「検証再び  球磨川治水」(熊本日日新聞連載記事)

 9月18日、熊本県議会で球磨川の治水対策についての質疑が行われました。熊本県知事の方針転換、自民党による川辺川ダム必要論など、ダム推進の情勢です。
 元・建設省土木研究所次長の石崎勝義さんは岩波「科学」9月号掲載の論考「治水計画をめぐる不都合な真実」で、7月の球磨川水害について、「今回の洪水は、川辺川ダムがなかったから起きたのではなく、川辺川ダムを造りたい政府側が、疎通能力を上げる河床掘削を意図的に小さく限定した結果生じたものだ。」と記していますが、ダム偏重の河川行政が改まる気配はありません。

◆2020年9月19日 熊本日日新聞
https://this.kiji.is/679872507206091873?c=92619697908483575
ー【検証再び 球磨川治水㊤】川辺川ダム必要論、急拡大 自民「当然」野党は警戒 熊本県議会ー

 「川辺川ダムが一つの有力候補として再び浮上してきたのは至極当然だ」-。18日の9月熊本県議会代表質問。自民党県連幹事長の松田三郎氏(球磨郡区)は7月豪雨の甚大な被害を引き合いにダム建設の必要性を強くにじませた。

 2008年9月の蒲島郁夫知事による白紙撤回表明を受け、民主党政権が09年に中止を宣言した川辺川ダム計画。国土交通省は特定多目的ダム法に基づく廃止手続きは取らず、計画は連綿と生き続けた。そして今回、球磨川流域で60人が犠牲となった被害を機に、支流川辺川の「ダムの是非」が県政最大の課題として再燃した。

 県議会最大会派の自民党内には、「必要論」が急速に広がる。「ダム以外に現実的な治水対策はない」と複数の県議。自民は08年以降、4度の知事選で一貫して蒲島氏を全面支援してきた。ただ、着々と蜜月関係を築く中で、川辺川ダム問題は喉元に刺さった“とげ”だった。

 近年は声高に主張してこなかったものの、自民県議団の見解は変わらず「ダムは必要」。過去の県議会では、所属県議が「流域住民の生命財産をどう考えているのか」と知事に詰め寄る場面も度々あった。

 「知事に、まずは『中立』の立ち位置まで来てもらいたい」と語っていた松田氏。この日の代表質問では「気象状況や大災害を境に12年間で民意は大きく変わった。(ダムに反対した)人吉市長と相良村長も顔触れが代わった」と強調。知事が、流域の民意を主な撤回理由とした過去の判断に縛られないよう、“地ならし”をしてみせた。

 一方、自民と共に蒲島県政を支え、知事の白紙撤回表明を尊重してきた公明党県議団の城下広作氏(熊本市1区)は「検証委の結果を踏まえて冷静に判断する。ダムによって洪水被害が抑えられることが明らかであれば、反対しない」と話す。

 自民や流域首長らから日増しに強まる「必要論」に、県議会の野党系会派は警戒感を隠さない。この日代表質問に登壇した第2会派・くまもと民主連合代表の鎌田聡氏(熊本市2区)は「検証委ではダムによらない治水対策10案の効果も明らかにすべきだ。ダムに慎重な立場の専門家も含めて多様な視点で検証する必要がある」と検証委の在り方自体を見直すよう知事に迫った。

 共産党の山本伸裕氏(熊本市1区)も「ダムには緊急放流などのリスクもある。拙速な議論は避けるべきだ」との立場だ。

 代表質問の答弁で蒲島知事は川辺川ダムも含めた「あらゆる選択肢を排除せずに検討する」と重ねて表明した上でこう続けた。「将来にわたって球磨川流域の安全安心を確保することが、天命だと覚悟を持って取り組む」(内田裕之、野方信助)

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 球磨川の治水対策について蒲島知事は、7月豪雨の検証を経て年内に方向性を示す方針だ。止まったはずのダム計画は再び動き出すのか。県政界や流域関係者の思惑を探る。

◆2020年9月21日 
https://kumanichi.com/feature/kawabegawa/1614121/
ー【検証再び 球磨川治水㊥】川辺川ダム、空白の時間 市町村の利害対立 議論膠着ー

 「10年余におよぶ『ダムによらない治水』の検討の場は、結論さえも見いだせない空白の時間であったと考える」
8月20日、球磨川流域12市町村でつくる「川辺川ダム建設促進協議会」は、7月の豪雨災害で氾濫した球磨川治水に関する決議を取りまとめた。
 ダム建設を含めた検証を速やかに実施し、抜本的な治水対策を求める狙いだが、蒲島郁夫知事が2008年にダム計画の白紙撤回を表明して以降、国と熊本県、流域市町村で続けられた治水協議への痛烈な批判も盛り込まれていた。

 09年1月に始まった協議の場は「ダムによらない治水対策を極限まで追求する」(蒲島知事)スタンスを取った。しかし、流域の首長にはダムへの賛否が交錯。協議を主導する県と国は、具体的な治水安全度の目標を定められないまま、ダムに代わる現実的な対策を積み上げる手法を余儀なくされた。
 当時、県川辺川ダム総合対策課のメンバーだった水谷孝司・県球磨川流域復興局長は「ダムで多くの水量をカットする大前提が変わり、技術的な代替策を流域に示すのは容易ではなかった」と振り返る。
一定の結論がまとまったのは6年後の15年2月。「ただちに実施する対策」として八代市萩原地区の堤防強化や人吉市での築堤など11項目を掲げたが、全てを実現しても球磨川の治水安全度は全国の国管理河川の中で低い水準にとどまった。

 仕切り直しを目指して3者が15年3月に設立した「球磨川治水対策協議会」は、治水安全度の目標を「1965年大水害レベルに対応」と設定。国と県は昨年11月、ようやく「引き堤」「河道掘削」「堤防かさ上げ」「遊水地の設置」「市房ダムの再開発」「放水路」を組み合わせた10案を抜本策として提示した。
 しかし、今度は流域市町村間の利害対立という大きな壁が立ちはだかった。引き堤には「市中心部の大規模移転を伴い、地域の理解を得がたい」(人吉市)との声が上がり、遊水地は相良村やあさぎり町などが「優良農地が失われる」と懸念した。上流からトンネルで水を流す放水路についても「下流域の水位が高くなる」(八代市)との指摘も。議論は膠着[こうちゃく]状態に陥った。

 県幹部は「(12年の)阿蘇の大水害で被災水田を調整池にした経験もあり、ある程度は理解が得られると思っていた。見立てが甘かった」と漏らす。概算事業費2800億~1兆2千億円、工期は45~200年とする試算も、流域には「非現実的な案」(森本完一錦町長)と映った。
 国土交通省は、10月上旬にも開かれる「球磨川豪雨検証委員会」の次回会合で、川辺川ダムがあった場合の浸水軽減効果などの試算を示す。そのテーブルに着く流域首長12人は促進協と全く同じ顔触れだ。

 建設予定地の相良村長として08年にダム反対を表明した徳田正臣・前村長は疑問を投げ掛ける。「検証前から既に『ダム建設』の言葉が飛び交っている。この12年間結論が出なかったのは、多くの関係者の頭からダムの意識が抜けなかったからではないか。この状況で中立的な検証を期待できるのだろうか」(内田裕之、小山智史)

◆2020年9月21日 熊本日日新聞
ー【検証再び 球磨川治水㊦】球磨川治水 熊本豪雨受け、揺れる知事発言 民意の行方 再び鍵握るー

 「私が知事の間は計画の復活はない。改めてダムによらない治水を極限まで追求する」(7月5日)
「どういう治水対策をやっていくべきか。新しいダムの在り方についても考える」(同6日)
「川辺川ダムも選択肢の一つ。ダムの洪水調整機能を排除せずに検討していく」(8月26日)
 死者65人、行方不明者2人という大きな犠牲を払った7月の豪雨災害。被害が明らかになるにつれ、蒲島郁夫知事の発言は揺れ動いた。
 2008年、川辺川ダム計画の白紙撤回を表明した蒲島知事。災害発生直後は、この方針を維持する姿勢を強調したものの、翌6日には、治水対策にダムも含まれるとも取れる発言に軌道修正した。その後、「ダムも選択肢」という方向に方針転換。その発言の裏には何があったのか。

 県幹部の1人は「目に焼き付いた壮絶な光景があるのではないか」とみる。7月中旬、蒲島知事が視察で訪れた八代市坂本町の光景は、流木が住宅に突き刺さり、県道の橋が流失した惨状。知事は「ひどい被害だね…」と絶句していたという。
 ダムの有用性を示すデータもこの間、明らかになった。8月25日に開かれた国土交通省と県、球磨川流域12市町村でつくる検証委員会の初会合。国はこの日、人吉市で最大8千トンに上るとする流量推計を公表。川辺川ダムがあれば、最大流量を約4割減らせたとする試算を初めて示し、ダム効果を顕示した。
 流域市町村の“民意”も大きく変わった。蒲島知事がダム計画を白紙撤回した当時は、建設地の相良村長や治水の最大受益地の人吉市長が反対を表明。蒲島知事は計画の白紙撤回を表明した県議会で、「民意がダムによらない治水を追求し、今ある球磨川を守ることを選択しようとしている」と強調した。
 しかし、ダム反対を明確に打ち出した首長は表舞台を去り、ダム建設を容認する川辺川ダム建設促進協議会には8月、相良村が復帰。表向きには、流域12市町村の足並みがそろう形となった。

 促進協は、すでにダム建設を含めた抜本的な治水対策を求める決議を採択し、要望書と共に県に突きつけた。促進協の竹崎一成芦北町長は「ダムありきではない」と前置きした上で「宅地を5~6メートルかさ上げした地域も水が来た。強度をさらに高めた治水策が必要だ」と知事に迫った。要望書を受け取った蒲島知事は「促進協の総意として重く受け止める」と応じざるを得なかった。
 ただ、前のめり気味のダム建設論議に違和感を示す首長もいる。建設予定地を抱える相良村の吉松啓一村長は、堤防や遊水地整備が進まない中、ダム建設の議論が再浮上することに「時期尚早」と首をかしげる。「ダム建設に関しては村民の中にもさまざまな思いがあることを分かってほしい」と複雑な心境ものぞかせた。

 県が目指す治水対策の方針決定は11月。一方で、ダム計画に反対してきた市民グループは「住民不在の検証が進められている」として、県に抗議文を提出した。識者も含め、ダム建設を巡る多様な意見が、県に寄せられているという。
 「民意は変わる可能性もある」という蒲島知事。その民意をどのような手段でくみ取るのか。ダム建設計画の白紙撤回から12年。再び民意の行方が鍵を握る。(高宗亮輔、小山智史、野方信助)

◆2020年9月18日 朝日新聞
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14626201.html
ー川辺川ダム是非、再び議論 熊本知事、「白紙撤回」→「選択肢の一つ」ー

 記録的豪雨に見舞われた熊本県で、国が11年前に中止した川辺川ダムの建設計画がにわかに息を吹き返しつつある。国は、ダムがあれば浸水した地域の最大水量を約4割減らせたとする試算を発表。推進派の流域首長らが勢いづくなか、国に先んじて「白紙撤回」を打ち出した知事も軌道修正した。止まったはずの巨大公共工事が、再び動き出す可能性が出てきた。

 ■豪雨後、治水効果に注目 国は「歓迎」

 「選択肢の一つであるということは認識している」

 熊本県の蒲島郁夫知事は8月下旬の定例会見で、こう述べた。2008年に県議会で計画の「白紙撤回」を表明し、国が中止を表明する流れを決定づけた本人。事実上の方針転換とも受け止められた。

 その前日。国、県、7月に氾濫(はんらん)した球磨(くま)川水系の流域12市町村による会合があった。国土交通省九州地方整備局は、川辺川ダムがあれば、浸水した球磨川流域の人吉市街で最大水量を約4割減らす治水効果があったとの試算を示した。「ダムがあったら(被害を)完全に防げたのではないか」。錦町の森本完一町長が語気を強めた。同整備局は、次回会合でさらに精査したダムの効果や、ダム以外の治水策の影響を示すという。

 球磨川流域では1963年から3年連続で水害が発生。旧建設省(国交省)は66年、治水を目的とした川辺川ダムの建設計画を発表した。総貯水量は1億3300万立方メートル。建設予定地の相良村と、中心部がダム湖底に沈む五木村も96年に計画に同意。だが、その後も清流が失われることを懸念するアユ漁師らによる反対運動が続いた。こうしたなか、蒲島知事が2008年に「白紙撤回」との方針を打ち出し、09年に旧民主党政権が建設中止を明言した。当初350億円とされた総事業費は3300億円に膨らんでいた。

 豪雨災害をきっかけに再燃した議論。全国の治水目的のダムを管轄する国交省水管理・国土保全局の幹部は「歓迎だ」と話す。国交省の諮問機関は今年7月、相次ぐ水害を受け、「流域治水」を打ち出した。貯水池の整備や避難体制の強化など、流域全体で取り組む考え方だ。「『流域治水』という言葉に、国がこれまでの治水対策をあきらめたみたいな印象を持たれている。ダムを含めた治水の方向性は変わらない」

 中止が明言されたダム計画が再始動した例は過去にもある。代表的なのが川辺川と同時期に中止された八ツ場(やんば)ダム(群馬県)だ。

 旧民主党は09年の衆院選で八ツ場ダムと川辺川ダムの中止を公約。「コンクリートから人へ」の象徴だったが、民主党政権は11年に八ツ場の計画再開を表明した。今年3月に完成。昨年10月の東日本台風時には、試験的な貯水で下流の利根川の水位低減などに効果を発揮したと言われた。

■「住民不在」、反対派が抗議文
 川辺川ダムをめぐる動きに、ダム計画に反対してきた地元の市民グループは8月末、「ダムの効果の根拠になるデータや試算過程が明らかにされず、住民不在の検証が進められている」と県に抗議文を出した。グループの一つ「清流球磨川・川辺川を未来に手渡す流域郡市民の会」の緒方紀郎さんは「今回の豪雨被害を受けても、新たなダム建設を望む声は被災者からは聞こえてこない。国交省はデータを詳しく公開して、住民を交えて議論すべきだ」と話す。

 角哲也・京都大教授(河川工学)の試算では、川辺川ダムがあれば人吉市街地で氾濫した水量を5~13%に抑えられた可能性があるという。「ダムは流域の浸水を防ぐのに有効な手段の一つ。時間がかかる地元の合意や水没地の移転先整備などはほぼ終えており、5年もあればダム本体は完成できるのでは」と話す。

 一方、計画の検証を続けてきた今本博健・京都大名誉教授(河川工学)は、ダムによって減る水量は国交省の試算の7割程度にとどまると指摘。「都合のよいデータだけが示されており、緊急放流のリスクなどデメリットも示して議論すべきだ。川に堆積(たいせき)した土砂を取り除くなど他にできる対策もある」と話した。