河川工学者の大熊孝さん(新潟大学名誉教授)が「洪水と水害をとらえなおす~自然観の転換と川との共生~」(農文協)で毎日出版文化賞を受賞されました。
◆2020年11月3日 毎日新聞より一部抜粋
https://mainichi.jp/articles/20201103/ddm/010/040/012000c
ー第74回毎日出版文化賞 現代のあり方問い直すー
洪水と水害をとらえなおす 自然観の転換と川との共生 大熊孝著(農文協プロダクション)=自然科学部門
地球温暖化のせいか、近年の気候はまさに異常だ。すさまじい豪雨が、この国のあちこちにむごたらしい傷痕を残していく。洪水や水害を防止するための知恵が今ほど希求される時は無い。本書はこのための第一級の指南書である。
著者は河川工学の専門家であり、理論と実践の両面で、長年治水問題に取り組んできた。学者としての活動にとどまらず「新潟水辺の会」というNPOのリーダーの一人でもある。
読み進めながらとりわけ惹(ひ)かれるのは、著者が「国家の自然観」に対して「民衆の自然観」を主張していることだ。これは共生の思想であり、江戸時代まで民衆の中に息づいていた。だが明治の開国以来、自然を統制管理するという西洋近代的な「国家の自然観」に置き換えられてしまった。治水ダムの建設はその代表である。だが降水量の多い山国に、この自然観だけで果たして十分なのだろうか。
流れゆく時間の中で河川と互いに関係を結び、被害を小さく抑える――そういう古来の知恵に学べという著者の洞察に深く心を打たれる。(西垣通)
—転載終わり—
わが国では、”政官財”に”学”が加わった利権構造が強固で、河川工学の分野で政治が大きな影響力を行使してきました。国土交通省の有識者会議では、ダム事業に有利な見解を述べる”学者”のみが優遇され、不利な研究者や卒業生は様々な面で冷遇されるため、大学教員のほとんどが公共事業に不利な見解を公表することを控える傾向にあると言われてきました。
そうした中で、八ッ場ダムや川辺川ダム、吉野川可動堰などの国の巨大公共事業に反対し、市民運動にも取り組んできた河川工学者である大熊孝さんは稀有な存在です。
水害多発時代を迎え、これまでの国の治水対策を根本的に見直す必要性が各方面から上がっています。「大熊河川工学の集大成」とされる本書をぜひお読みください。
出版社のサイトより「洪水と水害をとらえなおす~自然観の転換と川との共生~」の目次を転載します。
★農文協サイトより
http://toretate.nbkbooks.com/9784540201394/
「洪水と水害をとらえなおす 自然観の転換と川との共生」 大熊孝 著
定価:本体2,700円+税
発行:2020/5
発行:農文協プロダクション
はじめに
Ⅰ 私は川と自然をどう見てきたのか
第1章 日本人の伝統的自然観・災害観とは
第2章 近代化のなかで失われた伝統的自然観
第3章 小出博の災害観と技術の三段階
予備知識・川の専門用語
Ⅱ 水害の現在と治水のあり方
第4章 近年の水害と現代治水の到達点
1 2004年7月 新潟水害と福井水害
2 2011年9月 台風12号による紀伊半島・相野谷川水害
3 2015年9月 利根川水系鬼怒川の破堤
4 2016年8月 岩手県小本川水害
5 2018年7月 岡山県倉敷・小田川水害
6 2019年10月 台風19号広域水害
7 現代の治水計画における問題点
8 ダムは水害を克服できたか?
9 ダム計画の中止とダムの撤去工事について
第5章 究極の治水体系は400年前にある――堤防の越流のさせ方で被害は変わる
1 信玄堤は本当に信玄が築いたのか?
2 筑後川右支川・城原川の〝野越〟
3 加藤清正の「轡塘」
4 桂離宮の水害防御策
5 信濃川左支川・渋海川(長岡市)の事例
6 近世における利根川治水体系
第6章 今後の治水のあり方 ――越流しても破堤しにくい堤防に
1 現代の治水問題
2 治水問題の解決は越流しても破堤しにくい堤防にある
3 堤防余裕高に食い込んで洪水を流す
4 今後求められる堤防のあり方――スーパー堤防に関する補足を兼ねて
Ⅲ 新潟から考える川と自然の未来
第7章 民衆の自然観の復活に向けて――自然への感性と知性をみがく
1 ボランティア活動の限界――NPO法人新潟水辺の会の取組みから
2 水辺との共生を次世代に継承するためには
第8章 自然と共生する都市の復活について――新潟市の「ラムサール条約湿地都市認証」への期待
1 都市における「自然との共生」の試み
2 越後平野の開発の変遷
3 越後平野の自然復元の兆し
4 越後平野全域をラムサール条約〝湿地都市〟に――「都市の自然観」の創造に向けて
5 「社会的共通資本」としての川・自然環境と「都市の自然観」
あとがき
参考文献