長崎県では、知事交代による石木ダム事業の行方が注目を集めています、
大石健吾知事は就任後間もなくの3月10日、みずから石木ダム予定地を視察し、その後、4月20日に再訪しました。最初の訪問はごく短時間でしたが、二度目の訪問では、石木ダムの建設に反対している住民らの案内で、ダム予定地を見て回り、ダム予定地に今も暮らしている13世帯の住民の話を聞きました。
この視察について、ジャーナリストの横田 一さんが週刊SPA!に詳しい記事を書かれています。取材中の各社の記者と知事とのやり取り、案内した住民の生の声も詳しく伝えています。記事の最後に書かれている次の言葉が今後の焦点です。
「「住民の話を一応は聞いた」というパフォーマンスで終わるのか、あるいは「住民の話を聞いてダム建設を見直す」のか。今後も大石知事から目が離せない。」
◆2022年5月4日 週刊SPA!
ー「石木ダム建設予定地を訪問した長崎県知事。“ほたるの川”は守られるのか!?」ー
大石知事が石木ダム予定地を徒歩で視察
「長崎県知事選」(2月20日投開票)で、現職の中村法道知事と新人の宮沢由彦候補を破り、全国最年少知事となった大石賢吾・新知事(自民党県連と日本維新の会が推薦)が4月20日に石木ダム建設予定地の長崎県川棚町川原(こうばる)地区を視察、反対派住民の説明に耳を傾けた。現地に初めて足を運んだ3月10日は短時間で挨拶程度しかできなかったため、翌月に再訪。住民に案内されながら予定地を1時間かけて徒歩で視察、囲み取材にも応じた。
まず大石知事は「(住民の)土地への思いが改めて尊いものだというふうに認識しました」と切り出し、途中で墓参りをした時の思いを聞かれると、次のように答えた。
「これは、ご先祖があって今の現地の方がいらっしゃるというのと、この方々がお守りになっている土地も引き継いできたものというものがありますので、ここはやはりご先祖の方々にも御挨拶、思っていることについてもしっかりと伝えたくて墓参りをしました」
続いて幹事社の記者が「住民の方たちは先祖代々受け継いだ土地を守りたい思いと、工事を中止してもらえるのではないかという期待感も高まっていると思うが、このダム事業について今後、どう取り扱っていきたいと考えなのか」と聞くと、大石知事はこう答えた。
「いまお話の通り、この土地を思う気持ち、私も自然豊かな土地に触れて、やはり故郷は尊いものだというふうに認識しましたので、今後、この次は住民の皆様の話を聞いて、思いも含めてしっかりと話を聞くという機会を設けたいと思います」「(住民のダム工事中断を含めた)思いを含めて、まずしっかりと話を聞いて、その後しっかりと話し合いができるかと思いますので。まずは聞く機会を設けたいと思います」
公約に掲げていた「ダム推進」が揺らぐことはあったのか!?
続いて幹事社以外の記者との質疑応答となった。
KTNテレビ長崎:実際に回って見て気持ちの変化とか、こんなところがあるのだなと大石知事なりに思った部分、どういったところがありますか。
大石知事:前々から「素敵な場所だ」ということは聞いておりましたので、実際やはり回って、自然、本当に緑がきれいな時期ですし、「本当に自然が豊かだな」と見て感じたところです。鯉のぼりが立っていて、「この街で新しい命が生まれて生活が送られているのだ」と、足を運んで改めて感じたところでした。
朝日新聞:住民の方とのやりとりで一番印象に残ったやりとりは何だったのでしょうか。
大石知事:全部ですね。全部でしたけれども、やっぱりいろいろな世代の方々が一緒に暮らされていて、昔からの伝統、習慣をしっかりと守っていらっしゃる、大切にされているのだなというところは改めて感じました。
長崎新聞:ノートにメモを取られていましたが。
大石知事:全部取りたかったのですが、なかなか全部は取れなかった。ほんのちょっと、キーワードだけ。
長崎新聞:公約として(掲げた石木ダム)推進を考えられていると思いますが、この風景の中を歩かれて何か揺らぐことはありますか。
大石知事:本当に、この自然の豊かさときれいさは否定のしようがないだろうと。ダムの必要性については、そこと切り離した話になると思います。まずはこの地域で、川原の皆様が守られているものをまずはしっかりと見て感じて、ここを拝見したうえで、しっかりとお話し合いをしたいと思っています。
この後、カジノ誘致関連の質問が出て大石知事が答えたところで囲み取材は終了。わずか10分足らずの短時間であったため、立ち去ろうとする大石知事に向かって筆者(横田一)はこう問いかけた。
横田:ダム以外の検討はしないのですか。ここを見て、ダムの必要性をもう一回再検証する考えはないのですか。
大石知事は「ではまた」とだけ口にして記者団に一礼、車に乗り込もうとした。筆者は声かけ質問を続けた。
横田:(県内実力者の)金子(原二郎参院議員)・谷川コンビに言われたままなのですか。
(県知事)選挙でお世話になった二人の言いなりですか。今日はパフォーマンスだけで、本格的な見直しはしないのですか。
しかし大石知事は一言も発することなく、ワゴン車に乗り込んで現場から走り去った。
住民は知事の「ダム建設見直し」に期待
続いて、大石知事を案内した住民、岩下すみ子さんの囲み取材が始まった。
岩下:最後に私たちのお墓までお参りをしていただきまして、お線香をあげていただいて。私たちは嫁の立場で、他所からここに嫁いで来たのですが、何かちょっと感動しましたね。そういうことをなさると全然思っていなかったので、ありがたかったです。
幹事社:当初から、知事のほうは(ダム)推進の方向は変わっていないと思いますが。今日、ご説明をしたことで中止に向かう期待感は何かあるのでしょうか。
岩下:この小さな川を見れば、先日、けっこう雨が降って水の量も思うのですが、本当に(石木川は)小さな小川ですよね。ホタルが生息するような川なのですよ。水の量も見ていただいたので、そこらへん(必要性への疑問)を思う期待感だけですね。期待を持って対応しないと対応できないものですよね。ダム反対のためならどんなこともしますので。そういう気持ちで接しました。
幹事社:もう一回来て話をされるという話もされていましたが、次はどんなことをお伝えしたいという考えですか。
岩下:利水とか治水とかそういう面で(話が)できたらと思うのですが、(ダム)見直しをしていただきたく思いますので。
「知事は気さくで会話がしやすかった」
他社:前の知事の時はなかなか現場に来ることが進まなくて、今回は街を一時間かけて見て、お話ができたということがあると思うのですが、そこに関してどういうふうに感じていらっしゃいますか。
岩下:(3月10日の初訪問の際に)私は「川原を見て歩いてほしい」と言っていたけれども、それが実現するとはまるで思わないですよね、まず。社交辞令だと思っていましたので、それが(実現して)「えー」とびっくりしましたね。
他社:実現したことで喜びとか、どういった思いがありますか。
岩下:直接ここを歩いて見ないと、私たちが頑張って50年も60年も守って来たものを直接見ていただかないと、分からないと思うのですね。さわやかな晴れとか、きれいな新緑とか、そういう景色を直接見ていただきたかった。「何人住んでいる」といった家族構成についても一人一人、13軒みんな声をあげて言われたし、一軒一軒そういう生活を見ていただきたくて。大事に守っていることを、みんなで生活していることを。(ここでは)孫と一緒に生活ができる場所なのです。
他社:今日一緒に見て回って、思いは伝わったと思いますか。
岩下:伝わったと思います。ここは『ほたるの川のまもりびと』という(2017年製作の)映画にもなりましたよね。そのDVDも、(村上嘉昭著)『石木川のほとりにて』という本に基づいて写真でずっと説明をしていきました。ずっと知事はメモを取られていました。「知事、その本を入れていますので、ぜひ読んでください」と言ったら、「ぜひ、読みます」と言われました。だから見ていただけると思います。
他社:今日、知事と回られて印象に残った反応や言葉などがあったら教えてください。
岩下:とにかく身近ですよね。優しいですしね。「本当に、こんな知事、初めてですね」と知事にも言ったのですが、(大石知事は)「そうですか」と。「本当に身近で普通に会話ができます」と伝えたら、「そうですか」と言われましたね。気さくで会話がしやすかったです。こんなに言ったら失礼に当たりますが、「知事様」と言ったら「そんな言わないでください」と。
わずかでも、ダム建設中止への希望を持ちたい
横田:一方で知事は、今日視察をして話を聞いた後、「(ダムの)必要性は切り離して」と囲みで言ったのですが、結局「パフォーマンスで対話して視察をした後、強制代執行をする」という見方もあると思うのですが、そのへんについてはいかがでしょうか。
岩下:でもとにかく、ここを見てほしいというのが先ですね。ここを見てほしいと、現実を。それが一番です。
横田:それ(住民の話)をちゃんと受止めて、(ダムの)必要性をもう一回見直すかどうかがハッキリしないのですが。
岩下:そうですね。今からの話し合いの中で、「これからも話し合いをする」と言われたから、そういうところは今からの話し合いで(ダム見直しに)持っていきたい。ダムの必要性とか利水とか治水とか、を。
横田:パフォーマンスではないことを信じたいと。
岩下:信じたい。私たちは本当にわずかな希望を持って、どういうことでも信じたいのですよ。今までずっと、私も34歳の時に強制測量で機動隊に投げ飛ばされるなど、そういう時代をずっとくぐり抜けて、いま現在74歳になります。40年間ですよ。わずかでも、希望を持ちたいですね。
横田:やっと初めて話を聞いてくれる知事が現れたと。
岩下:そう。希望を持っていないと、こんなに頑張ってやれないですよ。希望があるから頑張っています。
横田:分かりました。知事に期待したいということですね。
岩下:そうそう。そうです。
ダム建設にゴーサインを出さない前知事に、地元有力議員がしびれを切らした?
筆者は長崎県知事選の時から「大石知事の対話路線は単なるパフォーマンスで、石木ダム強行のためのアリバイ作りではないか」という疑問を抱き続けていた。「県内実力者でダム推進派の“KTコンビ”(金子参院議員と谷川衆院議員)の傀儡知事ではないか」との疑いが消え去らないため、県知事選の時から同主旨の声かけ質問を繰り返してきた。
60年前に計画が浮上した「石木ダム計画」(長崎県川棚町)は、「利水上も治水上も必要性が乏しい」「約538億円も投じて美しい棚田を破壊するのか」といった声が出ている、全国注目の大型公共事業だ。脱ダム派知事だった嘉田由紀子参院議員をはじめ、坂本龍一氏や伊勢谷友介氏など著名人も反対。計画浮上当時の理由だった「水不足」はすでに解消し、洪水を防ぐ治水効果も限定的で「堤防強化や浚渫などの河川整備の方が有効」(水源連の嶋津暉之共同代表)であるためだ。
しかし長崎県は石木ダム推進の姿勢を変えず、反対を続ける水没地区住民の家屋を強制的に撤去できる「行政代執行」が2019年11月に可能になってもいた。そんな中で「石木ダム反対」を掲げて県知事選に出馬したのが、食品会社社長の宮沢由彦氏だった。
水没予定地に住む炭谷猛・川棚町議は「宮沢氏の立候補で、県知事選で(石木ダムが)初めて大きな争点になった」と選挙戦最終日のリレートークで語ったが、筆者の最大の関心事は、大石氏が県内実力者の金子原二郎参院議員と谷川弥一衆院議員の“KTコンビ”のダミー(傀儡)候補であるのか否か、だった。県政ウォッチャーはこう解説する。
「石木ダム反対派住民(13世帯)を強制的に追い出す『行政代執行』に慎重な姿勢の中村知事(当時)に対して、金子氏と谷川氏は早期執行を求めていたと聞きました。2019年11月に行政代執行が可能となったのに2年以上も中村知事はゴーサインを出さす、しびれを切らした“KTコンビ”が大石候補擁立に舵を切ったと囁かれていたのです」
選挙期間中は多くを語らなかった大石知事
県知事を3期12年(1998年~2010年)務めた金子参院議員と、谷川建設創業者の谷川衆院議員(長崎3区)のKTコンビを「長崎政界の中心人物」と評したのは、2月3日の『現代ビジネス』。この記事の中でも大石氏当選なら「二人(KTコンビ)の傀儡県政になる」という声を紹介していたのだ。
県知事選では「39歳医師」「世代交代」と訴えていた大石氏だが、「一皮剥くと、公共事業を強行する土建政治志向」という見方もあったのだ。この真偽を確かめるべく、筆者は大石氏への直撃取材を繰り返した。
維新幹部の鈴木宗男副代表と藤田文武幹事長、足立康史政調会長が応援に駆けつけた長崎市中心街での街宣後、「石木ダムについて一言。知事になったらどうするのか」と聞くと、大石氏は「今まで訴えた通りに、しっかりと対話を軸に頑張って参ります」と回答。そこで「強制執行をするのか」とも聞くと、「強制執行ありきの話ではないので」と答えた。さらに「応援している金子・谷川さんは『強制執行するべき』と言っていないのですか」とも聞いてみたが、大石氏は「移動します」と言って質疑応答は打ち切られた。
選挙演説中の大石氏は、筆者の直撃にこう答えていた
そこで、マイク収めを終えた大石氏を再び直撃して質問を続けた。
横田:石木ダム、「対話をする」と言いましたが、住民が納得、合意しないと強制執行はしないという立場なのですか。
大石候補(当時):まずはしっかりと対話するというところです。まず対話をやっていかないと、その先は言えませんので。そこですね。
横田:(反対住民の)合意、理解、納得なしには強制代執行はしないと。
大石:まずは対話をすると、そこがスタートです。
横田:対話を打ち切って代執行をする可能性があるのではないですか。
大石:仮定の話はできませんので、まずは対話を求めると。
横田:金子・谷川コンビの“ダミー候補”という指摘もありますが。
大石:そこは、私は承知をしていないので。
横田:金子・谷川コンビが、中村知事が強制代執行をなかなかしないので、大石さんを担ぎ出したと(いう情報も流れていました)。
大石:それはまったく知りません。
大石知事は、パフォーマンスで終わらせるのか、見直すのか
こうした直撃を繰り返したためか、大石陣営の選挙プランナーの大濱崎卓真氏は、筆者に翌日(投開票日)の「取材不可」を告げてきた。この就任初会見で石木ダムについて聞くことができなかったため、「KTコンビの意向に沿って大石知事は、石木ダム予定地の住民と形だけの対話をした後、行政代執行(家屋の強制撤去)に踏み切るのではないか」という疑念は消え去らなかった。
だからこそ、4月20日に石木ダム予定地を再訪した大石知事に再直撃、同じ質問をぶつけたのだ。しかし前述のように、具体的な回答は返ってこなかった。「反対派住民に好印象を与えるパフォーマンスをしばらく続けた後、石木ダム強行に踏み切る」という可能性は依然として残っている。
「住民の話を一応は聞いた」というパフォーマンスで終わるのか、あるいは「住民の話を聞いてダム建設を見直す」のか。今後も大石知事から目が離せない。
文・写真/横田一
【横田 一】
ジャーナリスト。『仮面 虚飾の女帝・小池百合子』(扶桑社)、小泉純一郎元首相の「原発ゼロ」に関する発言をまとめた『黙って寝てはいられない』(小泉純一郎/談、吉原毅/編)編集協力、『検証・小池都政』(緑風出版)など著書多数