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谷津義男元農相の回顧録「八ッ場ダム建設再開 極秘裏に説得、調整」(上毛新聞)

 群馬県選出の国会議員を七期務めた自民党の谷津義男さんの回顧録が、上毛新聞に連載されています。
 連載記事の中で、谷津さんは県議時代から八ッ場ダム推進に取り組んだことに触れましたが、昨日の記事では、民主党政権が八ッ場ダム建設再開へと向かった2011年9月から12月にかけて、前田武志国土交通大臣(当時)と連携していたことを伝えています。
(谷津氏は2009年の総選挙で民主党の新人候補と争って落選しました。)
 
 紙面より、記事全文を転載します。

◆2020年11月23日 上毛新聞
元農相 谷津義男さん 連載記事「心の譜」29回

ー八ッ場ダム建設再開 極秘裏に説得、調整ー

 「僕は八ッ場をやろうと思ってる」。前田武志さんがそうつぶやいたのは2011年9月。前田さんが国土交通相に就いたのを祝う食事会だった。長野原町の八ッ場ダム建設中止は衆院選での民主党の公約。それをくつがえす決意に私は驚いた。

 前田さんは衆院の当選同期で、政策勉強会を共に立ち上げた仲間だった。自民党から民主党に移った後も家族ぐるみで付き合っていた。旧建設省出身で利根川上流河川事務所に勤務したこともあり、八ッ場の重要性を深く理解していた。

 祝いの席には衆院議員時代に私の秘書だった安楽岡一雄舘林市長や妻もいた。「公約をひっくり返すのは大変だ。作戦を練ろう」。そんな話をして別れた。

 根回しは極秘裏に進んだ。私は前田さんと電話でやりとりし、政権で口が堅い人から説得するよう助言した。
 前田さんはぎりぎりまで調整を続け、電撃的に長野原町を訪れて建設再開を伝える考えだった。私は安楽岡さんを介し、事務方を通さず大沢正明知事や高山欣也町長へ大臣ら意見を内々に伝えた。11年12月22日、前田さんはダム本体の建設を表明した。

 昨年10月の台風19号では、完成直前の八ッ場ダムが水をため、利根川の水位を下げるのに役立ったという。「ここまで長かった。でも、完成できて良かった」。水没予定地に通った県議時代や、治水問題を訴えて国会に飛び出した思いが報われた気がした。

—–転載終わり—

 前田武志衆院議員が民主党政権の四代目の国交大臣に就任した2011年9月当時、八ッ場ダム中止撤回へ向けての条件は整いつつありました。
 2009年、前原誠司国交大臣が全国のダム事業見直しを目的として発足させたはずの私的諮問機関「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」のメンバーは、これまでのダム事業を推進してきたいわゆる「御用学者」が多数を占め、実質的にはダム推進の仕掛けとなった形式的な「ダム検証」の手順と手法を2010年に決定しました。
 前田氏の前任の国交大臣であった大畠章宏衆院議員は、八ッ場ダムに関係する茨城県選出ながら日立労組出身で、ダム問題に関わったことは大臣就任まで一度もありませんでした。八ッ場ダム建設の是非を検証する作業は、有識者会議が決定した方法で2010年から11年にかけて行われましたが、大畠大臣が関心を向けた形跡はなく、八ッ場ダム事業を推進してきた国交省関東地方整備局が事業の正当性を主張する儀式に化していました。
 
 2011年9月当時、民主党内で八ッ場ダムの問題に従来から真剣に取り組んでいたメンバーがこうした状況に危機感を抱き、「八ッ場ダム等の地元住民の生活再建を考える議員連盟」(代表:川内博史衆院議員)として、ダム中止を可能とする「ダム事業の廃止等に伴う特定地域の振興に関する特別措置法案」を公表し、都議会民主党も八ッ場ダム建設見直しを民主党政策調査会へ申し入れていました。

 同年10月、国交省関東地方整備局は八ッ場ダム建設妥当との検証結果報告(素案)を公表しました。前田国交大臣は翌11月、同局から本省へ最終報告が行われた後もこれに異論を唱えることなく、12月22日にはダム予定地の長野原町に赴き、八ッ場ダムの本体工事予算計上を表明し、自民党の県議や知事、地元有力者らに万歳三唱で迎えられました。(右=上毛新聞紙面に掲載された写真に文字を挿入)

 前田氏は建設省OBであったことから、野田佳彦首相が前田氏を国交大臣に選んだ時点で、野田首相自身が八ッ場ダム中止撤回の方針であったとも言われますが、谷津氏の回顧録は自民党のダム推進派が八ッ場ダムを利用して民主党政権の弱体化・政権奪還を画策し、民主党内にこれに協力した議員たちがいたことを示唆しています。

 なお、谷津元農相の上記の回顧録は、「昨年10月の台風19号では、完成直前の八ッ場ダムが水をため、利根川の水位を下げるのに役立ったという」と書いているように、八ッ場ダムが利根川の治水対策として大きな効果を上げたことを前提としていますが、これは事実誤認です。群馬県の太田市や館林市を地盤とする谷津氏の選挙区周辺では、確かに利根川の治水は重要な政治課題ですが、昨年10月の台風19号における八ッ場ダムの治水効果は、利根川の中流部ではわずかなもので、利根川では堤防の余裕高が2メートル以上あったことから、八ッ場ダムがなくとも水害の危険性はありませんでした。
 一方、太田市では利根川支流の石田川などの氾濫により、多くの住宅が浸水する被害がありました。八ッ場ダム事業に68年の歳月と巨額の費用をかけたために、支流の治水対策が疎かになったことが水害の原因でした。