鬼怒川水害判決についての社説(信濃毎日・朝日)

 さる7月22日、水戸地方裁判所において出された鬼怒川水害訴訟の判決は、住民側の主張を一部とはいえ認めるものでした。長年、水害訴訟では住民側の敗訴が続き、司法は国の河川政策にお墨付きを与えてきました。今回の判決は画期的であると評価する声があがっています。

 二つの社説を紹介します。
 信濃毎日新聞の社説では、河川管理者(国や都道府県)の主張が最大限認められた1984年の大東水害訴訟判決が住民側敗訴の流れをつくったことが書かれています。

◆2022年7月26日 信濃毎日新聞
https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2022072500881
ー〈社説〉鬼怒川水害判決 河川管理の盲点洗い出せー

 氾濫の危険性を見過ごしていた。河川を管理する全国の行政に注意を促す司法判断だ。

 2015年9月に茨城県常総市で起きた鬼怒川水害を巡る訴訟の判決である。水戸地裁が、河川管理の不備を一部認め、国に対して被災住民9人に計約3900万円の賠償を支払うよう命じた。

 水害は、台風や前線による関東・東北豪雨で発生。上三坂地区で堤防が決壊、若宮戸地区などで水があふれた。同市の3分の1に当たる40平方キロが浸水、災害関連死を含め15人が死亡、5千棟以上が全半壊している。

 訴訟は▽上三坂地区で堤防整備を後回しにした▽若宮戸地区で民有地の砂丘を河川法の河川地域に指定しなかった―ことが管理の不備に当たるかが争われた。

 判決は、若宮戸地区の砂丘について、上下流の堤防と接し自然堤防の役割を果たしていたと認定。1980年ごろまでに砂丘が大きく減少していたにもかかわらず、以降も民間業者などが掘削した点を挙げ、「(開発行為が制限される)河川区域として指定するべきだった」と指摘した。

 国によると、一般に河川区域の指定は、堤防改修といった機会に応じて行われるという。民有地の場合は、私権の制限を伴うために慎重にならざるを得ない。

 こうした対応が、氾濫を招く箇所を見落とし、危険性の予測を妨げてしまっていないか。国や自治体は、判決を機に、河川管理のあり方を見直すべきだろう。

 過去の水害を巡っては「大東水害訴訟」の最高裁判決(1984年)以降、住民側敗訴の流れができた。河川整備は費用も時間もかかるため、優先順位をつけて計画的に進めていれば、水害が起きても行政の管理に不備があるとは言えないとされたからだ。

 今回の判決でも、上三坂地区の堤防整備を巡る判断は、最高裁判決を踏襲して国の不備を認めず、住民側の請求を棄却した。

 その上で、河川の整備計画だけでなく河川区域の指定にも注意を払って防災に臨むよう行政に求めたと言える。

 地球温暖化の影響で、日本では水害が毎年のように繰り返し起きている。河川管理の重要性は今後増すばかりだ。

 整備が進んでいない段階や地域でも安全確保の手だてが取られていることが大切になる。日頃から住民と意思疎通を図って管理の盲点を探りつつ、いざという事態に備えた対応をともに考える姿勢が、行政には欠かせない。

◆2022年7月27日 朝日新聞
https://digital.asahi.com/articles/DA3S15369387.html
ー(社説)常総水害判決 河川管理に重い警鐘ー

 水害が起きても河川管理に落ち度があったと認められることは、まずない――。そんな「常識」に安住していた行政に、警鐘を鳴らす判決だ。

 15年9月の関東・東北豪雨による鬼怒川の氾濫(はんらん)で、浸水被害を受けた茨城県常総市の住民らが国に損害賠償を求めた裁判で、水戸地裁は先ごろ、責任を一部認め、約3900万円の支払いを命じた。

 この水害では、市の3分の1に当たる約40平方キロが浸水し、5千棟以上が全半壊した。

 判決は、水があふれた若宮戸地区で治水上重要な役割を果たしていた砂丘を、開発行為を制限する「河川区域」に指定することを国が怠ったと判断。その結果、太陽光発電事業者が掘削して地盤が下がり、危険な状態になっていたと指摘した。

 治水事業には財政、技術、用地確保など様々な制約がある。このため、合理的な計画に基づいて改修中の河川については、工事を急がねばならない特段の事情がない限り、管理に瑕疵(かし)があったとはいえない――などとする最高裁判例がある。

 国はこれを踏まえて、改修計画に問題はなかったと主張し、判決も、被害が出た別の地区については国の言い分を認めた。

 しかし若宮戸の場合、計画の当否とは別に、砂丘一帯の現状を維持することが極めて重要だったのに、国は区域指定の権限を適切に行使せず、被害を招いたと結論づけた。

 水害の前年には、市が国土交通省に現地の状況を具体的に伝え、対策を要望していた。「改修の途上」を理由に責任を免れようとするのが国の常だが、危機が予見されたのに手をこまぬいていたとなれば、住民が納得しないのは当然だ。

 国は、災害の発生を防ぎ、公共の安全を保つという河川法の趣旨・目的に立ち返り、河川区域に指定していない自然堤防などに危ない箇所がないか、改めて点検してもらいたい。

 常総水害では濁流が住宅街に押し寄せ、取り残された市民をヘリコプターを使うなどして救助した。当時の映像を覚えている人も多いのではないか。

 この災厄を機に、いざというときの個々人の行動計画を決めておく「マイ・タイムライン」づくりが広がり、自治体を超えた広域避難計画の策定も具体化した。教訓を今後も受け継いでいかなければならない。

 近年、堤防などの大規模な構造物に頼らない治水をめざす動きが進む。だが地域の広範な合意が必要で、一朝一夕に実現できるものではない。住民の声を真摯(しんし)に受け止め、目の前の危険を確実に取り除いていく、緊張感のある治水が求められる。