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ダムに沈む村・百宅 鳥海ダム建設予定地(秋田県由利本荘市)

 国土交通省が秋田県の由利本荘市に建設する鳥海ダムの水没予定地についての記事をお伝えします。
 鳥海ダムについては「鳥海ダムと市民生活を考える会」の方が鳥海ダムの環境アセスメント等に対して尽力されましたが、ダム事業は止まりませんでした。
 秋田県では、国土交通省が成瀬ダム(2024年完成予定)事業が進められており、鳥海ダムが続いて建設されることになります。鳥海ダムの完成予定は2028年度です。人口減少が顕著な状況ですが、鳥海ダムの建設目的には、水需要の増加を見込んだ「水道用水の供給」があります。
 ここでも役に立たないダムのために、かけがえのないものが失われていきます。

【参考ページ】国土交通省東北地方整備局 鳥海ダム工事事務所ホームページ
       http://www.thr.mlit.go.jp/chokai/index.html

◆2021年1月22日 毎日新聞秋田版
https://mainichi.jp/articles/20210122/ddl/k05/040/042000c
ー故郷を伝える ダムに沈む村・百宅/上 築き上げた豊かな文化 「番楽」今も心に マタギの子孫と暮らしをたどるー

 由利本荘市鳥海町の百宅(ももやけ)地区は、2028年度完成予定の鳥海ダム建設に伴い、近い将来ダムに沈む。地区の歴史に幕が閉じられようとしている中、同市矢島町のNPO法人が百宅地区を「さと歩き」しながら地域の歴史や文化などを伝える取り組みや、地区のさまざまな知識を備えた「百宅マイスター」の養成講座に取り組む。故郷とは長年疎遠になっていた百宅出身の一人の男性も受講を経て、故郷のガイドをする。20年10月中旬、男性の案内のもとで「ダムに沈む村」を回り、営まれてきた暮らしの足跡を追った。【高野裕士】

 由利本荘市薬師堂の会社員、村上肇さん(65)は記者の横でつぶやいた。百宅地区は山形県境に位置し、鳥海山の東隣に位置する山深い集落。由利本荘市の中心部からも、車で約1時間かかる。

 自然豊かな百宅地区では、かつては狩猟集団「マタギ」が3組存在し、盛んに活動していた。村上さんはそのうちの1組「文平組」のシカリ(組頭)で、猟の達人として今も地元に伝わるマタギの子孫に当たる。生家にはシカリを務めた家にしかないとされる、集団の決まり事などについて書かれた「マタギ文書」がかつて残っていた。

 村上さんと百宅地区を巡ると、ダム建設に伴う住民の転出のため取り壊され、土台だけが残る住居跡が各所にあった。この日は日曜で、降雪はまだない。道路には平日にダム建設で活発に動き回っているであろう、ダンプカーの大きなタイヤ跡が目立った。

 村上さんは、田畑が広がる場所に孤高に立つ大木に案内してくれた。ここは百宅地区のシンボル的存在で「山神様」をまつる。ダム建設のためか、木のそばにあるほこらのご神体は既に移動されていた。

 国土交通省東北地方整備局鳥海ダム工事事務所が有識者らを集めて組織した「百宅地区の記録保存委員会」編纂の「百宅の記録」によると、百宅地区にはこのように山神様をまつる場所が各所にある。背景には、山の恵みを得るマタギによる崇敬などがあるという。百宅には豊かな森林資源があり、かつては林業も盛んに行われ、木材を運ぶ「森林鉄道」も運行していた。

 また、百宅は番楽(山伏神楽)や人形芝居が盛んに行われ、豊かな文化を持つ地域でもある。「毎年8月14日朝から15日にかけて『夜通し番楽』があり、獅子舞が一軒一軒の家を回ったんだ」。村上さんの生家があった場所の近くには、番楽発展の功労者の大きな石碑があった。その場所も訪れたが撤去された後だった。跡地を見つめる村上さんの目は寂しげだ。

 終盤に村上さんが案内してくれたのは、地区の奥地にある「弘法洞穴」。真言宗の開祖である弘法大師(空海)の修行が言い伝えられる場所だ。村上さんによると、8月20日には大師を祭る「弘法様のお祭り」があり、洞穴近くでも番楽の舞が披露された。「アイスキャンディーや駄菓子を売っていた。子供たちも小遣いをもらえて、お祭りは楽しかった」。村上さんは少年時代に思いをはせ、目を細めた。

 巡り終え、弘法洞穴から地区の中央部に戻る。生活の息吹がめっきり減った故郷の光景に囲まれ、村上さんは百宅マイスターの養成講座の受講を決意した経緯を話してくれた。

 ■ことば
鳥海ダム
 鳥海山を源流に日本海まで流れる子吉川上流の百宅地区に建設予定の多目的ダム。1970年に県が予備調査に着手し事業が始まった。洪水調節や水道用水の確保、発電などを目的に建設が進む。総事業費は約1100億円の予定で、完成すれば県内で4番目の規模のダムとなる。建設に伴い百宅地区全域がダムに沈むこととなり、地区内の計37戸約70人が移転対象となった。2028年度完成予定。

https://mainichi.jp/articles/20210124/ddl/k05/040/032000c
ーダムに沈む村・百宅/下 「最後の機会」マイスターに 学び、魅力再認識 「なくなっても 心の中に」ー

 由利本荘市薬師堂の村上肇さん(65)は1956年、現在の由利本荘市鳥海町百宅(ももやけ)地区に生まれた。実家は主にコメを作る農家。父親は農閑期である冬には林業に携わり、林業が衰退すると首都圏などへ出稼ぎに出て家族は生計を立てていた。

 高冷地の百宅地区には、冬は3メートル以上の積雪があった。雪の重みでつぶれるのを防ぐため、家の周りは全て雪囲いした。そのため、冬の間は家の中が真っ暗になった。冬は75年ごろまで車も通れなかった。

 積雪は5月の大型連休明けも残り、田植えは他の地域よりも2週間以上遅れた。役所からも遠く離れ、住民票を一つ取るのに半日かかった。

 「不便が多すぎる。住んでいて『いいな』と思ったことはあまりなかった」と村上さん。中学卒業後に進学した本荘高へは通学が難しくずっと下宿生活。高校を卒業し、日本大へ進学した74年を最後に故郷を離れた。就職後も百宅には戻らず、82年には生家もなくなった。

 鳥海ダム建設の計画は村上さんが中学生だった70年から進んでいたが、旧民主党政権での事業見直し対象入りを経て、再び自民党政権となった2013年に事業の継続が決定。19年には国と住民らとの間で、ダム建設に伴う損失補償に関する協定が結ばれた。「百宅とはあまり行き来がなかった。最初は人ごとみたいだった」。村上さんはこう振り返るが、故郷の喪失は、自身に眠っていた地元愛を膨らませた。「切羽詰まらないと関心を持たなかった。時既に遅しだ」。村上さんはつぶやいた。

 由利本荘市矢島町のNPO法人「矢島フォーラム」(太田良行理事長)が百宅の里歩きをする活動をしており、地区の歴史や文化などの知識を備えた「百宅マイスター」の養成講座をしていることを新聞記事で知った。「百宅のことを、自分がしっかり覚えておきたかった。最後の機会だと思った」。太田理事長に連絡を取り、20年2~7月に郷土資料などをもとにした講座を受講。百宅の知識を学んでいった。

 「この小さい村で、よくこんなに文化的なものがたくさんあったな」。番楽(山伏神楽)や人形芝居などを通じて、故郷の魅力を再認識した。20年7月には一般向けにガイド実演をし、自身のルーツでもあるマタギについて話した。

 鳥海ダムの完成予定は28年度。国土交通省東北地方整備局鳥海ダム工事事務所によると、移転対象の百宅地区の住宅全37戸のうち、20年11月末時点で32戸が移転契約を終えた。故郷はかつて建ち並んでいた建物が次々と取り壊され、ダム建設のダンプカーが行き交い、生活の音が着実に失われている。村上さんは「寂しさはあるよ。『もうなくなるんだな』って」。だが「家やいろんなものがなくなっても、自分の心にはある」。心の中の光景は、ダムが完成し百宅が沈んだ後も、同郷の人たちなどと語り合いたい、と願う。【高野裕士】

 ■ことば
NPO法人「矢島フォーラム」
 由利本荘市矢島町で2006年に設立。地域の文化的資源などを発掘し振興につなげるために町歩き・里歩きなどをする「地域づくり」や、県などの依頼を受けて政策の妥当性などを第三者の視点で見る「政策評価」などに携わる。百宅地区の里歩きは18年度から取り組む。地区の歴史や文化などの知識を備えた「百宅マイスター」の養成講座も開き、修了者はガイドを務めている。