球磨川氾濫と「川辺川ダム」 あっても大被害免れず=福岡賢正

 新聞記者として川辺川ダム問題を精力的に取材し、「国が川を壊す理由(わけ)ー誰のための川辺川ダムか」の著書もある福岡賢正さんが、「(川辺川)ダム建設反対の世論形成に一定の役割を果たした者として、今回の水害をどうとらえているのか記したい。」として公表した長文の記事を紹介します。

◆2020年9月2日 毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20200902/ddm/005/070/007000c
ー球磨川氾濫と「川辺川ダム」 あっても大被害免れず=福岡賢正(客員編集委員)

 7月4日、熊本県を襲った記録的な豪雨で球磨川が氾濫し、多くの人命が失われるなど甚大な被害が出た。球磨川水系では最大の支流に国が計画した川辺川ダム建設が2009年に中止され、ダム無しの治水策がまとまらずに協議が続く中で今回の水害が起きた。そのためダム建設計画復活の動きが予想される。

 ただ今後の治水対策は今回の水害をきちんと検証した上で、地球温暖化によりさらに激甚化が予想される豪雨も考慮して決めるべきだ。29年前に毎日新聞熊本版で私が執筆した連載がきっかけで計画の見直しを求める住民運動が始まるなどダム建設反対の世論形成に一定の役割を果たした者として、今回の水害をどうとらえているのか記したい。

 今回の洪水の最大流量が、既設ダムの効果を見込んで川辺川ダム計画で想定されていた人吉市地点毎秒6600立方メートル(以後トンで代用)、八代市横石地点毎秒8600トンを大きく超えていたのは確実だ。水害前に何度も現地を視察している今本博健・京都大名誉教授(河川工学)が水位と過去の流量データなどから推定した流量は人吉毎秒約8500トン、横石毎秒約1万トン。いずれも計算値の下限に近い値を採用しており、これ以上だった可能性もあるという。

 そんな中で川辺川ダムの集水域の雨量は比較的少なかったため、ダム建設予定地の約5キロ下流の相良村四浦の水位から推定したダムへの流入量は計画内に収まり、ダムが緊急放流する事態には陥らずに規定通りの操作で流量を減らせたと考えられる。

 問題はその流量調節で被害をどの程度軽減できたかだ。川辺川ダムがあった場合の人吉地区での治水効果の検討結果がいくつか公表されているが、氾濫を防げなかったとする点は一致するものの、国やダム治水に積極的な論者は軽減効果は大きかったとし、慎重な論者は小さかったと主張している。今本さんは後者で、月刊誌「科学」の9月号に論文が掲載されている。どちらも客観的なデータを基に解析しており、両者が根拠を突き合わせて議論すれば、妥当な結論が導かれるはずだ。

中流狭さく部、猛烈な降雨
 私が着目するのは、壊滅的打撃を受けた球磨川中流の狭さく部、球磨村や芦北町、八代市坂本町の被害についてだ。

 各地の時間雨量の推移やレーダーによる雨雲観測結果などから、日付が7月4日に変わる頃から線状降水帯による豪雨が中流の一部支流沿いで降り始め、午前1時ごろには中流域全域と、人吉市と球磨村の境界付近で球磨川に合流する第2の支流、万江川の流域に拡大。それら一帯には同7時ごろまで猛烈な雨が降り続いたことが分かっている。

 今本さんの計算によると、狭さく部の最下流にある横石の推定流量はグラフのように午前3時ごろから上流の人吉や四浦に先行して垂直に近い角度で急増。午前7時半には毎秒1万トン近くに達し、以後7時間ほど1万トン前後で高位安定している。横石の過去最大流量は毎秒7000トン。過去にない膨大な流量だ。

 毎秒約1万トンとなって午前7時半に横石に達したこの流水が、中流の狭さく部を通過した時点で既に未曽有の被害をもたらしていたのは間違いない。そこで、その流水が横石から約70キロ上流、ダム予定地の約5キロ下流にある四浦を通過した時の推定流量から、川辺川ダムの治水効果を検討してみたい。

 四浦の流量が最大となったのは4日午前8時10分で、横石は正午。流水の伝播(でんぱ)速度が最も速い最大流量時でも3時間50分かかっており、午前7時半に横石に達した流水が四浦を通過したのは3時間50分前の午前3時40分以前となる。午前3時40分の四浦の推定流量は毎秒約650トンで、その前はさらに少ない。

 川辺川ダムは流入量が毎秒500トンを超えてから超過分の半量を貯水する規定だったため、ダム地点から四浦までの流入分も考えれば、貯水量はごくわずかだ。つまり午前3時40分以前に四浦を通過した水が毎秒1万トン近くまで増えて午前7時半に横石に至る過程で生じた被害の軽減には、川辺川ダムは役立たなかったことになる。

流域の管理に熟慮を重ねて
 このように、ダムがあったとしても今回のような記録破りの豪雨では大きな被害を免れない。国が流域治水に取り組む方針を打ち出したのもそのためだ。たまたま川辺川ダムの集水域の雨量が比較的少なかったため緊急放流せずに済んだと考えられるが、中流域で降った豪雨がダムの集水域で降っていたらアウトだっただろう。それでもダム建設にかじを切るのか、ダムによらない治水をさらに追求するのか。熟慮してほしい。