川原湯温泉の「やまきぼし」、素泊まり施設として代替地で再開

 川原湯温泉のやまきぼし旅館が代替地で再開するとのニュースが地元紙に掲載されました。
 水没予定地の温泉街にあったやまきぼし旅館は、当主で現・川原湯温泉協会長の樋田省三さんがつくった露天風呂が嵐山光三郎氏によって「崖湯」と名づけられ、広々とした和室から崖沿いの自然を眺めることができる老舗旅館でした。大女将の手作りの料理も人気でした。
 息子さんが引き継ぐ代替地の宿は、かつての旅館とは違う素泊まりスタイルになるとのことです。「やまきぼし」では、今回オープンする「湯宿」に隣接するレストランをすでに営業しています。樋田省三さんは以下の上毛新聞の記事にある「川原湯温泉あそびの基地NOA(ノア)」の社長でもあります。

★川原湯温泉 湯宿やまきぼし https://kawarayu-yamba-yamakiboshi.com/yado/

★川原湯温泉 やまきぼし https://www.yamakiboshi.com/

◆2020年8月28日 上毛新聞 (紙面記事より転載)
https://www.jomo-news.co.jp/news/gunma/society/236116
ー代替地で老舗旅館が再開 八ツ場水没「やまきぼし」ー

 今春完成した八ツ場ダム建設により水没した長野原町川原湯で大正時代から続く温泉旅館「やまきぼし」が29日、代替地で宿泊業を約5年ぶりに再開する。社長の樋田省三さん(55)の長男、恒祐さん(25)が後継ぎとして戻り、素泊まりなど新たな需要に対応できる宿として再出発する。ダム建設時の移転問題で揺れた温泉街は宿泊施設が減り、子育て世代が町外に流出したが、恒祐さんは「新たな川原湯温泉をつくっていきたい」と意気込む。

 代替地に移った「やまきぼし」は2年前から、昼食を中心とする食事処として営業している。6代目として恒祐さんが働くことが決まり、建設した宿泊棟で始める。

 恒祐さんは水没前の長野原一小に入学し、途中で校舎が高台に移転。入学時に10人ほどいた同級生は卒業時には半数に減っていた。
「町外に引っ越す子を目の当たりにした。この先、町はどうなるんだろう」と、子どもながらに心配した。それでも懸命に働く父親の姿を見て育ち、当初は跡継ぎは嫌だと思っていたが、中学卒業の頃には継ごうと考えるようになった。「ダムができて景色が変わったが、帰りを待ってくれた地元の人がいる。川原湯が好きだという思いが強い」と家業に入った。

 旧中之条高から進学した埼玉県内の大学を卒業した2017年3月、代替地の工事はまだ終わっていなかった。みなかみ町の旅館で約3年間働きながら、食材へのこだわりやサービスを学んだ。
 「昔の旅館っぽい『やまきぼし』とは違う、新しいスタイルの『やまきぼし』としてスタートする」と恒祐さん。部屋数は従来から半減の7部屋(1部屋あたり1~6人)にし、両親との3人でも経営できる規模にした。宴会や食事付きの従来型営業ではなく、複数で泊まれば1人当たりの支払いが安くなる素泊まりの部屋代(中心価格は1万4千円)での提供を基本とする。
 希望により朝夕の食餌も用意できるが、近くで今月開業した「川原湯温泉あそびの基地NOA(ノア)」でバーベキューをしたり、外食したりと宿泊客が自由に楽しめる周遊を促す。

 恒祐さんは「ダム周辺の景観やアウトドアの充実というプラスのイメージとともに、川原湯温泉の魅力を発信したい」と夢を描く。省三さんは「創業から100年以上続く旅館。継いでくれるのはやっぱりうれしい」と目を細めた。

 川原湯地区の宿泊施設は移転前に約20軒あった。代替地で再開するのは「やまきぼし」が6軒目となる。

—転載終わり—

写真=やまきぼしの宿泊施設(左手の白い建物)とレストラン(右手のオレンジ色の建物)。

写真=やまきぼしのある川原湯地区の打越代替地(上流側)。右手の枯れ木の林のある所が水没した旧川原湯温泉跡。