八ッ場ダム、コンクリート打設の完了式典開催

 昨日午前中、国交省関東地方整備局はコンクリート打設の完了式典を開催しました。
 写真右=2019年4月9日、ダム直下の吾妻峡・小蓬莱より。

 国交省八ッ場ダム工事事務所のホームページに記者発表資料が掲載されています。
 
◆記者発表資料 2019年06月05日 八ッ場ダム工事事務所
 http://www.ktr.mlit.go.jp/kisha/yanba_00000085.html
 「八ッ場ダム打設完了式」を開催します

 八ッ場ダム本体建設工事は、令和元年度中の完成を目標に進めています。
 平成28年6月に本体コンクリート打設を開始し、このたび、コンクリートの打設が完了する運びとなりました。つきましては、「八ッ場ダム打設完了式」を下記のとおり開催しますのでお知らせ致します。

※会場の都合により、一般の方のご来場はご遠慮願います。

  記
1.日時
 令和元年6月12日(水) 10時00分~12時00分予定 (受付開始は9時00分~)

2.場所
 八ッ場ダム堤体建設地点右岸天端(本文資料(PDF)別図のとおり)
 群馬県吾妻郡長野原町大字川原湯地先

3.共催
 国土交通省関東地方整備局
 八ッ場ダム本体建設工事 清水・鉄建・IHI異工種建設工事共同企業体

4.主な招待者
 国会議員、関係都県知事、長野原町長、東吾妻町長、関係住民等
 

—転載終わり—

 各メディアがこのセレモニーを取り上げ、中には式典が終わる前にニュースを流したメディアもありました。
 各社の発信した情報で共通しているのは、八ッ場ダムが民主党政権の挫折の象徴とされていることです。八ッ場ダムは、ダム事業費が倍増されて全国トップの4600億円になることが明らかになった2003年末頃から、税金のムダ遣いの象徴としてメディアで取り上げられるようになりました。当時、すでに計画発表(1952年)から半世紀以上経過していましたが、本体工事が始まっておらず、毎年ダムの関連事業に数百億円の予算が投じられていたのですから、メディアが政官財癒着の巨大公共事業の典型として注目するのは自然の成り行きでした。

 こうした流れが、民主党が政権を獲得する2009年の総選挙で、政権公約として「八ッ場ダム中止」を掲げた背景でもあったのですが、政権交代が実現すると、今度は公約を実現できずにうろたえる民主党の体たらくがメディアの格好の餌食になりました。政権が再度交代してから7年が経とうとしていますが、いまだに八ッ場ダムは民主党政権叩きの政治ネタとして認識されているようです。

 狭い日本列島にはすでに全国津々浦々の山河に何千基ものダムがあり、今や新規のダムの必要性は皆無であるのに、更に各地で何十基ものダム事業が進行中です。
 ダムには寿命があり、維持管理には莫大な費用がかかります。これらのダムをどうするか、ダムの先進国で進められているダム撤去も含めて考えなければならない時代に八ッ場ダムが完成しつつあります。

写真右=水没予定地の川原湯温泉に自生していたカザグルマは絶滅危惧種。他県では国の天然記念物に指定されている自生地もある。ヨーロッパでは日本のカザグルマを原種とした園芸種のクレマチスがバラと共に春の庭を彩る。ダム堤を見下ろす川原湯地区の移転代替地に住民が移植したカザグルマが今年も咲いた。2019年5月15日撮影。
 

◆2019年6月13日 上毛新聞 (紙面記事より転載)
https://www.jomo-news.co.jp/news/gunma/politics/138351
ーダム観光加速へ 八ッ場打設完了 長野原で式典 知事「万感」ー

 八ッ場ダム(長野原町)の建設事業で、本体のコンクリート打設が12日、完了した。国土交通省関東地方整備局などは同日、ダム右岸側の川原湯湖畔公園駐車場で式典を開き、国や県、地元、下流都県の関係者ら約230人が節目を祝った。ダムは秋からの試験湛水を経て、本年度末に完成する。周辺では生活再建に関する各種施設の整備や、ダム湖を生かしたレジャー事業の準備が着々と進められており、町などは今後、ダムを核とした八ッ場観光の態勢整備を加速させる。

 同省八ッ場ダム工事事務所によると、コンクリート打設は2016年6月にスタート。24時間態勢で進められ、3年がかりで完了した。仮設備の撤去などを終えた後、秋以降に満水にしてから最低水位まで下げる試験湛水を行い、本年度中にダムを完成させる。

 ダム湖を中心とした生活再建事業は、水没5地区でそれぞれ大詰めを迎える。手ぶらでバーベキューやキャンプが楽しめるアウトドアレジャー施設のほか、屋内運動場、農林産物の加工施設、ダム湖を望む水辺公園などが本年度中に完成する。湖面では、観光船や県内初の水陸両用バスの運用を町が計画。カヌーやカヤックの利用も想定している。

 大沢正明知事は式典で、政権交代により事業が停滞したことに触れ、「地元がこれ以上苦しむことがあってはならないという思いで取り組んだ。思い起こすと万感胸に迫る」と振り返り、「今後も地元や国と連携し、ダムを利用した魅力ある地域づくりに取り組む」とあいさつ。下流域の1都4県を代表し埼玉県の上田清司知事は「上流の方々の犠牲の上にダムが完成する。その気持ちや苦労を、心を尽くして伝えていく」と述べた。

 1952年の計画発表から67年。長野原町の萩原睦男町長は「苦渋の決断を強いられながら歩んできたダムなので感慨深い」とし、ダムを新たなブランドとするため、「生活再建事業を早期に完成させ、オール長野原で情報を発信していきたい」と決意を語った。

 式典では大沢知事ら出席者がスイッチを押して、遠隔操作で最後のコンクリートを堤体に流したほか、くす玉を割って作業の完了を祝った。現場見学会も開かれ、国交省職員の説明を聞きながら関係者が堤体の上を歩いた。
 

◆2019年6月12日19時5分 NHKニュース
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190612/k10011950081000.html
ー八ッ場ダム コンクリートの流し込み完了 群馬ー

 来年春の完成を目指して建設が進められている群馬県長野原町の八ッ場ダムで、本体部分のコンクリートを流し込む打設作業の完了を祝う式典が行われました。

 八ッ場ダムは70年近く前に建設計画が持ち上がり、長期間にわたる住民の反対運動の末、地元の長野原町が受け入れを決定しましたが、平成21年に当時の民主党政権が建設を中断するなど混乱が続きました。

その後、建設が再開され、およそ3年前からは本体部分のコンクリートの打設作業が24時間体制で行われるようになり、11日までにほぼ完了しました。

12日は朝から地元の関係者などを対象にした見学会が開かれ、高さ116m、幅290mのコンクリートの本体の上で担当者がダムの機能などを説明しました。

このあと本体の近くで記念の式典が行われ、およそ200人の関係者が見守る中、国や県の担当者が最後のコンクリートの打設を行う機械のボタンを押して、作業の完了を祝いました。

八ッ場ダムでは今後もダム周辺の整備や点検作業などが進められ、ことし秋からは水をため始める予定です。

八ッ場ダム工事事務所の遠藤武志副所長は「今後の工事もしっかりと進め、ダム湖を活用した観光などの振興策も、地元の人たちと協力して進めていきたい」と話していました。

◆2019年6月12日 読売新聞
https://news.biglobe.ne.jp/domestic/0612/ym_190612_6906222309.html
ー計画浮上67年、八ッ場ダム本体の工事ほぼ完了ー

 群馬県長野原町で国が建設を進めている八ッ場やんばダムで12日、本体工事のコンクリートの打ち込み完了式が行われた。計画浮上から67年が経過したダムは来年3月に完成する予定。治水と1都4県の利水、発電の多目的ダムとして運用が始まる。建設地から470世帯が移転し、高さ116メートル、総貯水量は東京ドーム約87個分の約1億750万立方メートルとなるダムは放流設備の整備などを残すだけとなった。

 ダムでは今秋、水をためて安全性を確認する「試験湛水たんすい」が行われる。国土交通省の式典に出席した大沢正明・群馬県知事は「住民の苦しみを振り返ると万感の思いだ」と述べた。

 利根川下流域の治水対策で、ダムの建設計画が持ち上がったのは1952年。5地区の集落や川原かわら湯ゆ温泉街などが水没することになり、地元では激しい反対運動が起こって、長年にわたり、推進派との対立が続いた。建設合意後も、民主党政権による関連工事の中断などで地元は翻弄ほんろうされた。

 住民の流出・減少で、現在の人口は計画が浮上した当時の3分の1、約1100人まで減った。用意された代替地に移ったのは96世帯にすぎない。シンボル的存在だった川原湯温泉も、1980年代に22軒あった旅館のうち、営業を再開したのは5軒のみ。移転した「やまた旅館」の豊田拓司さん(67)は「再開はしたが、これからが正念場だ」と険しい表情で話す。

 それでも地元では、完成を見据えた取り組みが始まっている。ダムを観光名所にしようと、長野原町は今年4月、ダム湖上に架かることになる八ッ場大橋で「貯水開始まで高さ日本一」のバンジージャンプの営業を開始。ダム湖ができれば、水陸両用の遊覧バス導入も予定している。下流の東吾妻町も、付け替えられたJR吾妻線の旧線路を活用、自転車型トロッコの運行を計画している。

 長野原町の萩原睦男町長は「苦渋の決断も強いられたが、これからは湖と八ッ場ダムをブランドとして発信し、完成後は、さらに前に進む」と話している。

◆2019年6月12日 毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20190612/k00/00m/040/094000c
ー八ッ場ダム「打設」完了 来春完成へ節目ー

 群馬県長野原町に国が建設している多目的ダム「八ッ場(やんば)ダム」の本体部分にコンクリートを流し込む「打設(だせつ)」が終了し、建設現場で12日午前、「打設完了式」が行われた。建設計画から67年。地元住民の激しい反対運動や、民主党政権による建設中止など、複雑な経過をたどったダム建設は、来春の完成に向けて大きな節目を迎えた。

 完了式には、地元住民や大沢正明県知事ら自治体関係者、地元の国会議員などが出席した。

 八ッ場ダムは、旧建設省が1952年に現地調査に着手した。地元住民が反対運動を繰り広げたが、生活再建を前提に85年、建設を受け入れた。民主党は2009年の衆院選で建設中止を掲げ、政権交代直後に前原誠司国土交通相(当時)が建設中止を表明。しかし、地元自治体などの反発を受け、国交省がダムの必要性の有無を検証し、11年11月、「継続が妥当」との結論をまとめ、工事が再開された。【西銘研志郎】

https://mainichi.jp/articles/20190612/k00/00m/040/101000c
ー移転住民 生活再建誓う 八ッ場ダム、計画から67年「打設」完了ー

 67年前に計画され、群馬県長野原町に国が建設を進める多目的ダム「八ッ場(やんば)ダム」の本体部分にコンクリートを流し込む「打設(だせつ)」が終了し、建設現場で12日、「打設完了式」が行われた。地元住民の激しい反対運動や、民主党政権下の建設中断など、紆余(うよ)曲折をたどったダム建設は、来春の完成に向けて大きな節目を迎えた。しかし、水没のため造成地に移転を余儀なくされた住民の暮らしはいまだ再建途中だ。

 「出て行く人がいることは覚悟していたが、これほどまでに減るとは思わなかった」。水没する地区の一つで、800年の歴史を誇る「川原湯温泉」があった川原湯地区。ここで創業約100年の老舗旅館「やまきぼし」を営んでいた樋田省三さん(54)が言った。

 川原湯地区はダムの建設に伴い、山を切り開いた造成地に移転することになった。だが造成地の整備に時間がかかり、2009年には民主党政権下で建設工事が中断した。先が見えない不安から地元を離れる人が後を絶たず、造成地に移転した住民は約3分の1に。全盛期に約20軒あった旅館は廃業が相次ぎ、今では6軒となった。

 移転先は、旅館や飲食店、土産店が建ち並んだかつてのにぎわいとはほど遠い。樋田さんの旅館も再建途中にある。日中は旅館に先立ちオープンさせたレストランで厨房(ちゅうぼう)に立つ。「嘆いても、いる人でやらなければいけない」。地元の温泉協会の会長でもある樋田さんが目指すのは、ダムを生かした観光地化だ。4月にはダムに架かる橋でバンジージャンプの営業が始まった。

 「本当にダムで観光地化できるのか。川原湯をどうしたいかというビジョンが見えない」といった懐疑的な声もある。それでも樋田さんは「川原湯で生きる人に誇りを持ってもらいたい」との思いを胸に、「現実を受け止め、『絶対に成功する』という気持ちだ」と語る。

 完了式には、地元住民や大沢正明県知事ら自治体関係者、地元の国会議員などが出席した。【西銘研志郎】

◆2019年6月13日 毎日新聞 
https://mainichi.jp/articles/20190613/ddm/041/010/071000c
ー群馬・八ッ場ダム なお賛否 計画から67年、打設完了ー

 群馬県長野原町に国が建設している「八ッ場(やんば)ダム」の本体部分にコンクリートを流し込む「打設」が終了し、建設現場で12日、地元住民や国会議員ら230人が出席した「打設完了式」が行われた。紆余(うよ)曲折をたどったダム建設は計画から67年を経て、来春の完成に向けて大きな節目を迎えた。現実を受け止めて前を向く移転住民がいる一方、ダム建設を批判する根強い声も聞かれた。

 民主党政権は2009年、ダム建設中止を表明した。完了式で大沢正明知事は「これ以上地元の皆さまが苦しむことがないようにと事業再開に取り組み、本日を迎えられたのは万感胸に迫る思い」と語った。

 水没地区から代替地に移転して温泉街の再建を目指す川原湯地区の温泉協会長、樋田省三さん(54)は「『いよいよ完成する』という実感がわいた。これから本当の新しい川原湯が始まる」とかみ締めていた。

 一方、民主党政権がダム建設事業を一転再開したのは公約違反だとして同党を離党した中島政希・元衆院議員(65)は毎日新聞の取材に、ダムは治水・利水の面から不必要であることが明白だと指摘し、「平成の負の遺産というほかない」と話した。【西銘研志郎】

—転載終わり—

写真=湖面橋・八ッ場大橋より八ッ場ダムのダム堤を望む。渓畔林の中を吾妻川が細く流れている。JR吾妻線は2014年9月まで吾妻川に沿って走っていた。JR吾妻線の川原湯温泉駅があった場所は資材置き場となっており、青いクレーン車が見える。川の両側にせり出しているのは、地すべりを防ぐための押さえ盛り土。盛土の上に水没住民の移転代替地がある。2019年4月24日撮影。