八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

インフラツーリズムとしての八ッ場ダム(日本経済新聞の記事)

 八ッ場ダムに関する、日経新聞の記事を二つ紹介します。
 日経新聞は最近まで、経済的な非合理性という観点から八ッ場ダム事業を報道することが多かったのですが、2015年に八ッ場ダムの本体工事が始まり、ダム見学が多くの観光客を呼び込むようになった最近は、インフラツーリズムの成功例として取り上げるようになりました。
 2009年の政権交代の際、政治ネタとしてマスコミが殺到した八ッ場ダムは、東日本の代表的な観光地である草津温泉や軽井沢に近く、多くの車が行きかう観光ルート上にあります。
 国土交通省が本体工事見学会を大いにPRしてきたのですから、観光客が集まるのは自然な流れですが、八ッ場ダムが抱える様々な問題は先送りにされたままです。水質や地質など、今後のダム湖観光や地域経済に関わりのある問題を見据えてこそ、地に足が着いた経済戦略が組み立てられると思うのですが。

◆2020年1月10日 日本経済新聞href=”https://www.nikkei.com/article/DGKKZO54231280Z00C20A1L60000/”>https://www.nikkei.com/article/DGKKZO54231280Z00C20A1L60000/
ー注目施設2020(4) 八ツ場ダム 新たな「湖」、観光の呼び水に 集客へ仕掛け続々ー

 群馬県長野原町で建設している八ツ場ダムが3月に完成する。68年前の計画発表後、建設の賛否を巡る地元の対立や政権交代による事業中断などで全国から注目を集めてきた。地元は今後、新たにできたダム湖などを生かして観光客を呼び込み、地域振興につなげようと急ピッチで準備を進めている。

 「うわー、すごい眺めだね」。ダムの近くにある高さ約20メートルの無料展望台「やんば見放台(みほうだい)」には平日でも大勢の人が訪れる。開設した2015年から19年11月中旬までの来訪者は約75万人に上った。

 民主党政権時代に建設手続きが一時中止され、全国的な関心を集めた八ッ場ダム。完成が近づくにつれて、多くの観光客が訪れるようになった。国土交通省が17年度から19年9月末までに実施した無料見学ツアーには10万人以上が参加。地元の観光協会が19年10月から行っている有料ツアーも順調だという。背景にはダムなどの公共施設を見物するインフラ観光の人気もある。

 八ッ場ダムには国内ダム事業として過去最高の約5320億円を投じてきた。構造はダム自体の重さで水圧を受け止める「重力式コンクリートダム」で、本体の高さは116㍍、頂上部の幅は290㍍、総貯水量は1億750万立方㍍(東京ドーム約87杯分)だ。
 
 ただ、この巨大公共事業を巡っては、計画発表から70年近くの間に賛否を巡る住民の対立や移転問題があり、町の人口は激減した。地元がダム完成後に地域活性化策として期待するのが観光振興だ。そのための準備が着々と進んでいる。

 観光の目玉の一つとして計画しているのが、ダム湖での観光船や水陸両用バスの運行だ。テニスなどができる屋内運動施設や、湖畔でキャンプなどを楽しめるレジャー施設も整備中だ。

 ダムの下流域に位置する群馬県東吾妻町では20年春から、廃線を走る自転車型トロッコを導入するなど、近隣地域でもダムの完成を見据えた動きが活発化している。長野原町は4月に観光振興を担う新たな組織を立ち上げる方針で、周辺との連携も進める考えだ。

 屋内運動施設などは地元住民の「生活再建」を目的に、国や群馬県などの財源で整備している。今後はこうした施設の維持管理も必要になる。国内外から観光客を呼び寄せ、その収益でインフラを維持できるのか。ダム完成後、地元には新たな課題が突きつけられている。(前橋支局長 古田博士)

長野原町・萩原町長に聞く 「問題」からブランドへ
周辺地域と共に魅力発信

 建設を巡って地元を翻弄してきた八ッ場ダム。群馬県長野原町は完成後、ダムの知名度などを生かし、観光振興に力を入れるビジョンを描く。萩原睦男町長に今後の戦略を聞いた。

ーいよいよダムが完成します。
 「計画発表以来、八ッ場ダムはずっと『問題』であり続けてきた。町長に就任した2014年から、これからは『ブランド』として発信していこうと言ってきた」
 「19年10月の台風19号で八ッ場ダムが治水機能を発揮し、脚光を浴びた。地元として誇らしく思ったし、まさにブランドに変わる瞬間を得た思いだった」

ー今後の地域振興に向け、どんなことを考えていますか」
 「ダム建設を機に利根川下流の自治体との交流ができた。具体的には千葉県の小学生がやって来て、地元の児童と魚のつかみ取りなどを楽しんでいる。ダム完成後にはもっと多くの子どもたちに来てもらえるように働きかけていきたい」
 「若い頃、ニュージーランドのクィーンズタウンを訪れた。ワカティブ湖という美しい湖を中心にした世界的な観光地だ。ダム湖ができる長野原町もそこに負けないくらいのエリアになり得る。将来は軽井沢や嬬恋など浅間山周辺の地域と手を結び、魅力を世界に発信したい」

◆2020年1月13日 日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO39492930Y8A221C1000000/
ー八ツ場ダム観光、年16万人 国と地元の対立超えて ドキュメント日本ー

 群馬県長野原町の八ツ場(やんば)ダムに多くの観光客が集まっている。その数、年間約16万人。「首都圏で唯一、建設中のダムが見られる」が売りだ。建設をめぐってかつて対立した国と地元が協力し、観光地化に取り組む。複雑な曲折を経た巨大インフラは2019年度に完成する。(定方美緒)

 「大臣が急にやってきて中止と言った」「ダムができて栄えた地域はないというのが正直なところです」。「道の駅」八ツ場ふるさと館の社長、篠原茂さん(68)がユーモアを交えてダムと町の歴史、実情を説明する。

 18年12月上旬に開催された1時間のナイトツアー。参加者はライトに浮かぶクレーンやコンクリートの擁壁のスケールに息をのみ、歓声を上げた。平日にもかかわらず、40人の定員を大幅に上回る約100人が参加。駐車場の制限から25人は断らざるを得なかった。

 埼玉県熊谷市の会社員、伊藤直也さん(48)はダム好きのリピーター。「だんだん出来上がっていく今しかない面白さがある」。町出身の野口徹さん(38)は家族5人で訪れた。「故郷を目に焼き付けておきたかった」

 企画したのは17年に住民と町、国土交通省の約20人で結成した「チームやんば」。温泉協会の会長、樋田省三さん(54)がトップを務め、18年は地元主催の有料ツアーを5回開催した。ほぼ毎日実施する同省主催ツアーもあり、17年度は2万9千人、18年度は11月末までに4万9千人が来場。ツアーに参加しなかった人も含めると、16万6千人がダムを訪れた。

 今後は地元主催を増やし、将来にわたる継続的な集客につなげていく。

 利根川治水策として八ツ場ダム計画が発表されたのは1952年のことだ。反対運動は激しく、国の職員を拒むバリケードを張り建設反対の看板があちこちに立った。85年に地元が受け入れを決め、関連工事に着手。多額の工事費が消化された後の2009年になって民主党政権が建設中止を表明した曲折の歴史がある。

 樋田さんはダム問題に人生をかけた1世代前を思う。「不況や過疎問題が絡み合って最後はダムを受け入れるしかなかった思いは計り知れない」

 国交省は八ツ場ダム工事事務所に地域振興課を置き、ダムを目玉にした誘客に全面協力する。「工事を見せれば、完成後にも来てもらえる」と遠藤武志副所長。

 12月のツアー後、「チームやんば」のメンバーは酒を飲みながら今後の企画を話し合った。「水を入れる前、ダム底を歩いてもらうのはどうだろう」。地元からはそんなアイデアも飛び出した。

 移転補償を受け地元を離れた住民も多い。移転対象470世帯のうち代替地に移ったのは94世帯だけ。振興資金を活用して移転・新築した小学校は温水プールやエスカレーターを備えるが、児童は20人しかいない。

 樋田さんが経営していた温泉旅館は水底に沈み、移転先で19年中に再開する予定だ。ダムを訪れた人の消費を喚起することが今後の課題。「温泉の泉質にだって自信がある。いつまでも国には頼れないし、ノスタルジーに浸ってもいられない」

 大規模公共工事は地域のありようを変え、ときには深い対立を生む。そうした歴史を乗り越えた先、ダム完成後の地域にはどんな未来があるのだろう。

◇  ◇
 国土交通省はダムなどのインフラを地域の観光資源とする「インフラツーリズム」の振興に力を入れている。活用を拡大させるための方法を議論する有識者懇談会も11月に設置した。

 巨大な建造物を解説付きで見学できるツアーは人気を集め、開催数は右肩上がりで伸びている。国交省が2016年1月に開設したポータルサイトに掲載する民間ツアーは18年9月に41件と、16年9月の23件から倍増した。国など管理者のツアーや見学会も、16年9月の326件から1割増え、18年9月に360件になった。

 サイトに掲載された367施設の見学者数(17年度)は計46万7千人に上る。このうち、ダムを見学した人が28万8千人で62%を占めた。河川の堤防や護岸の工事現場を見学する企画も人気が高く、河川関連の施設をめぐるツアーには7万6千人が参加した。

—転載終わり—

写真=記事で取り上げられている、整備中の「テニスなどができる屋内運動施設」。背後の山は草津温泉のある草津白根山。1/13撮影。

写真=屋内運動施設を建設している脇を流れている吾妻川では、台風19号で流れ込んだ流木の撤去作業が行われていた。川幅が狭まるこのあたりには、古くから弁天橋が架かっており、ポストカードにもなる景勝地だった。1/13撮影。

写真=ダム湖の対岸は川原湯地区。水没した川原湯温泉は雑木林に囲まれていた。ダム湖の水位が下がり、樹木の先が水面から見えている。1/13撮影。