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石木ダムの県道、住民の抗議行動で年度内の完成断念

 長崎県が強行しようとしている石木ダム事業は、今年度予算に本体工事費が計上されていますが、道路の付け替え工事が住民の座り込み抗議行動によって遅れており、今年度があと一週間弱に迫っている現在、まだ本体工事に着手できていません。
 ダム行政では、事業者が後戻りしないという強い姿勢を誇示することで、水没住民のあきらめを誘う手法が使われてきましたが、石木ダム予定地の13世帯の住民は、ダム計画から半世紀たった今も決死の覚悟で生活の場を守ろうとしており、現場では一触即発の緊迫した状況が続いています。
 昨春の朝日新聞記事(ページ末尾)によれば、13世帯の住民はダム計画を受け入れれば約12億円の補償金を得ることになっていますが、故郷には金銭に変えられない価値があると考えているということです。

 関連記事とあわせて参考記事を紹介します。

◆2021年3月26日 NHK長崎放送局
https://www3.nhk.or.jp/lnews/nagasaki/20210326/5030011002.html
ー石木ダムの県道工期を3か月余り延長 年度内の完成断念ー

 長崎県は、石木ダムの建設に必要な県道の付け替え工事について、建設業者と締結していた契約を変更し、工期を6月末までに3か月余り延長しました。
今年度予定していた工事の年度内の完成を、事実上、断念した形になります。

 長崎県と佐世保市が川棚町で建設を進めている石木ダムについて、県は、建設に必要なすべての用地の収用を終え、すでに家屋の撤去などを伴う行政代執行の手続きに入れるようになっていて、年度内にはダムの本体工事に着工する計画です。

 県は、着工に必要な測量などをすでに終えていますが、これに反対する住民らは、現在進められているダムの建設に必要な県道の付け替え工事の現場で座り込みを行うなど、抗議活動を続けています。

 こうした中、県は、県道の付け替え工事について、26日建設業者と締結していた契約を変更し、26日までとしていた工期を6月末までに3か月余り延長しました。

 これにより、今年度予定していた工事の年度内の完成を、事実上、断念した形になります。

 また中村知事は先週19日の定例の記者会見で、本体工事についても、今年度予定していた工事を年度内に終わらせるのは難しいという見通しを示していて、県道の付け替え工事と同じように、すでに契約の変更を終え、26日までとしていた工期を6月末までに3か月余り延長しています。

 年度末まで残り1週間を切る中、今後は、県が予定していた通り、年度内に本体工事に着工するかどうかが焦点になります。

◆2021年3月26日 長崎新聞
https://this.kiji.is/747986339387588608?c=174761113988793844
ー石木ダム付け替え道路 長崎県、工期6月末まで延長へー

 長崎県と佐世保市が東彼川棚町に計画する石木ダム建設事業に伴う県道付け替え道路工事で、県は25日、反対住民らが抗議の座り込みを続ける区間の盛り土工事の工期を、26日から6月末まで3カ月間延長する方針を決めた。26日付で業者との契約を変更する予定。
 県道付け替え道路は全長約3.1キロのうち約1.1キロの区間で工事が進む。このうち、座り込み場所周辺の約140メートルの区間では、住民が設置したテーブルなど私物の撤去要請などに応じず工事が滞っている。県は昨年、工期を3度延長。昨年12月に施工業者との契約をいったん打ち切り、1月から他区間を施工する別の業者に依頼して工事を再開していた。
 県は住民らが工事現場に入れないように土のうやネットを設置し、安全対策をとりながら工事を急いでいたが工期内完了は難しくなった。県河川課は「完了できなかったのは残念だが、安全に配慮しながら進めたい。私物の移動について引き続きお願いしていく」としている。

◆2021年3月26日 NBC長崎放送
https://news.yahoo.co.jp/articles/b32b24f6f36a867dbf37008debe8eaeabd460170
ー石木ダム 付け替え道路工事を6月末まで工期延長ー

 東彼川棚町に計画されている石木ダム事業に伴う道路工事について県は、住民らによる現地での抗議活動が続いていることから26日までだった工期を6月末まで3か月間延長しました。

 県道の付け替え工事は全長1・1キロの工区で進められていて住民らが座り込んでいる前後およそ140メートルの区間で土を盛る作業が滞っていました。
 県側は、先月から土砂の搬入をはじめ今週はブルーシートを張り巡らして座り込み現場ぎりぎりまで土砂を積み上げました。しかし、工事の完了は難しいとして県では6月末までの3か月間の工期延長を決めました。一連の工事で住民が座り込みをするスペースは幅10メートルほどの範囲に狭められました。

(女性)
「こっちにどうしても入れたいということでそこに私達が座っていたからこんなのをしてから上からどんどん入れたとですよ」
(女性)
「もう怖かですもん、そこまで機械とか来たらですね、目の前まで来るけん。こっちもそがんですねこいばしながら話し合いってできんですしね」

 住民側は「県が工事を強行したので話し合いの機会は失われた」としており工期延長後も座り込みを続ける方針です。

—転載終わり——-

 石木ダム予定地、こうばるの住民らの闘いの原点は、戦後民主主義にあると伝える、昨春の記事をあわせて紹介します。

◆2020年4月9日 朝日新聞
https://digital.asahi.com/articles/ASN49328CN3RUHVA001.html
ー60年前のダム計画、今も粘る13世帯 12億円を拒否ー

 岐路に立つ長崎・石木ダム①
 長崎県川棚(かわたな)町は、長崎空港から大村湾沿いに車で30分ほど北上した位置にある。川棚川河口部のにぎやかな中心部を経て、上流方向にさらに7~8分走ると、のどかな田園風景の中に巨大な看板群が目に飛び込んでくる。

 「石木(いしき)ダム建設絶対反対」

 「水の底より 今の故郷」

 この地にダム計画が持ち上がったのは1962年のことだ。その後多くの住民が故郷を去ったが、川原(こうばる)集落には今も13世帯、五十数人が立ち退きを拒んで暮らす。米や野菜を作り、山菜を採り、時にイノシシを狩る。30~50代は町内外に職を得ながら農業もする。

 石木ダム事業は、川棚川の支流の石木川を、高さ55・4メートル、幅234メートルのコンクリート製の堰堤(えんてい)でせき止め、総貯水量548万トンのダムを築く計画だ。隣の佐世保市への水道水供給と、町を洪水から守るために本流の水量を調節する治水を目的とする。佐世保への導水事業なども含め、最新の見積もりで総額600億円を超す。

 13世帯の粘りにしびれを切らした県は昨年、土地収用法に基づく行政代執行の権限を得た。土地の所有権はすでに住民から国に移され、知事の判断一つで強制的に家屋撤去に踏み切れる段階にある。国土交通省によると、ダム建設をめぐる現住家屋の撤去は前例がなく、もし強行すれば、国内のダム事業で初めてのケースとなる。

三猿のやぐら 「戦後民主教育」世代の戦い
 集落で目を引くのが「見ざる 言わざる 聞かざる」のシンボル塔だ。「三猿」の顔を描いた看板が、杉丸太を組んだ高さ約8メートルのやぐらに掲げてある。

 県は72年、地元の了解なしでダムは造らないという覚書を、川原を含む3集落と交わした上で予備調査を始めた。だが建設が可能と判断すると、県は約束をほごにして手続きを進め、75年に旧建設省の認可を得て事業に着手した。

 そうした流れに抗(あらが)うため、74~75年に3集落では「石木ダム建設絶対反対同盟」を旗揚げした。

 県職員や町の幹部らは住民を切り崩そうと戸別訪問を仕掛けたが、断固拒否の姿勢を示そうと78年、当時の青年たちが電柱を利用して建てたのが「三猿」のやぐらだった。

 その一方で、同盟の役員を務めていた父親世代は若手の強硬姿勢を煙たがり始める。軍隊時代の先輩だった町長から酒食のもてなしを受けて懐柔されていたのだ。

 家々では青年たちが決起して父親から世帯主の座を奪い、集落の集まりに出るようになった。80年3月には同盟を解散し、酒食になびかない女性や子どもを会員に加えて4日後、再結成した。

 中心メンバーの石丸勇(いさむ)(70)は「戦後の民主教育を受けた世代が、父親の世代を乗り越え、闘いの土台を築いた」と振り返る。

 「金銭に代えられないものの価値」問う
 「13世帯に示した補償金は計約12億円。住民はそれを蹴った。信じられない」。ある県職員が記者にこうつぶやいたことがある。

 総貯水量でみれば、国内最大級の徳山ダム(岐阜県)の120分の1にすぎない。だが、「金銭に代えられないものの価値」を、改めて社会に問いかける大きな存在になりつつある。

 60年近く前の計画が推し進められようとしているいま、住民の闘いの意味を改めて考えたい。=敬称略(原口晋也)