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宍道湖におけるウナギ等の漁獲量減少の原因はネオニコチノイド系農薬である可能性

 島根県の宍道湖におけるウナギやワカサギの漁獲量減少の原因は、ネオニコチノイド系農薬である可能性が高い、という研究結果が報道されています。

◆2020年8月11日 日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO62314880V00C20A8000000/
ー宍道湖の漁獲減少は農薬の影響か、山室東大教授に聞く 科学記者の目 編集委員 滝順一ー

 今年4月に改正農薬取締法が施行され、農薬の安全性評価が厳格になった。安全性が高いとされ広く普及してきたネオニコチノイド系農薬についても再評価が行われるという。東京大学大学院の山室真澄教授は昨年、米サイエンス誌に、島根県の宍道湖におけるウナギやワカサギの漁獲量減少の原因はネオニコチノイド系農薬である可能性が高いとする論文を発表し注目された。山室教授に研究の経緯や農薬のリスクなどについて聞いた。

――ネオニコチノイド系農薬は人間を含む哺乳動物や鳥類などへの安全性が高く、少量で持続性があることから、世界中でたくさん使われています。

「サイエンス誌の論文が注目を集めた理由の一つは、ネオニコチノイド系農薬が魚のエサを減らした結果、漁獲量が減ったことを示したからだ。ネオニコチノイドが魚に直接影響しないのはわかっていた。しかし魚のエサである動物プランクトンを減らし、生態系に影響を与える可能性を世界で初めて指摘した」

「またネオニコチノイドの悪影響はミツバチやアキアカネ(赤トンボ)など陸上の生物に関してこれまで指摘されてきたが、私たちの研究成果は湖沼の水中の生態系にも影響を及ぼす可能性を示した」

――宍道湖で長年調査されていますが、農薬の影響を調べるのが目的で取り組んできたのではありませんね。

「2012年度から17年度まで国土交通省の委託で、私は産業技術総合研究所の特定フェローとして、東大や島根県保健環境科学研究所などとともに、宍道湖にすむ様々な動物の長期的な生息数と環境の関係を調べていた。窒素や炭素など物質の循環から、主として宍道湖特産の二枚貝、ヤマトシジミの資源量の変動を調べるのが目的だった。魚の減少はこの調査の以前から知られており、ヤマトシジミが2000年以降に一時漁獲量が激減したものの、13年ころには回復していたのに対し、漁獲量は回復しない。これが疑問だった」

「いつから魚が減ったのか。漁獲統計を調べると、1993年を境にウナギやワカサギの漁獲が減っている。シラウオは減っていないと分かった。一般にウナギは甲殻類やゴカイの仲間など底生生物を主に食べ、ワカサギは幼魚のころは動物プランクトン、成魚になると動物プランクトンに加えて羽化したユスリカを食べる。一方シラウオは植物も食べる。エサになる動物が何らかの原因で減ったことがウナギ、ワカサギの減少の原因だと推定した」

「河川の淡水と海水が混じり合った宍道湖の汽水域では、淡水の湖沼とは異なる特殊性があり、動物プランクトンの90%以上をキスイヒゲナガミジンコが占めている。国交省出雲河川事務所が80年代から毎月実施してきた動物プランクトン調査の結果から、93年5月にキスイヒゲナガミジンコが大きく数を減らしていたことが分かった。宍道湖周辺では5月に田植えが行われ農薬がまかれる。日本でネオニコチノイド系農薬が初めて登録されたのが92年11月で、最初に使用されたのは93年5月ころだと推定される」

――それだけでは農薬がウナギなどの減少の原因だと決められないのでは。

「キスイヒゲナガミジンコ以外に、汽水域のニッチで増える代わりの動物プランクトンは少ない。ワカサギはキスイヒゲナガミジンコに大きく依存していた。また長期の漁獲統計がないので論文には書かなかったが、私たちの調査では、宍道湖にすむウナギのエサになるエビなど甲殻類も減少が明らかだ。水温や塩分、護岸工事や漁業の状況など魚の生息に影響を与えそうな他の要因で93年を境に大きく変化したものはなく、農薬以外の影響は考え難い」

「ネオニコチノイドは昆虫を含む節足動物を主な対象にした神経毒だ。真水と塩水が混じり合う汽水域に住む節足動物は浸透圧を調整する機能を持つが、この機能に影響を与えている可能性もあると考える。農薬毒性は淡水や海水の生物を対象に調べられているが、汽水の生物で調べられた例はない」

――農薬が生態系に与える影響を今後も詳しく調べていく必要はありますが、農薬をまったくなくすことも農業の現状からみて容易なことではない。

「生物は多様で化学物質に対し同じような耐性を持っているわけではない。毒性試験を詳細に行っても現在の農薬では原理的に生物の多様性を守りきれない。農薬の大手メーカーが存在するドイツでは連邦政府が19年に『昆虫保護行動計画』を作成し昆虫生息地の保護や農薬の使用削減に取り組み始めた。昆虫は哺乳類や鳥類、爬虫(はちゅう)類、両生類などほかの多くの動物の食物資源で、昆虫の減少は人間の生活にも必ずよくない影響をもたらすと考えるからだ」

「著書『沈黙の春』で農薬のリスクについて警鐘を鳴らしたレイチェル・カーソンは生物農薬の可能性について触れている。植物や動物が天敵などから身を守るためにつくる物質は、効果が及ぶ生物種が限られる特異性があり、多くの生物種に一斉に影響を与える化学農薬とは違う。よりきめ細かな効果がある農薬の開発を目指すべきではないか」

■取材を終えて
 改正農薬取締法は農薬の安全性を高めるため、最新の科学的根拠に照らして定期的に安全性などの再評価をすることにした。安全性審査にあたっても動植物への影響評価を充実するとして、養蜂家が利用するミツバチを含め、ハナバチの仲間を影響評価の対象にしていく。神経の働きに影響を与えるネオニコチノイド系農薬がミツバチの大量死をもたらしているとの報告が背景にあるとみられる。
 農薬規制は欧州が先行し日本も追随している格好だ。アジア地域は温暖で雨が多く、水田に食糧生産を依存している。欧州とは気候、風土が異なる。安定した農業生産に農薬は欠かせないとの意見もある。生物多様性の保全を重くみた適正使用の道を探っていかねばならない。