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川辺川ダム建設容認から1年…生活再建見通し立たず

 昨夏の球磨川水害まで川辺川ダムの白紙撤回を打ち出していた熊本県が、球磨川の最大支流である川辺川における新たな巨大ダム建設推進に方針転換してから一年がたちました。しかし、国が計画する巨大ダムは、着工時期のメドすら立っておらず、完成までに10年以上かかるとされます。それまで待てないと、被災住民が元の場所での生活再建をあきらめるケースが多いと報道されています。

 以下の読売新聞の記事を読むと、川辺川ダムが完成すれば球磨川流域が安全になるようにも受け取れます。それならば、最初からダムに反対せず、建設していればよかったということになりますが、流域の住民団体や専門家の調査によれば、昨夏の球磨川洪水の際、たとえ川辺川ダムがあったとしても、50人の死者のほとんどは助からなかったという厳しい結果が出ています。国土交通省が今年9月に示した想定でも、ダムなどの治水対策をすべて完了したとしても、昨夏と同規模の水害があった場合、安全とは言えないことが明らかになっています。
 巨大ダム建設推進を治水対策の柱にすること自体、流域の生活再建の障害となっているように思えますが、国と熊本県はダム計画推進を変える気配がありません。
 蒲島郁夫熊本県知事へのインタビューも併せて紹介します。

◆2021年11月16日 毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20211115/k00/00m/040/136000c
ー球磨村再建、見通し立たず 川辺川のダム容認1年、詳細決まらずー

 2020年7月の九州豪雨で氾濫した熊本県の球磨川の治水対策として、蒲島郁夫知事が支流の川辺川でのダム建設を容認すると表明してから19日で1年になる。ただ、着工や完成時期は今も見通せず、遊水地などダム以外の治水対策の詳細も決まっていない。治水対策がはっきりしない中、球磨川沿いを走るJR肥薩線の復旧も手つかずのままで、住民は不安を募らせている。

 球磨川や支流の氾濫で全家屋の約3割が全半壊した球磨村。豪雨から1年4カ月がたった今月、球磨川沿いにある村北部の神瀬(こうのせ)地区を訪れると、被災家屋の解体が進み、更地が目立つようになっていた。上蔀(うわしとみ)修さん(65)も水没した平屋を6月に解体した。今は約30キロ離れた村外の仮設住宅で暮らすが、いつ戻れるか分からず焦りを隠せない。「ダムの完成まで何年かかるのか、国からも県からも説明はない。宅地のかさ上げも進まず、生活再建の見通しが立たない」

 蒲島知事は08年、地元の反対などを理由に川辺川のダム計画を「白紙撤回」したが、九州豪雨を受けて姿勢を転換。20年11月19日、一般的な貯水型のダムよりも環境への影響が小さいとされる流水型でのダム建設を容認する考えを県議会で表明した。21年3月には国や県が、ダムを軸に遊水地の整備や宅地のかさ上げなど複数の対策を組み合わせた球磨川水系の「流域治水プロジェクト」を公表した。だが、ダム建設に向けた環境影響評価(アセスメント)や設計などにも時間が必要で、着工時期のめどすら立っていないのが現状だ。

 一方、国土交通省は9月、流域治水プロジェクトで示した全ての対策を講じても、20年豪雨と同規模の洪水があった場合には人吉市西部や球磨村などの中下流域で、ピーク時の水位が安全に水を流せる「計画高水位」を超えるとの想定を提示。「ダムがいつできるか分からないうえに、できてもまた被災する恐れがあるのか」。住民たちに大きな動揺が広がった。

 治水対策が進まない間に過疎化に拍車がかかる事態も懸念されている。豪雨直前に3510人いた球磨村の人口は、21年11月には256人減の3254人と7・3%減少。村の担当者は「従来はどんなに減っても年100人程度だった。特に若い世代の流出は村の衰退に直結する」と嘆く。

 担当者の懸念の理由の一つが、熊本県八代市と鹿児島県霧島市を結ぶJR肥薩線のうち、豪雨後運休している八代―吉松(鹿児島県湧水町)間86・8キロの復旧の見通しが全く立っていないことだ。

 豪雨前の肥薩線は通勤や通学など住民の足としてだけでなく、蒸気機関車(SL)が走る観光の目玉でもあったが、橋の流失や駅舎の浸水など約450カ所が被災。復旧費は100億円超と見込まれ、熊本地震で被災したJR豊肥線の復旧費約50億円を優に超える。9月に国交省が示した水位想定などを踏まえれば、球磨川を渡る鉄橋や線路のかさ上げなどで費用が膨れ上がる恐れもある。

 肥薩線は豪雨前から八代―人吉間だけでも年約6億円の赤字が出ており、JR九州は鉄道での復旧を目指すかどうかすら明らかにしていない。「本当に復旧する日は来るのだろうか」。球磨村の那良口(ならぐち)駅で、名誉駅長として清掃や花壇の手入れを続ける近隣住民の林エミ子さん(73)は、あの日から時間が止まったまま雑草に覆われた線路を不安げに見つめた。【城島勇人】

蒲島・熊本知事「できるだけ早く整備を」
 蒲島郁夫知事はダム容認表明1年を前に毎日新聞のインタビューに応じた。九州豪雨から4カ月で方針転換した自身の判断について「まだ早いという意見もあったが、そうしたら予算がついていないので、(今年の梅雨の)出水期までに堆積(たいせき)土砂の撤去は終わっていなかった。あの時期に表明して良かったと思っている。それがなかったらもっと不安が大きくなっていた」と振り返った。

 建設が決まったダムについて「命と清流を守るためできるだけ早く整備する必要がある」と指摘する一方で、具体的な時期は「今年度から国で調査、検討、環境影響評価の手続きが進められている。並行して河川整備計画の策定もやっていかなければならない。具体的な着工時期と完成時期のめどは今後、国から示されると思う」と述べるにとどめた。

 また、JR肥薩線を「地域の発展のためにはどうしても必要な路線だ」と強調。ただ復旧のための県費の投入については「(JR九州から)復旧方針と復旧費用が明らかにされていない中で、県の財政負担を答える段階ではない」と明言を避けた。

https://mainichi.jp/articles/20211115/k00/00m/040/146000c
ー川辺川ダム容認「あの時期の表明、よかった」 熊本知事に聞くー

 2020年7月の九州豪雨で氾濫した熊本県の球磨川の治水対策として、蒲島郁夫知事が支流の川辺川でのダム建設を容認すると表明してから19日で1年。熊本県の蒲島郁夫知事は11月5日、毎日新聞のインタビューに応じた。主なやり取りは次の通り。

 ――国や県などは2021年3月に球磨川水系の治水対策をまとめた「流域治水プロジェクト」を公表したが、流水型ダムや遊水地の整備の完了時期が見通せず、被災者からは不安の声も出ている。

 ◆(20年11月に)球磨川流域の治水の方向性を決断するにあたって、30回にわたって流域住民の意見を聞いた。「一日も早く安全な地域を作り上げてほしい」という意見と、「球磨川の清流を守ってほしい」という意見。つまり命と環境の両立を求める意見が多かった。また(県が設置した)「くまもと復旧・復興有識者会議」で出た「グリーンニューディール」の哲学を基に20年11月19日、「緑の流域治水」という方向性を表明した。

 21年7~10月に仮設団地を訪問して、「緑の流域治水」の考え方を説明してきた。その中で、「自分の住む場所が本当に安全なのか」「治水対策を早期にまとめてほしい」という意見があった。「それができるまで本当に安全なのか」「流域治水が全て完成するまで何をしたらいいのか」という意見や不安の声もあった。

 そういう意味では迅速に対策を進めていくことが最も重要だ。流域治水プロジェクトのメニューにある宅地かさ上げや遊水地、流水型ダムなどハード対策の効果が実際に表れるまでには一定の時間がかかる。球磨村では既に始めているが、(住民が加入する)水災補償が付帯した火災保険について、県が保険料を補助する制度がある。保険料の5分の1を県と村で負担している。八代市や芦北町でも同様の制度を検討中だ。そういう形で、「ダムが完成するまでの間に被災するのではないか」という不安に応えたい。

 その他に市町村や流域住民と協力して、避難体制の強化、命を守るためのソフト対策を進めていくことが大事だ。住民の理解と協力が得られるよう「緑の流域治水」プロジェクトの考え方や取り組み、進捗(しんちょく)状況などについて、さまざまな機会を設けて説明を尽くしていきたい。

 ――ダムの着工や完成時期は。

 ◆新たな流水型ダムについては、今年度から国で諸元などの調査、検討、環境影響評価(アセスメント)の手続きが進められている。命と清流を守るということも必要なので、環境アセスメントも十分にやってもらいたいと考えている。

 並行して、河川整備基本方針の変更や河川整備計画の策定をやっていかなければならないが、法的手続きも進められている。ダムの具体的な着工時期と完成時期のめどについては、今後、国から示されると思うが、命と球磨川の清流の両方を守るために、できるだけ早く整備する必要がある。河川整備計画に関する議論は相当進んでいるので、それを踏まえて諸元が分かってくるだろうし、完成時期も見えてくるのではないか。

 ――ダム容認から1年を迎えるが、決断したタイミングは適切だったと思うか。

 ◆仮に20年11月19日に(決断)していなかったとする。「まだ早い」という意見もあったが、そうしたら予算がついていないので、21年5月の出水期までに堆積(たいせき)土砂の撤去は終わっていなかった。そうすると、21年の水害(被害)はもっと大きなものになっていたかもしれない。堆積土砂を撤去し、河川掘削も行い、さまざまな対策を講じ、21年5月までに終えたおかげで今回助かったと思っている。

 私はあの時期に(ダム容認を)表明して良かったと思っている。あの時期に表明したから、河川整備計画も進められる。それがなかったらもっと不安が大きくなっていた。

肥薩線復旧「負担の最小化を」
 ――豪雨で被災したJR肥薩線の復旧見通しが立っていない。肥薩線は被災前から年約6億円の赤字が出ていたが、復旧の必要性についてどう考えるか。

 ◆肥薩線の復旧は「地域の復興を図る上で必要不可欠」という意見が多く、沿線市町村はJR九州に対して鉄道での復旧を要望している。私も同じ意見だ。肥薩線は地域住民の生活の基盤となる路線で、SL人吉などの観光列車が走る路線でもある。地域の発展のためにはどうしても必要な路線だ。

 大きな問題は復旧のコスト。(16年の熊本地震で被災した)JR豊肥線と同じように最小限の負担で済むよう、国に要望している。肥薩線は運営コストもかかるが、その前に復旧コストを最小化しなければならない。運営コストは地元の市町村と一緒に考えなければならないが、そのための検討も必要だと思っている。地元市町村と一緒に肥薩線を運営していきたい。そういう検討の場も必要になってくる。

 ――県や市町村の維持コストの負担は相当なものになるが、いくらまでなら出せるか。

 ◆現時点でこれだけ負担すると答えることはできない。先日、河川整備基本方針の検討小委員会で、鉄道やまちづくりも河川整備に入るという委員の意見があり、方針の本文にも鉄道が明記され、心強く思った。復旧費負担の最小化を国にお願いする前提はここにある。

 ――小委員会では、ダムなどが整備されても20年7月の豪雨と同等の洪水が発生すれば、ピーク時には球磨川中下流域で水位が(安全に水を流せる目安とされる)「計画高水位」を超えるとの想定を国が示した。同じところに線路を敷いてもまた被災するリスクを抱えている。県として復旧費としてどの程度まで負担が可能と考えているか。

 ◆JR九州から復旧方針と費用が示されていない段階で、県の財政負担について答える段階ではない。あまりにも莫大(ばくだい)な費用であれば、県としてどう応えるかが難しいかもしれないが、今はそこまで至っていない。(線路の)かさ上げなどの技術面についてはJR九州が判断するが、JRも迷っていると思う。

 ――JR豊肥線を復旧する際、県は一般財源から12億円を出したが、肥薩線はそれ以上になる可能性が高い。地震や豪雨災害の復旧費増大で県財政も苦しくなっているが。

 ◆これも地元市町村と一緒に考えないと。市町村がどうしてもほしいなら、肥薩線を使う努力が必要。そういうことを踏まえながら考えたい。今の市町村の考えは「鉄道がほしい」ということなので、我々も「鉄道で復旧してほしい」とお願いし、負担の最小化をお願いしている。

 ――JR九州が復旧費を示す前に、県がJRと協議することはあるか。

 ◆担当者レベルで考え方を突き合わせていると思うが、(JRの)復旧方針と復旧費用が明らかにされていない中で、県の財政負担を答える段階ではない。維持費も必要と思っている。元々膨大な赤字を出している路線なのでJRもきついだろうと思う。国は最小限の負担で済むような形で進めてほしい。

 ――肥薩線に明るい未来が待っていると思うか。

 ◆私は「逆境の中にこそ夢がある」という哲学なので悲観はしていない。肥薩線は苦しい決断があるかもしれないが、私自身は皆さんが希望することは達成したいと思っている。

 

◆2021年11月18日 読売新聞
https://www.yomiuri.co.jp/local/kyushu/news/20211118-OYTNT50009/2/
ー川辺川ダム完成遠く 建設容認1年…被災住民「戻れない」ー

国「30年以降か」かさ上げ不安も
 昨年7月の九州豪雨で氾濫した熊本県・球磨川の治水対策として、蒲島郁夫知事が支流・川辺川でのダム建設容認を表明してから19日で1年。国は従来の 川辺川ダム の計画を変更し、流水型ダムの建設を検討しているが、完成時期は明示されていない。水害のリスクが残る被災地では、多くの住民が自宅再建に二の足を踏み、戻った人も地域の復興を見通せずにいる。(前田敏宏、有馬友則)

水害の不安がぬぐえず、高台の宅地へ移転を検討している淋さん(11日、熊本県球磨村一勝地で)=中山浩次撮影
 「新たな治水対策に納得できなければ、安心して住めない」。球磨村一勝地 淋そそぎ 地区で被災した淋剛さん(84)は険しい表情を浮かべる。昨年の豪雨では木造平屋の自宅が濁流にのまれて全壊し、妻ハツ子さん(82)と仮設住宅で暮らす。

 中学卒業後は球磨川で渡し舟の船頭として働いた。村での生活は洪水との闘いの連続だった。1965年の大洪水で自宅が流失。地区内に再建したが、地区はその後も水害に見舞われた。

川辺川ダム  国が1966年に計画を発表したが、蒲島郁夫知事が2008年に白紙撤回を表明し、「脱ダム」を掲げた民主党政権が09年に中止を決めた。20年7月の九州豪雨を受け、知事は同年11月に一転して建設容認を表明。環境に優しいとされる流水型ダム(穴あきダム)の建設を国に要望した。

 2006~08年度には地区全体が約3メートルかさ上げされたが、昨年の豪雨は過去の水害の規模を上回った。同じ場所に住み続けたいとの思いはあるが、「また水害に遭うのでは」との不安は消えない。

 国や県などは3月、流水型ダムを柱に、宅地のかさ上げや遊水地整備など様々な対策を組み合わせる「流域治水」を打ち出した。

 ただ、国はダムの完成が2030年以降になる可能性を示しており、ダムが完成するまでの安全性に関して住民から不満の声が上がる。淋地区で計画されている「かさ上げ高」はダム完成を前提に1~2メートルとなっているが、昨年の豪雨では3~4メートル浸水した。

 「洪水さえなければ、自然が豊かで素晴らしい古里なのに……」。淋さんは両親の墓がある土地から、高台に整備される宅地への移転を検討している。

「ダム待てない」 人吉市中心部の紺屋町では、全域の約500棟が被災した。町内会長の渕木精二さん(80)の自宅も約5メートル浸水したが、「生まれ育った場所を離れられない」と修理した自宅に2月に戻り、妻、次男と3人で暮らす。

 町内では被災した建物の約半数が解体され、その大半が更地のままだ。地元の復興が進まない現状を実感する日々。「水害の危険性がある場所に住民は戻ってこない」と肩を落とす。

 市は10月に中心部の活性化策を盛り込んだ「復興まちづくり計画」を策定したが、ダムの完成までは、九州豪雨レベルの雨量で川の水が堤防を越える「 越水えっすい 」の危険性が続く。「住民の安全や町の復興を考えれば、ダムを待っていられない。すぐにできる対策で地域の安全度を高めてほしい」と渕木さんは訴える。

知事「ハード、ソフト両面対策」
 「ダム建設容認」の表明から1年となるのを前に、蒲島郁夫知事が読売新聞の取材に応じ、ダム完成までの被災地の水害リスク軽減について「情報伝達の強化や避難路の整備にも取り組み、ハード、ソフト両面で安全度を高めていく」と強調した。

 国土交通省は現在、河川法に基づき、流水型ダムを盛り込んだ河川整備計画を策定している。5月には国交相が環境影響評価(環境アセスメント)の実施を表明し、ダムの建設に向けて手続きは進んでいるが、完成までにはまだ10年程度かかる見通しだ。

 入居期間が原則2年の仮設住宅を巡っては、被災者から継続利用の要望が出されている。知事は「(自宅があった土地の)かさ上げなどが十分なのか確かめたい気持ちもあると思う。弾力的な運用を国に要望したい」との考えを示した。また、一部の町村が補助制度を設け、被災した地域からの住民の移転を促進している点にも言及。「市町村と一緒になって国に制度の創設・拡充を要望し、県としても必要な支援策を検討したい」と述べた。(内村大作)