「民意」どう問う 討論集会後、消えた対話<おさらい川辺川ダム㊦>

 7月の球磨川水害を機に、国と熊本県が復活の方向で動いている川辺川ダム計画をめぐる現時点の問題について、地元の熊日新聞が連載記事を掲載しています。

 最終回の記事では、行政主導で進められる川辺川ダム復活の問題が指摘されています。
 2000年代、川辺川ダム問題は熊本県内で大きな関心を集めましたが、そのきっかけは潮谷義子・熊本県知事主導で9回開催された「川辺川ダムを考える住民討論集会」でした。しかし、蒲島郁夫・現知事の時代になってからは、風向きが変わりました。
 以下の記事にあるように、川辺川ダム計画を取りやめ、「ダムによらない治水」を追求するとして設定された国土交通省の「ダムによらない治水を検討する場」で、一般住民や市民団体が行政と同じテーブルに着くことはありませんでした。

◆2020年10月29日 熊本日日新聞
ー「民意」どう問う 討論集会後、消えた対話<おさらい川辺川ダム㊦>ー

 2001年12月9日、相良村総合体育館で初めて開かれた「川辺川ダム」を考える住民大集会。約3000人が参加した

 12年前の2008年、川辺川ダムの白紙撤回を表明した蒲島郁夫熊本県知事。当時、その理由を「現在の民意はダムによらない治水を追求し、今ある球磨川を守っていくことを選択している」と述べた。

 そして現在。7月豪雨の深刻な被害を受け、県は改めて川辺川ダムを選択肢に含めた上で、球磨川の新たな治水方針を取りまとめるという。蒲島知事は記者会見で、この新方針について、「民意を問うことになる」と表明した。
 民意を巡っては8月の「くまもと復旧・復興有識者会議」で、東京大大学院の谷口将紀教授がこう提言した。「あらゆる情報を十分に吟味した上で住民はどう判断するか。少なくとも科学的で中立的な世論調査、できれば住民投票なり、討論型世論調査なりで民意を見極めて」
 重要政策の民意を探る手法として、近年注目されているのが討論型世論調査。一回限りの意見を調べるだけでなく、調査対象者に十分な資料や情報を提供、討論を重ねた後に再調査し、意見や態度の変化を見る。
 確かに、川辺川ダムのように長く複雑な経緯を持つ問題で、民意を見極めるのはそう簡単ではない。県南だけでも数十万人の意見は多様であり、一枚のトランプのように、くるりとひっくり返るわけでもない。ただ、有識者会議がこのほどまとめた提言は、民意の重要性は指摘したが、見極めの具体的な手法には触れなかった。

 08年当時の民意は、どのように見極められたのだろう。今と決定的に異なるのは、潮谷義子前知事の時代、01年から計9回にわたり開かれた「川辺川ダムを考える住民討論集会」の存在だ。
 01年12月、相良村であった初回には約3000人が参加。ダム事業を推進する国土交通省と、反対派の研究者や住民らが約7時間、激論を交わした。
 9回の開催中、賛否は最後まで平行線だった。だが、集会への参加や報道を通じ、住民に多くの資料と情報が提供されたことは間違いない。東京大教授だった蒲島氏に学び、潮谷県政を研究した中條美和・津田塾大准教授は、住民討論集会について「広く県民の前に(川辺川ダム)問題を顕示し政治問題化した」と分析している。(『知事が政治家になるとき』木鐸社)
 「08年までは対話形式の議論があった。今、一番違うのは、流域の意見聴取が帳面消しのように進んでいる点だ」と「子守唄の里・五木を育む清流川辺川を守る県民の会」の中島康代表。
 県民の会など市民団体は川辺川ダムに一貫して反対、討論集会にも出席して論陣を張った。だが08年以降は風向きが変わる。10年以上続いたダムによらない治水対策も、7月水害の検証委員会も、議論の主体は国、県と流域市町村。市民団体が同じテーブルにつく機会はなくなった。

 県は今月13日、流域住民や団体の意見聴取の会を翌々日から始めると発表した。矢継ぎ早に日程が追加され、計20回を超える。
 「民意」は急ぎ足で吸い上げられていくのだろうか。(宮下和也)

—転載終わり—

 前回の連載記事は、こちらのページに転載しています。
 https://yamba-net.org/53333/
 「穴あき」案 着工は?工期は?アセスは?<おさらい川辺川ダム㊥>