川辺川ダム前提に宅地かさ上げ、球磨川流域の八代市坂本

 7月4日の九州豪雨で大氾濫となった熊本県の球磨川では、川辺川ダムが中止になったために甚大な水害になったとの声が多く聞かれますが、国土交通省の川辺川ダム事業はこの間も中止手続きがとられずにきました。
 球磨川では川辺川ダムを前提とした治水対策しか講じられてこなかったことがこの度の水害の主たる要因ではないかと思います。
 地元紙の連載から、関連記事を紹介します。

◆2020年8月28日 熊本日日新聞
ー川辺川ダム前提に宅地かさ上げ 「安心」のみ込んだ濁流 <第1部②>ー

 8月中旬、球磨川右岸に位置する熊本県八代市坂本町の大門[おおかど]集落に住む吉田嘉治さん(84)は、穏やかな流れを取り戻した球磨川を見やりながらつぶやいた。「かさ上げが終わったからみんな安心していた。こんなことになるなんてね…」

 大門集落は、国が宅地を約3メートルかさ上げする工事を手掛け、2015年度に完了したばかり。しかし、7月の豪雨で吉田さん宅は、1階天井付近まで濁流にのみ込まれた。
 球磨村から八代市坂本町まで43キロに及ぶ球磨川中流部は長年、水害に悩まされてきた。川幅は狭く、川際まで山が迫る地形。わずかな平地に集落が点在し、堤防をかさ上げする土地の確保も難しい中、国は1982年、集落全体を高くする治水対策に乗り出した。これまでに対象の42地区538戸(計画当時)のうち、32地区で終了。いずれも1~5メートル程度高くなった。

 しかし、大門集落に限らず住民が「安全になった」と思っていた多くの集落が被災した。記録的な豪雨だったことが主因ではあるが、かさ上げの前提に川辺川ダムがあったためでもある。
 国土交通省八代河川国道事務所によると、かさ上げの高さは、球磨川流域で戦後最大とされた1965年の水害時の流量などをベースに、川辺川ダムの完成を前提に設定した。例えば、八代市坂本町の横石地点のピーク時流量は、1秒当たり9900トン。ダムで2100トンをカットし、残り7800トンを河川に流す際、水面から1・5メートルの余裕が生まれる高さを目標にかさ上げを進めてきた。

 八代河川国道事務所の森康成副所長は「ダムがなければ、不十分な高さ。そのため、さらなるかさ上げなどを県や流域市町村と検討してきた」と説明する。
 ただ、その検討が始まったのは2009年のことだ。08年に蒲島郁夫知事がダム計画に反対表明し、当時の民主党政権が09年、計画中止を明言。「ダムによらない治水」を国、県、流域市町村で議論することになった。

 抜本的な対策はなかなか打ち出せず、昨年ようやく10案が議論のテーブルに上った。球磨川中流部は、さらなる宅地のかさ上げや河道掘削が示されたが、いずれの案も計画完成は45~200年後。直近の水害にいかに対応するか課題を残したまま、今回の豪雨災害に見舞われた。

 熊本大大学院先端科学研究部の大本照憲教授(河川工学)は「今回の豪雨は1965年の流量を上回った可能性が高い。川辺川ダムがあれば被害は抑えられたかもしれないが、ゼロにはならない」と分析。「地域ごとに最も大きく水害に影響した原因を見極めた上で、優先順位を付けて対策を急ぐ必要がある」と指摘する。

 25日、熊本県庁地下大会議室。今回の豪雨を検証する「球磨川豪雨検証委員会」の初会合が開かれた。メンバーは、12年間結論を導き出せなかった「ダムによらない治水」を検討した蒲島郁夫知事はじめ国、県、流域市町村の幹部らだ。(内田裕之)