熊本知事、川辺川ダム水没予定地の五木村で意見聴取

 蒲島郁夫・熊本県知事が球磨川の治水対策などについて流域住民らから意見を聴く会合が11月2日、五木村で開かれました。川辺川ダムによってかつての中心部が水没する五木村ではダム計画の再燃に懸念の声が相次いだということです。

◆2020年11月2日 共同通信
https://news.yahoo.co.jp/articles/cec8b9b988596ca033e70d07d6a8a8cc3b3afdec
ー熊本知事、水没予定地で意見聴取 住民、川辺川ダム再燃に戸惑いー

 7月の豪雨で氾濫した熊本県の球磨川の治水対策に関し、蒲島郁夫知事は2日、支流・川辺川のダム計画上の水没予定地がある五木村で、住民や関係団体の意見を聞く会合を開いた。出席者からは「今更の建設には疑問を感じる」などと、豪雨後にダム議論が再燃したことに戸惑う声が目立った。

 ほかにも住民からは「村はダムに翻弄されている。振興策を示してほしい」との要望も出た。

 国は1966年、流域で相次いだ水害を受けダム計画を発表。五木村は当初反対したが、代わりの住宅地整備や振興策などと引き換えに建設に同意した。国は2009年に建設計画の中止方針を決定した。

◆2020年11月2日 テレビ熊本
https://www.tku.co.jp/news/20201102%ef%bd%855/
ー川辺川ダム問題で翻弄 五木村 住民から戸惑いの声ー

 球磨川の治水について蒲島知事が住民から意見を聴く会は2日、50年以上にわたって川辺川ダム問題に翻弄(ほんろう)されてきた五木村で開かれました。川辺川の上流にある村は、川辺川ダムが建設されれば中心部が水没することから、多くの住民が水没予定地から高台などへの移転を余儀なくされました。出席した15人の住民からは「とにかく戸惑い、それのみ」「清流と観光が一体でないと村を訪れる人は少なくなると思う。村民をダムで混乱させる判断より村民に寄り添った判断を望む」「今更、ダムの建設には非常に大きな疑問を感じている」「『ダム』という2文字に翻弄されるのではないか、五木村が衰退していくのではないか、と危惧する」など、再燃するダム建設に疑問の声が上がりました。一方、午後から開かれた錦町とあさぎり町の住民を対象にした会では、農地が被災した住民などから川辺川ダムの建設を含めた治水対策を早急に求める声が相次ぎました。

◆2020年11月3日 朝日新聞
https://digital.asahi.com/articles/ASNC27H2BNC2TIPE019.html
ーダム問題再燃の村 「はしごを外された」思い抱く住民もー

  熊本県南部の球磨川が氾濫(はんらん)した7月の記録的豪雨をめぐり、蒲島郁夫知事が治水対策などについて流域住民らから意見を聴く会合が2日、五木村であった。県などはダムも排除しない治水策の議論を始めており、球磨川支流の川辺川ダム計画でかつての中心部が水没する村では懸念の声が相次いだ。

 国と県、球磨川流域12市町村は先月、治水対策を議論する新たな協議会を設置し、ダムも含めた議論を進めている。

 川辺川ダム計画に当初反対した五木村は、下流域の市町村の安全を守るためなどの理由から、「苦渋の決断」として1982年に賛成に転じた。96年に本体工事に同意。水没予定地から約500世帯が移転し、うち7割以上は村外へ出るなど過疎化が進んだ。

 2009年に民主党政権が計画中止を表明。水没予定地には昨年、村の観光宿泊施設が整備されたが、ダム建設が再開されれば放棄せざるを得なくなる。村長経験者や村議によると、ダム問題の再燃で「はしごをはずされた」との思いを抱く村民もいるという。

 村が住民に委嘱している村政全般に関する諮問機関「再生総合行政審議会」の犬童雅之会長は、2008年にダム計画の「白紙撤回」を表明した蒲島知事が、豪雨災害後にダムを「選択肢の一つ」と発言したことに触れ、「12年前の白紙撤回の時と同様に、突然のことで戸惑いを強く感じている」と指摘。田山種彦会長代理は「白紙撤回から12年たって、やっと穏やかな生活ができるようになった。(ダム問題の再燃で)また振り回されていくのではないかと心配している」と訴えた。

 高齢者施設管理者の男性は「自然環境をなるべく破壊しないようなダム建設ができるのか。ダムを造って観光収入が減り、過疎化に拍車がかからないか」などと疑問点を列挙。川辺川沿いで民宿を営む地区長の女性は「アユ釣りなどを楽しみに来る観光客が多い。清流は後世に残すべき財産だと思う」とダム反対の考えを明言した。県の呼びかけに応じて出席した村民15人が意見を述べた。ダム建設を推す声はなかった。

 流域の各市町村で意見を聴いている蒲島知事はこの日、報道陣に「ダムの可能性も排除しない形で(治水策の協議を)進めているので、五木村のみなさんは違和感を感じたのではないかと思う。五木村の人々に寄り添わないといけない、という決意を新たにした」と語った。(村上伸一、竹野内崇宏)

◆2020年11月3日 西日本新聞
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/660666/
ーまたダムに翻弄される」熊本・五木村民が知事に訴え 計画再燃でー

 熊本県の蒲島郁夫知事は2日、7月豪雨で氾濫した球磨川流域の治水策を巡り、五木村の住民の意見を聴いた。村は是非論が再燃している川辺川ダム計画の水没予定地。半世紀以上もダム問題に翻弄(ほんろう)されてきた住民は「何をいまさら」と戸惑いつつ、村の将来のために「造るか否かによらず振興策を示して」と訴えた。

 国は1966年にダム計画を発表。村は下流域の安全のために苦渋の選択でダムを容認したが、2008年に蒲島氏は計画の「白紙撤回」を表明した。

 意見聴取会には15人が参加。水没予定地から代替地に移った犬童(いんどう)雅之さん(84)は、豪雨後の蒲島氏の「ダムも選択肢の一つ」との発言に「白紙撤回の際と同様に、非常に戸惑いを感じる」と述べた。

 40年前に約3千人だった村の人口は現在約900人。観光で村おこしを目指すがダム計画が復活すれば、水没予定地に昨年オープンした人気の宿泊施設は使えなくなる可能性がある。犬童さんは「村の振興策、村民の生活再建策をもう一度示した上で、ダムの是非を判断して」と強調した。

 「清流は後世に残すべき財産」とのダムへの反対意見や「また村がダムに翻弄されるのでは」と危ぶむ声が上がる一方で、賛成の意見もあった。蒲島氏は「人命財産を守り、同時に清流も守るような治水の在り方を考えたい」と述べた。(古川努、中村太郎)

◆2020年11月3日 熊本日日新聞
https://this.kiji.is/696187242544628833?c=92619697908483575
ーダムで翻弄もうやめて 住民、問題再燃に戸惑い 川辺川ダム水没予定地・熊本県五木村で意見聴取会ー

 蒲島郁夫知事は2日、7月豪雨で氾濫した球磨川の治水や復旧・復興に関する意見聴取会を熊本県五木村、錦町、人吉市で開いた。川辺川ダムの水没予定地がある五木村では、住民はダム問題の再燃を不安視。河床の土砂撤去や治山を必要とする声が出た。

 五木村役場での会合には15人が出席。蒲島知事による2008年の川辺川ダム計画の白紙撤回など、ダム議論に揺れた村の歩みをそれぞれ振り返りながら意見を述べた。

 村の諮問機関・再生総合行政審議会の犬童雅之会長(84)は、治水策の検討で知事が「川辺川ダムも選択肢の一つ」としていることに「白紙撤回と同様、村民は戸惑いを感じている」と強調。「これ以上翻弄[ほんろう]されたら村の存亡に関わる。ダムを造る、造らないにかかわらず、補償事業や村の振興策などをいま一度示してほしい」と訴えた。

◆2020年11月2日 くまもと県民テレビ
https://news.yahoo.co.jp/articles/9773017a97eae296022bf549febb19eebb9deb5e
ーダムに翻弄の住民「村の存亡に」ー

 球磨川流域の住民の意見を治水対策に反映させるため蒲島知事が行っている会合。川辺川ダム計画が再び浮上する中、知事が向かったのは五木村だった。ダムに翻弄され続けた住民たちの反応は。
「五木の子守唄」で知られる五木村。川辺川ダム計画の水没予定地だった。長期にわたる反対運動のあと、ダムの受け入れを決めたものの、2008年、蒲島知事はダムの白紙撤回を表明。一転してダムのない五木村の再生を模索している。
そんな中開かれた住民の意見を聞く会。区長や商工会から15人が出席した。

再生総合行政審議会・犬童雅之会長
「五木村は川辺川ダムを容認するまでの50年間、白紙撤回になって12年間本当に翻弄され続けています。もうこれ以上は五木村の存亡にかかわる」
末岡正夫さん
「今さらの建設には非常に大きな疑問を感じています」
田中加代子区長
「村民をダムで混乱させる判断より、村民に寄りそった判断をのぞみます」

さらに出席者からは、治山対策や砂防ダムの整備を求める声も出た。戸惑いや複雑な心境を口にした五木村の住民たち。蒲島知事蒲島知事は年内の早いうちに治水対策の方向性を示す方針だ。

◆2020年10月6日 朝日新聞
https://digital.asahi.com/articles/ASNB57SV0NB5TLVB003.html?iref=pc_rellink_01
ー氾濫でダム建設が再浮上、沈むはずだった村に漂う脱力感ー

  国が11年前に中止した川辺川ダム(熊本県)計画の復活を求める声が首長らから上がり、長年にわたり賛否で割れてきた地元を再び揺さぶっている。7月の記録的豪雨で氾濫(はんらん)した球磨(くま)川の治水策として期待がある一方、清流が失われるとの懸念も根強い。計画をめぐり、再び地域が「分断」されることに警戒も広がる。

 8月下旬、球磨川流域市町村でつくる協議体が、近年封印していたダム建設も含めた治水対策を求めて決議。2008年に計画の「白紙撤回」を表明していた蒲島郁夫知事も「選択肢の一つ」と軌道修正し、国、市町村と検証を続ける。

 「突然『選択肢の一つ』だなんて、言いたい放題だ」。ダム計画で集落が移転した五木村の西村久徳村議(84)は、知事への怒りを隠さない。ダム容認派の中心だった人物で、1985~2007年に村長を務めた。

 1966年の計画発表後、賛否で村が二分された時代を経て96年に計画に同意。水没予定地の集落や公共施設の高台移転を進めたが、2009年に国が計画を中止した後はダムのない地域づくりに取り組んだ。水没を免れた河川敷には今、コテージや芝生に覆われた運動公園が広がる。

 西村さんは「30年かけて形成した計画への同意を覆されても、村の振興をめざしてがんばってきた。計画を100%やり切る約束がないと、もはやダムは容認できない」と話す。

 地元には川辺川ダム砂防事務所など国土交通省の関連施設が残る。地元の建設業界では計画復活への期待感も膨らむ。ある業者は「着工すると決まったら明日にでも始められる状態」と語る。国は豪雨の後、治水対策の検証の場で川辺川ダムの効果について試算値を示した。「国も、このタイミングを虎視眈々(こしたんたん)と狙っていたんじゃないか」

 川辺川を見下ろす高台に造成された住宅地には、整然と家が立ち並ぶ。だが、ダム計画の影響で村外への移住や過疎も進み、村の人口はピークの約7分の1の約900人に落ち込んだ。

「結局、私たちじゃダムは止められん」
 「ダムで地域が栄えるとは思えんのですよ」。高台の集落で暮らす80代の男性は語る。ダムに反対した住民の一人だ。

 かつてダム計画の取り消しを求めた訴訟などで原告団に加わった。村では移転交渉が進むうちにダム推進派も増え、下流域の安全を無視するのかと「非国民」呼ばわりもされた。男性は移転に応じ02年冬、今の土地へ引っ越した。

 男性の手元には新聞記事のスクラップがある。1963年に村を襲った水害以来、洪水やダム、環境問題の記事を集め続け、109冊になった。「ダムを造れば、清流・川辺川は濁り川になってしまう。それに誰が魅力を感じるでしょうか」。その思いは変わらないが、この数カ月の動きに、諦めに近い気持ちもある。「結局、国会議員、知事や市町村長がその気になれば、私たちじゃダムは止められん」

 そばで話を聞いていた妻が、豪雨で水没した下流の人吉市などの被害を口にした。「あんな風になって、悪い気もするんです。私らが反対していなかったら……」。男性はすかさず「でも、ダムがあったからって防げた水害じゃなかった」と言葉を返す。

 男性は力なげに続けた。「一番大事なのはダムがあろうとなかろうと、他人頼みじゃなくて一人ひとりが、村の将来を考えることなんでしょうね」

 ただ、ダムについて表立って語る村民はほとんどいない。盛岡市出身で、2015年に地域おこし協力隊員として村に来たのがきっかけで村議になった黒川麻里子さん(38)は「村が分断され、いがみ合った数十年前に逆戻りすることを恐れている」とみる。

 ダム問題の再燃で、村民の間に「脱力感、空しさ」が漂っていると感じる。「またダム建設となれば、この12年間がひっくり返されたように感じてしまうという声を聞く」

 黒川さんは、自然保護などの観点から「ダムはないほうが良い」と考えつつ、治水対策の検証結果によってはやむを得ないという立場。だが、行政だけで進める検証には「ダムの利点しか報告されない可能性がある」と懐疑的だ。「識者などの第三者や住民が参加できるようにするべきだ」(加治隼人、村上伸一)
    ◇
 〈川辺川ダム計画〉 球磨川流域で水害が相次ぎ、国が1966年、治水目的の川辺川ダム計画を発表した。総貯水量は1億3300万立方メートル。中心部がダム湖に沈む五木村が96年に計画に同意したが、ダム以外の治水策を求める世論が高まる中、蒲島郁夫知事が2008年に「白紙撤回」を表明。翌年、旧民主党政権が中止を表明した。当初350億円とされた総事業費は3300億円に膨らんでいた。