や市町村のほとんどはコンセッション方式の導入に消極的だが、その一因はこうした制度的な欠陥を見抜いているからでもある。

 また、施設の老朽化という問題は、ただ民間が参入すれば解決するものでもない。民間参入を促すのであれば、政府には制度の綿密な設計が不可欠である。

 その一方で、利用者の側にも課題はある。ドイツの例にみられるように、自治体が水道事業のパフォーマンスを向上できるかは、最終的には利用者である住民の関心の高さがカギとなる。日本では首長選、議会選など地方選挙の投票率が3割前後にとどまることも珍しくなく、地方政治が話題になる機会は少ない。利用者の関心が低ければ、水道の危機そのものが放置されることになりかねない。住民が地元への関心や自治意識を持つことが、水道の持続性を高めるための第一歩といえるだろう。

海外メジャーが熱視線、安くて安全な「日本の水」は守られるのか
六辻 彰二( むつじ・しょうじ )

筆者プロフィル
 国際政治学者。1972年生まれ。96年、横浜市立大学文理学部卒業。2001年日本大学大学院国際関係研究科博士後期課程単位取得満期退学。国際政治、アフリカ研究を中心に領域横断的な研究を展開。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教壇に立つ。今から25年以上前、研究のため訪れたアフリカで、安全に飲める水道水がいかに貴重であるかを実感。著書に『日本の「水」が危ない』(ベスト新書)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)などがある。