石木ダム全用地収用 から1年、続く闘争 見通せぬ解決(長崎新聞)

 長崎県の石木ダム事業では、事業者である長崎県と佐世保市が反対住民13世帯約50人の宅地を含む全ての建設予定地を強制収用によって取得してから20日で1年を迎えました。知事権限で行政代執行も可能な状況になっていますが、石木ダムについては世論の反対が大きく、反対住民13世帯という規模もこれまでの行政代執行では前例がないことから、長崎県の中村知事は判断を明らかにしていません。
 石木ダム問題の現状を伝える地元の長崎新聞の記事をお伝えします。

 9/19付の記事では、佐世保市民が石木ダムについて、「将来必要だろう」と語っていることが紹介されていますが、これは石木ダムの必要性をアピールする長崎県と佐世保市の広報が市民に浸透しているためです。

 佐世保市の市民団体「石木川まもり隊」のブログでは、この記事に関連して、民意がダム不要に傾いてきている現状を伝えています。

★「強制収用から1年」(石木川まもり隊)
 http://ishikigawa.jp/blog/cat07/6480/

 9/21付の二つ目の記事では、石木ダム不要を訴える嶋津暉之さんの見解が紹介されています。
 嶋津さんが共同代表を務める水源開発問題全国連絡会のホームページに補足説明が掲載されています。
 http://suigenren.jp/news/2020/09/21/13678/

◆2020年9月19日 長崎新聞
https://this.kiji.is/679897718457173089
ー「団結小屋」の変わらぬ日常 石木ダム全用地収用 あす1年【ルポ】ー

 たわわに実った稲穂を小雨がぬらしていた。16日午前8時。県と佐世保市が計画する石木ダムの水没予定地、東彼川棚町川原地区。今年も変わらずに育てている作物は、ここで暮らす住民の無言の意思表示に見えた。

 集落を走る県道を住民の岩永サカエさん(80)が歩いてきた。右手でつえをつき、左手に傘を差し、ゆっくり、ゆっくり。向かう先は通称「団結小屋」。ダム本体の建設予定地に40年以上前から建つ反対運動の象徴だ。

 住民の多くは県が進める付け替え道路工事現場で抗議の座り込みをしているが、サカエさんは週に3回、午前中を小屋で過ごす。
 「きょうはマツさん来られんとやろ」。同8時半を過ぎた時計に目をやり、サカエさんはつぶやいた。10年前は5、6人いた常連は、病気になったり、亡くなったりして、今は集落の最年長、松本マツさん(93)と2人きり。

 県が付け替え道路に着工したのは10年前。住民らの激しい抵抗を受けながらも少しずつ工事は進み、小屋の窓から見える風景は様変わりした。大きく削られた山を見て「私もだんだん弱っていく気のするよ」とため息をついたが、すぐに笑顔に戻った。「怖くはないよ。知事でも、誰でも来るなら来いって気持ちさ」
      ◇ 
 同じころ、佐世保市水道局庁舎の前は通勤する市職員らが行き交っていた。庁舎の電光掲示板には市内の貯水率が示されている。
 水道局のホームページ(HP)にも日々、午前9時時点の貯水率がアップされる。市内の六つのダムの平均値を示し、平均値は各ダムの監視システムが自動で計測。職員が午後の早い内にHPを更新している。

 同市は「慢性的な水不足」に悩まされており、貯水率への市民の関心は高いという。午後2時ごろ。担当する男性職員がこの日の数字「96.0%」を打ち込んだ。「更新が遅れると市民から心配する声も出る。大切な仕事」。男性職員は言った。
 ◇ 
 東彼川棚町に計画されている石木ダム建設事業。事業主体の県と佐世保市が土地収用法に基づき、反対住民13世帯の宅地を含む全用地を取得してから20日で1年を迎える。変わらぬ日常を送る住民、事業を推進する県、水を求める市民、洪水の記憶を消せぬ町民-。16日、各地を歩き、思いに触れた。

◎知事「理解を求め推進」
 16日の県議会一般質問。登壇した議員が「全国各地で豪雨災害が頻発し、川棚川流域で起きてもおかしくない。1日でも早く完成すべき」と県側をただした。

 中村法道知事は、反対住民に粘り強く理解を求めていくと説明し「佐世保市や川棚町と協力し、推進に力を注ぐ」と述べた。家屋などを強制的に撤去する「行政代執行」には触れなかった。

 この日の午後、川棚町役場のダム対策室には、建設に反対する県外中心の市民団体メンバーが訪れた。方針転換を求める山口文夫町長宛ての要請書を渡した熊本県の土森武友さん(59)は「町民である川原地区の暮らしを守る立場に立ってほしい」。対応した職員は「計画に協力し移転していただいた方も町民ですから…。町長に渡しておきます」。

 同室によると、昨年8月、約6年ぶりに予定地内にある県の「石木ダム生活相談所」を再開。週1回、県職員と町職員が駐在した。だが、ここは「移転先」などの相談の場。相談者は一切現れず、年末に再び閉まった。

◎川棚町民、町内で話題出さず
 同町の中心部、栄町。この一帯は1990年7月の豪雨で甚大な冠水、浸水被害を受けた地域の一つだ。同町に住む70代男性は「川からも側溝からも水があふれ、一気に家の中に流れ込んできた」と振り返る。それからは大雨が降るたび、近くの川を確認するようになった。
 町内でダムの話を口にすることはない。建設に反対する川原地区の住民の思いも、移転した住民の思いも痛いほど分かるからだ。「なんで川棚にダムを造るって言い出したのか」と男性は言った。

  隣町の80代男性も90年の豪雨被害を経験した一人。「堤防を高くすればダムはいらないと思う。でも、いくら頑張っても最後は造られるのではないか」と複雑な表情を浮かべた。

◎佐世保市民「将来必要だろう」
 利水の受益者である佐世保市は94、95年の大渇水により、計264日間の給水制限を強いられた。市中心部のアーケードを歩いていた70代男性に声を掛けると、当時を思い起こし「(渇水が少ない)『今』だけを見るのではなく、将来を考えると必要なのだろう。現地の人たちには申し訳ないと思うが」。

 20代女性会社員は、普段の生活で水不足を感じることはない。でも「貯水率」は気になる。「80%」を下回ったら危ないと聞くが、それがどれぐらい危機的なのかは分からない。ダムの必要性も「分からない」と首を横に振った。
     ◇
 夕暮れ時、建設予定地の川原地区を車で走った。犬の散歩中だった反対住民の川原千枝子さん(72)に「この1年で川原は変わりましたか」と尋ねると、笑顔でこう返ってきた。「何も変わっとらんよ」。午前中は付け替え道路工事現場で座り込みの抗議をした。それもまた、変わらない日常だ。「私はこの自然の中で暮らし続けたいだけ。それだけではだめなんやろうか」。表情が少しだけ曇った。

◆2020年9月21日 長崎新聞
https://this.kiji.is/680586847587992673?c=174761113988793844
ー石木ダム全用地収用から1年 続く闘争 見通せぬ解決 行政代執行、判断示されずー

 長崎県東彼川棚町に計画されている石木ダム建設事業で、事業主体の県と佐世保市が土地収用法に基づき、反対住民13世帯約50人の宅地を含む全ての建設予定地を取得してから20日で1年を迎えた。知事権限で家屋などを撤去できる行政代執行も可能な状況にあるが、対応の明確な判断は示されず、反対住民は今も変わらず暮らしている。事業認定を巡る法廷闘争も続いており、解決は見通せない。
 昨年9月19日に住民と中村法道知事が約5年ぶりに面会。知事は「事業を進めていく必要がある」と改めて推進の考えを強調した。「将来」の話し合いを求める県側に対し、住民側は「ダムありきの議論には応じられない」との立場。面会以降、両者の対話はないという。焦点の行政代執行について、知事は「それ以外に解決の方策がない段階で慎重に判断する」と繰り返し、選択肢の一つとする。
 事業の完成時期について県は昨年11月、水没する県道の付け替え道路工事が反対派の抵抗などにより遅れたとして、2022年度から25年度に延期した。県によると、付け替え道路工事は全長約3.1キロのうち約1.1キロの区間を進め、約600メートルは舗装工事まで終えている。本年度中にダム本体工事の一部に着手したい考えだ。
 同町の治水と同市の利水を目的とした石木ダムの建設計画は、1975年の事業採択から45年が経過。当時から治水、利水の両面で主張に隔たりがあり、現在も二つの裁判が係争中。そのうち事業認定取り消し訴訟は1審、2審で住民側の請求を棄却。住民側は最高裁に上告している。最高裁判決が「一つの節目になる」と見る向きもある。

◆2020年9月21日 長崎新聞
https://this.kiji.is/680584265152087137
ー石木ダム全用地収用から1年 計画の妥当性 論争続くー

 長崎県と佐世保市が東彼川棚町に計画する石木ダム建設事業。同町の治水と同市の利水を目的としたダム事業は、1975年の国の事業採択から45年たった今も完成していない。推進派と反対派の主張は平行線をたどり、法廷での論争も続く。なぜ、ここまで混迷を極めているのか。治水、利水の争点や訴訟の経過をあらためて整理する。

【治水・利水】意見かみ合わず
 石木ダム建設の目的の一つが川棚川下流域の治水。つまり災害対策だ。石木ダムと既存の野々川ダム(東彼波佐見町)、河川改修によって、県は「100年に1度の大雨」にも対応できると説明する。
 「100年に1度」とはどれほどの量なのか。県は過去の雨量などを基に、「山道橋」(石木川と川棚川の合流地点からやや下流)で毎秒1400トン。1時間雨量110ミリ、3時間雨量203ミリ、24時間雨量400ミリと想定する。毎秒1400トンは90年に同町に降った集中豪雨時の1.8倍の量だ。
 山道橋で流せる水の量(流下能力)は現在、毎秒1130トン。「100年に1度」の際には270トン分があふれる計算になるが、それを二つのダムにため、流量を低下させる計画だ。

 7月10日正午すぎ、川棚町で1時間90ミリ超(町雨量計)の猛烈な雨を観測した。ただ、前後の時間の雨量が少なかったこともあり、川棚川に大幅な流量の変化はなかった。県はダム事業と並行し、河川改修も進めており「これまでの改修の効果もあった」との見解を示す。
 進行中の河川改修が完了すれば、川棚川で過去発生したような洪水被害は起きなくなるとしている。そうなれば「河川改修で十分」との理屈も成り立ちそうだが、「河川改修とダムはセット。どちらか一方を止めることはできない」と県の担当者。

 一方、県が設定する「100年に1度」の計画規模に疑問を呈するのは、水源開発問題全国連絡会共同代表の嶋津暉之氏だ。
 県は、計画規模を決める際の根拠の一つとなる「氾濫計算」で、石木ダム建設が事業採択された75年当時の河道データを採用している。嶋津氏は、現在のデータに置き換えて計算すると「50年に1度」が妥当だと指摘する。
 「石木ダムの効果が及ぶ範囲は流域のわずか数%。そこに多額の税金をつぎ込んでいいのか」と嶋津氏。石木ダムがどれほどの治水効果を生み出すのか。係争中の事業認定取り消し訴訟でも論点となったが、1、2審判決は県の計画規模は「合理性を欠くとは言えない」と判断した。
 ◆  ◆ 

 もう一つの目的が、石木ダムから佐世保市に水を供給する「利水」。この点でも、推進派と反対派の論争はやまない。
 佐世保市は今年3月、2038年度までの「水需要予測」をまとめた。市民生活や企業活動を維持するため、1日の計画取水量を11万8388トンと見積もっている。六つのダムなどから一日計7万7千トンを取水できるが、必要量には4万1388トン足りない。この分を石木ダムで穴埋めする計画だ。
 これに対し、石木ダム建設に反対する市民団体「石木川まもり隊」の松本美智恵代表は「水は十分足りている」と反論する。実際の水使用量は市の予測を下回って推移。人口減少や節水機器の普及で水需要はさらに減り続けるとし、市の予測を「過大」と批判する。

 この意見について、市はどう考えるのか。
 市は「水需要予測は渇水など非常時の備えを加味して算出している。通常は水の使用量が予測値を下回るものだ。人口減少も考慮しているが、市民1人当たりの水使用量は増加傾向にあるため、水不足は続く」と説明し、予測は「必要最低限」とした。
 石木ダム以外で水を賄える方法はないのか。
 市は、これまでに19カ所を調査した結果、石木ダム以外に適地はなく、既存のダムのかさ上げや掘削で容量を増やす方法も「限界まで再開発した」。海水淡水化装置の導入も技術的に困難。石木ダム以外に「方策はない」との立場だ。
 反対派は、老朽化した水道管の漏水対策などをすれば給水の有効率を高められるとみており、ここでも意見はかみ合わない。

【裁判】反対派主張退ける 
 石木ダムを巡っては現在も複数の訴訟が係争中。これまでの司法判断はいずれも「ダムは利水、治水両面で不要」とする反対住民側の主張を退けている。
 論争の舞台が法廷に移ったのは15年11月。「必要性のないダムで土地を強制収用するのは違法」。住民らが国に事業認定の取り消しを求め、長崎地裁に提訴した。主な争点は利水、治水両面でのダムの必要性。裁判官は現地も視察した。
 判決は、佐世保市の水需要予測や県の治水計画を「不合理とは言えない」と判断。ダムの公益性を一定認め、原告側の請求を棄却した。控訴審の福岡高裁も一審判決を支持。住民側は最高裁に上告している。
 この訴訟と並行し、住民らは17年3月、県と同市に工事差し止めを求める訴えを長崎地裁佐世保支部に起こした。ダムの必要性に加え、工事による生活の影響や権利侵害の有無も争われたが、同支部は今年3月、「生命・身体の安全が侵害される恐れは認められない」と判決。住民側が敗訴した。ダムの必要性の判断は示されなかった。住民側は福岡高裁に控訴中。
 一方で起業者の県は、ダム建設に伴う県道付け替え道路の工事現場で座り込みを続ける住民らへの法的措置として、14年8月と16年10月の2回、延べ42人の通行妨害禁止の仮処分を同支部に申し立て、17年9月までに計26人に対して通行妨害禁止命令が出された。

【強制収用】解決の方策なければ…
 膠着(こうちゃく)状態を打破しようと動いたのは金子原二郎知事(当時)だった。
 県と佐世保市は09年11月、土地の強制収用を可能にする「事業認定」を国に申請。「話し合いを進める」(金子知事)のが目的で13年9月に認定された。反対する13世帯が建設予定地に住み続ける中、予備調査着手から41年を経て重大局面を迎えたかに見えた。
 しかし、その後も膠着は解けず、中村法道知事は14年8月26日、土地収用法に基づき強制的に土地の明け渡しを求める「裁決申請」の手続きを始めると表明。ダム事業の公益性を認めた事業認定の効力切れが同年9月8日に迫っていた。
 県収用委員会への裁決申請は、16年までに3回に分けて行われた。同委員会は15年6月に最初の「裁決」を出し、迂回(うかい)道路用地約5500平方メートルの土地を明け渡すよう地権者に求めた。19年5月には、反対地権者13世帯の宅地を含む未買収地約12万平方メートルも裁決。同年11月18日、法に基づく明け渡し期限を迎えた。
 県と市は、収用した全ての用地について家屋の撤去などの行政代執行を中村知事に請求することが可能となっている。県は「住民の方々の理解のもと、円満に解決できることが一番望ましい」として代執行によらない解決を目指しているが進展は見通せない。
 県用地課によると、県内のダム建設事業で収用の裁決まで進んだのは、石木ダムを除き、地権者と補償額で合意できなかった1988年の西山ダム建設工事(長崎市)のみ。代執行までには至っていない。
 “最終手段”に踏み切るのか。踏み切るとしたら、いつなのか。8月25日、県庁での定例記者会見。「代執行はそれ以外に解決の方策がない段階で、総合的に、かつ慎重に判断する。反対住民の皆さまに引き続き全力でお願いしていく」。中村知事はこれまでと同じコメントを繰り返した。