川辺川ダム、水没予定地かかえる五木村と建設予定地の相良村の動向

 7月の球磨川水害をきっかけに、復活することが決まった川辺川ダムは、建設予定地が熊本県相良村、水没予定地は同県五木村です。
 ダム建設による犠牲が甚大な五木村と相良村では、蒲島郁夫熊本県知事が11月に川辺川ダム推進表明を行ったことが、他の流域自治体にもまして複雑な波紋を投げかけています。
 五木村では村議会が川辺川ダムを容認しておらず、相良村では村長が村議会でダムへの賛否について回答を拒否したとのことです。

 関連記事を紹介します。

◆2020年12月11日 熊本日日新聞
https://this.kiji.is/709898997617098752?c=92619697908483575
ー議会、川辺川ダム対応に不信 水没予定地・五木村と建設予定地・相良村ー

 川辺川ダムという国策に半世紀以上も翻弄[ほんろう]された水没予定地を抱える熊本県五木村と、建設予定地の相良村で10日、蒲島郁夫知事がダム推進へ方針転換を表明してから初の村議会一般質問があった。五木村では、知事の対応への不満と地域振興策の行方への不安が噴出。相良村では、ダム問題への対応の苦悩が浮き彫りになった。

 「謝罪に来たはずなのに、いきなり大金を積まれた。私は言葉を失った」。五木村の早田吉臣村議の言葉からは、知事への怒りと不信感がにじんだ。

  知事は11月23日、村を訪れて方針転換を陳謝した上で、県五木村振興基金の10億円増額を表明した。その時の様子を振り返りながら、「愚弄[ぐろう]されたとの思いはなかったのか」と木下丈二村長に見解を問う早田村議。木下村長は「要求もしていないのに金額の提示があり、驚いた」。ただ「村の振興には県の支援が必要」とも強調した。

 定数8の同村議会。5人が質問し、全員がダム問題に触れた。2008年の知事のダム計画の白紙撤回表明から12年後の方針転換。「ダムなし」で進んできた地域振興策が振りだしに戻る虚無感が、村議たちを駆り立てた。

 村がダムに振り回された経緯を切々と説いたのは、川辺川ダム本体の着工に同意した時に村長だった西村久徳村議。「村をこれ以上疲弊させてはならない。金だけで問題を解決して将来に禍根を残すことにならないよう、しっかり対応してほしい」とくぎを刺した。

 村議会は12月定例会後にダム対策調査特別委員会を開催し、対応を協議する。村議の一人は「村長はまだ村民の民意を測れていない。このまま流水型ダムが進むのかは、まだ分からない」と声をひそめた。

 一方、相良村の吉松啓一村長は、この日もダムへの賛否について明言を避けた。態度を明らかにするよう迫る西本巳喜男村議に対し、「村内が混乱する。村民が共通して求めているのは、河床掘削などのすぐにできる治水対策だ」とかたくなに回答を拒んだ。

 高岡重盛村議から、脱会していた「川辺川ダム建設促進協議会」に豪雨後の8月に村が再加入した経緯を問われると、吉松村長は「(豪雨でダム問題が再燃する前の)4月から加入を求めていた」と強調。同協議会はダム建設への協力を明らかにしているが、「国土交通省から治水関連の予算を確保するために加入が必要と考えた」と苦しい胸の内を吐露した。(隅川俊彦、小山智史)

◆2020年12月11日 熊本日日新聞
https://this.kiji.is/709953137624219648?c=92619697908483575
ー川辺川へのダム、予定地2村長の賛否は…ー

 川辺川ダム建設計画の水没予定地を抱える熊本県五木村と建設予定地である相良村で10日、それぞれ村議会の一般質問があり、五木村の木下丈二村長は、蒲島郁夫知事が表明した流水型(穴あき)ダムの建設推進を容認する考えを初めて示した。一方、相良村の吉松啓一村長は賛否について従来通り明言を避けた。

 現行の貯留型も容認する立場をとっていた木下村長は「県が進める球磨川の流域治水の中に流水型が位置付けられた。村長として容認する」と明言した。

 村の地域振興については、2008年の蒲島知事による白紙撤回以来、再び「ゼロベースになる」と指摘。流水型建設に伴う新しい振興計画の策定を国、県に求めるとした。

 住民の意見は、「ダムの規模や環境・景観への影響などの概要が示された上で、聞きたい」と述べた。

 一方、相良村の吉松村長は、従来通り「ダム建設の賛否について個人的な考えを言うつもりはない」と断言。「ダム建設の是非に関しては村内にさまざまな意見があり、ここで私の意見を述べても村が混乱するだけだ」と強調した。(隅川俊彦、小山智史)

◆2020年11月25日 熊本日日新聞
https://this.kiji.is/704088173032621153?c=92619697908483575
ー五木村議長「対応、これから協議」 川辺川流水型ダム、熊本県知事方針にー

  熊本県の蒲島郁夫知事が川辺川に流水型(穴あき)ダムを建設するよう国に要請したことについて、五木村議会の岡本正議長は24日、「現時点で知事方針を受け入れたわけではない」との考えを示した。12月定例会後に特別委員会を開き、村議会としての対応を協議する。

 蒲島知事は23日、水没予定地を抱える村を訪問。村振興基金を10億円増額する考えを表明した。

 岡本議長は24日の臨時会後、取材に対し、「流水型がどんなダムなのか分からず、具体的な振興策の説明もないまま。村づくりの方向性がゼロになった」と指摘。「昨日はあくまで説明を聞いただけ」と述べた。

 特別委は、全村議8人で構成する「川辺川ダム対策調査特別委員会」(藤本新一委員長)。岡本議長は同日の臨時会終了後、12月9~11日に予定されている定例会後に開く方針を村議に説明した。(臼杵大介)

◆2020年11月23日 毎日新聞熊本版
https://mainichi.jp/articles/20201123/k00/00m/040/284000c
ー熊本知事、川辺川ダム水没予定地の五木村訪問 建設容認後初ー

 熊本県の蒲島郁夫知事は23日、球磨川支流の川辺川でのダム建設で村中心部が水没する同県五木村を訪問した。村を訪れたのはダム建設容認後初めて。蒲島知事は村役場で、木下丈二村長らに「五木村の皆さんには大変な混乱を招き申し訳ない気持ちでいっぱい」と謝罪したうえで、村の振興を図るために県として新たに10億円の財政支援をすることを表明した。

 川辺川ダム計画を巡っては、水没予定地内の住民の移転がほぼ完了していた2008年に蒲島知事が計画の「白紙撤回」を表明。村はこの間、水没予定地を利活用して観光施設整備などに取り組んできたが、県がダム建設容認に方針転換したことで、再び村中心部が水没する見通しになった。

 蒲島知事は村役場でダム建設容認に至った経緯を説明し、白紙撤回から容認へと方針を転換させたことへの混乱を謝罪した。さらに蒲島知事は「これから先も末永く五木村で暮らせるよう私の政治生命をかけて支援と振興に取り組む」と強調。村の活性化に向けて21年2月の定例県議会で県五木村振興基金を10億円積み増すことを約束した。

 県は、1966年にダム計画が発表されて以降、約半世紀翻弄(ほんろう)された村を再建する「ふるさと五木村づくり計画」を策定し、総額10億円の県五木村振興基金などで村の振興支援を続けてきた。その基金を10億円積み増すことになる。

 蒲島知事の説明を受けた木下村長は「安定的な村づくりができるよう財政と人的な支援をお願いしたい」と話し「村振興計画とリンクするので流水型ダムの形も早く示してほしい」と注文した。【城島勇人、栗栖由喜】

◆2020年12月12日 朝日新聞
https://digital.asahi.com/articles/ASNDC6WW8NDBTLVB011.html
ー五木村長が流水型ダムの容認を明言 村議から批判ー

 【熊本】蒲島郁夫知事が川辺川に治水専用の流水型(穴あき)ダム建設を容認する方針を表明したことについて、一部が水没予定地となる五木村の木下丈二村長は10日の村議会一般質問で「知事の判断を容認する」と初めて明言した。議員からは批判が相次いだ。

 村長は知事が方針を表明した先月19日に「真摯(しんし)に受け止める。知事表明の『緑の流域治水』が実現するように、流域自治体としての役割を果たしていく」などとコメント。今回はさらに踏み込んだ。村長は記者団に対し「容認した上で、今後の村の振興と整備に、国や県に責任を持って取り組んでもらう」と語った。

 一般質問では定数8の議員のうち4人が川辺川のダム問題を取り上げた。

 藤本新一議員は環境にやさしいとされる流水型ダムでもヘドロがたまり、「日本一の清流」の環境を汚す懸念を指摘。村長は「私どもにも心配はある。ヘドロがたまる状態の施設では納得できないことを国や県に申し上げていく」と述べた。本会議後の取材に「ヘドロ化が万が一起きるような場合でも認めない」と配慮する意向を明言した。

 藤本議員や早田吉臣議員、岡本精二議員、西村久徳議員は、村長が村民からの意見聴取や議会との協議をしないまま、知事の方針を容認したと批判した。

 村長は「当初の計画の多目的ダムとは異なり、新たな流水型ダムの(規模やイメージを表す)シミュレーションが国、県からまだ示されておらず、水没する場所や地形など住民や議会に考えてもらう材料がない」として、シミュレーションが示されてから住民や議会と協議する意向を示した。

 五木村は1966年に計画が発表された川辺川ダムの水没予定地になることに反対したが、国や県から「下流域市町村の安全のため」と要請され、30年後に正式同意。住民が移転し、人口減少に拍車をかけた。

 ダム建設を前提とした村づくりに取り組んだが、2008年に蒲島知事がダム計画の「白紙撤回」を表明。12年を経て豪雨災害後に新たなダム建設の構想が持ち上がり、村民の間では「またほんろうされるのか」との声も上がる。(村上伸一)